第18話 誰かを幸せにする力
「弟子ちゃんに、お礼が言いたかったんだ」
「お、お礼?」
「そ。あ、一応言っておくけど、別にからかってるわけじゃないから」
「……僕、郵便屋さんに何かしましたっけ?」
どれだけ記憶をまさぐっても感謝されるようなことをした覚えがありません。といいますか、感謝をしなければならないのは僕の方です。だって、彼女が仕事の依頼を持ってきてくれているおかげで、僕や師匠がお金を稼ぐことができているのですから。
「自覚がないのが弟子ちゃんらしいよね」
「えっと。本当に分かんないんですが」
頭の上にはてなマークを浮かべる僕に、郵便屋さんは微笑みながら答えを教えてくれました。
「弟子ちゃんさ、ボクが依頼を届けに行った時とか町で偶然会ったりした時にいつも言ってくれるよね。『お勤めご苦労様です』って」
「そりゃ、まあ。郵便屋さんが大変な仕事してるのは知ってますから」
「あれね、ボクすっごく嬉しいんだ。二人に依頼届ける仕事、誰にも渡したくないって会社で宣言しちゃうくらいには」
「え?」
僕の口から疑問の声が漏れます。確かに「お勤めご苦労様です」と言い続けてはきましたけど。別に特別な何かを意識してやっていたわけでもなんでもなくて。だからこそ、彼女の言葉に「なるほど」と返すことはできませんでした。
「知っての通りボクの仕事は激務だけどさ。お客さんから感謝されたり労わられたりってこと、ほとんどないんだよね。手紙を届けに行っても、『届けてもらって当たり前』みたいな感じ」
「そう、なんですね」
確かに、今日は朝からいろいろな所に配達をしていますが、そういった言葉は一度もかけてもらってませんね。むしろ理不尽なクレームならありましたけど。
「けど、弟子ちゃんだけは違う。『お勤めご苦労様です』って言ってボクを労わってくれる。弟子ちゃんと会うとね、ボク、どんなに忙しい仕事でも頑張れる気がするんだ」
僕を見つめる郵便屋さんのまっすぐな視線。恥ずかしくて、照れくさくて。思わず顔をそらしたくなってしまいます。
「弟子ちゃん、いつも本当にありがとう」
「そ、そんな感謝されるようなことじゃ」
「さっき、弟子ちゃんは言ってたよね。師匠と対等でいられる力が自分にはないって。もちろん、魔力量とか魔法技術に関してはそうかもしれない。けど、弟子ちゃんには別の力があるんだよ」
「別の力……」
痛いくらいに高鳴る心臓。特大の緊張が全身を駆け巡ります。魔法使いとして未熟で、知識もあまり多くなくて、今も師匠の隣にいていいのか分からない。そんな僕にもあるのでしょうか。何か、特別なものが。
頬を撫でる優しい風。それ以上に優しい声音が、彼女の口から発されました。
「弟子ちゃんが持ってるのはね、『誰かを幸せにする力』だよ」
誰かを……幸せに……。
ドクンと。僕の心臓が、一際大きく跳ねるのを感じました。
「ボクも、きっと魔女ちゃんも。弟子ちゃんから幸せをもらってる。誰でもできることじゃないんだよ。弟子ちゃんにしかできないんだよ。だからね、自信持ってほしいな」
郵便屋さんの言葉には、確かな重さがありました。
重くて。
重くて。
そして、とんでもなく温かくて。
「郵便屋さん」
「ん?」
「ありがとうございます」
僕は、郵便屋さんに向かって深く頭を下げました。
何がどう解決したわけでもありません。僕が師匠と対等でない事実は変わっていませんし、僕が師匠に告白できる立場でないことも変わりません。
ですが、僕の心がほんの少しだけ軽くなったことは事実です。
「僕、師匠と対等じゃない、自分には何の力もないって落ち込むことが多かったんですよね。でも、少しだけ自信が持てました。本当にありがとうございます」
「どういたしまして。ま、ボクはただ本当のことを言ったまでだけどね」
「今すぐ師匠に告白とかはできませんけど。これからも特訓を続けて、いつか必ず想いを伝えようと思います」
「……うん。いい報告、待ってるよ」
郵便屋さんからお礼を言われて。今度は僕がお礼を言って。この不思議なやり取りのおかげで力が沸いてきました。さっさと自分の仕事を終わらせて師匠と合流しましょう。あ、帰りにケーキ買うのを覚えておかないと。忘れでもしたら、師匠の駄々っ子モードが発動してしまいます。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「…………」
「郵便屋さん?」
「え? あ、ああ。ごめん。行かないとね」
一体どうしたことでしょう。郵便屋さんが、とても寂しそうな表情を浮かべています。先ほどまでの柔らかな微笑みなんてなかったかのように。
僕、何か変なこと言ったかな?
不思議に思う僕の目の前で、郵便屋さんはコホンと咳ばらいを一つ。そのまま、目的地である町へ向かってほうきを走らせます。僕もまた、握るほうきに魔力を込め、その背中を追いかけ横に並びます。
長話していたこともあり、これまでよりも少々速度を上げる僕たち。前から後ろに向かってあっという間に流れていく景色。風にあおられてパタパタと音をたてる僕のローブ。
「魔女……羨ま……なあ」
不意に、並走する郵便屋さんが何かを呟きました。ですが、よく聞き取れません。先ほどよりも速く飛んでいるせいでしょう。
「郵便屋さん、何か言い……え?」
横に顔を向ける僕。
その瞬間、目に映った光景。
それは、上半身がグラリと傾いた郵便屋さんの姿でした。