第17話 どうして?
「フンフンフーン」
鼻歌を歌いながらほうきで空を飛ぶ郵便屋さん。横目でチラチラと郵便屋さんを見ながら並走する僕。いつもであれば、こんなに警戒することはありません。ですが、昨日とんでもないからかいをされちゃいましたからね。また何かされてしまうのではないかと不安になってしまうのです。
「ねえ、弟子ちゃん」
「ひゃ、ひゃい!」
「……どうかした? なんか、様子が変だけど」
「か、勘違いじゃないですかね。ハハハ」
「?」
郵便屋さんは、首を傾げながら訝しげに僕を見つめます。彼女の視線の先。きっと、今の僕はとても挙動不審に映っているのでしょう。
「そ、そんなことより、どうしたんですか?」
「ん? ああ、せっかくの機会だし聞いておこうかなって」
そう言って、郵便屋さんはほうきを停止させました。つられるように、僕もほうきを停止させます。地上には見慣れた赤レンガ造りの家々。空を流れる冷たい風が、フワリと僕の頬を撫でました。
聞いておくって、何を? 仕事について? あ。もしかして、師匠の家での様子とかかな?
「弟子ちゃんはさ」
「はい」
どこか妖艶な雰囲気を漂わせながら、郵便屋さんは口を開きます。告げられた言葉は、僕の予想だにしないものでした。
「いつ魔女ちゃんに告白するの?」
…………
…………
いつ。
師匠に。
告白するか?
「うえええええええええ!?」
僕の叫び声が、空いっぱいに広がりました。
「わ! びっくりしたー。ボク、そんなに驚くようなこと言った?」
「お、おおお驚くに決まってるじゃないですか! 師匠に告白なんて!」
「でも、いつかはする予定なんでしょ?」
…………
…………
「し、しますけど! しますけど! で、でも、今じゃないというか」
顔の温度がこれまで経験したことがないほど高くなっています。もう火が出ちゃうんじゃないかと思うほどに。といいますか、そもそもどうして突然こんな展開に?
「今じゃない、か」
郵便屋さんは、髪先をクルクルと弄びながら呟きました。いや、呟くというよりは自分に言い聞かせているようにも見えます。彼女が今何を考えているのか、僕には全く分かりません。
「そ、そうですよ。だ、大体ですね。いきなりそんなこと聞かないでください。心臓に悪いですし」
「どうして?」
「え?」
「どうして今じゃないの?」
きっと郵便屋さんに悪意はないのでしょう。ただ疑問に思ったことを聞いただけなのでしょう。ですが彼女の質問は、僕の心臓を大きく跳ねさせるには十分すぎるほどの力を持っていました。
「それ、は」
荒くなる呼吸。震える唇。低くなっていく顔の温度。まるで、自分が自分でないような感覚。
「弟子ちゃん?」
「それは、ですね」
「うん」
僕は、自分のほうきを強く強く握り締めながら答えました。それは、僕がずっと抱えてきた悩み。
「僕が師匠と対等じゃないからです」
一年前、魔獣に襲われていた僕を助けてくれた師匠。彼女のことを好きになるのにそれほど時間はかかりませんでした。いや、この表現には少し語弊がありますね。実際は、出会った瞬間から僕は彼女に惚れていました。いわゆる一目惚れです。
わがまま放題な子どもっぽい大人の女性。けれど綺麗で、強くて、一緒にいるとなぜか安心できる。僕にとっての師匠はそんな人。彼女と恋人になれたなら。これまで何度妄想を膨らませてしまったことでしょう。
ですが、問題が一つ。僕という一人の魔法使いは、師匠とは全く釣り合いが取れていないのです。
もし仮に、僕が師匠に告白して、その思いが成就したとしましょう。きっと、世間の人はこう言うはずです。「あんな平凡以下の魔法使いと添い遂げようとするなんて。森の魔女様は何を考えているんだ」と。自分が貶されるならともかく、師匠を貶されるなんて僕には耐えられません。
加えて、師匠と対等の力がないということは、もしもの時に彼女を守れないということでもあります。それどころか、師匠の足手まといになってしまうでしょう。僕をかばって師匠が危険にさらされる。考えただけで寒気がします。
「師匠が、僕の気持ちを受け入れてくれるかどうかは別問題なんです。僕はまだ、師匠に告白できる立場じゃないんですよ」
認めたくなくて。でも認めざるを得なくて。
「師匠と対等でいられる。そこまでの力が、今の僕にはないんです。何も、ないんです」
心を埋め尽くす自身への嫌悪感。多分、郵便屋さんが目の前にいなければ、僕は自分で自分を殴っていたかもしれません。
僕は顔をうつむかせ、ギュッと唇を噛みしめました。
「そっか」
「…………」
「ボク、弟子ちゃんの気持ち全然知らなかったよ。無責任なこと聞いてごめん」
「いえ。大丈夫です」
「お詫びと言っちゃなんだけどさ。ボクの気持ちも教えてあげる」
「え?」
郵便屋さんが告げた言葉の意味が分からず、僕は顔を上げました。視界に映ったのは、彼女の微笑み。頬にはほんのり朱が差し、澄んだ瞳が僕を捉えています。その絵画のような美しさに、僕の心臓がトクンと音を鳴らしました。
「ボク、ずっとね」