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第16話 モンブランも追加で

「死にそう」


 町中にある公園のベンチ。僕は、その背もたれに自分の背を預けながら、「はあーーー」と大きなため息を吐きました。


「弟子君、大丈夫?」


「大丈夫に見えますか?」


「ははは。全然」


 頭上の三角帽子からは呑気な師匠の笑い声。


 それにしても、引き受けた仕事がこんなにも大変だったとは。いや、そもそも楽な仕事だとは思っていませんでしたが、僕の想像をはるかに超える大変さに体が悲鳴をあげています。


 とてつもなく広い地域をほうきで飛び回り。タイムリミットまでに郵便物を配達し。理不尽なクレームにもペコペコ頭を下げ。


 いやはや。


 いやはや、いやはや。


 オシゴト、コワイ。


 といいますか、なんですかあのクレーム。「もっとイケメンの配達員をよこしなさい。気が利かないわね」なんて。知ったこっちゃねえですよ。


「郵便屋さんはすごいですね。こんな忙しい仕事を毎日こなしてるなんて」


「まあ、あの子は昔からやると言ったらやる子だし、お人好しすぎる面もあるからね。仕事を途中で放り出したりさぼったりなんていうのはできないんじゃないかな」


「マジですか」


「マジだよ」


 なんと言いますか、いろいろ心配になってきますね。


「そういえば。僕、師匠と郵便屋さんの昔の話、詳しく聞いたことないんですけど。二人ってどこで出会ったんですか?」


 それは、ふと頭に浮かんだ疑問でした。師匠と郵便屋さん。二人が長い間交流している仲だとは聞いていますが、具体的なことは何も知りません。普段のやりとりを見るに、ただ郵便物を受け取る側と届ける側のような単純な関係でないことは明白です。


 僕の質問に、師匠は少しの間を開けポツリと呟きます。


「…………秘密」


 彼女の声は、いつもより少しだけ大人びて聞こえました。




♦♦♦




「さて、そろそろ行かないと」


 僕は、ゆっくりとベンチから立ち上がりました。それと同時に少しの眩暈。まだ完全回復しているとは言い難いですが、このまま休んでいては仕事が間に合いません。


「次は確か二つ隣の町でしたね」


「弟子君、頑張ってー」


「……師匠、ちょっと手伝ってくれませんか?」


「やだ!」


 ですよねー。


 さすがに予想はしていました。師匠が、こんなに大変な仕事を手伝ってくれるはずがないと。ですが、どうにかして手伝ってもらわなければ僕の体がもちません。


 仕方ないですね。あの手でいきましょう。


「今日の晩、ケーキ食べたくありませんか?」


「む」


「町でおいしいって噂のショートケーキ」


「むむ」


「モンブランも追加で」


「まあ、師匠として弟子の頼みを聞くのは当たり前だよね。手伝ってあげよう」


 不意に、僕の頭上にあった微かな重さが無くなります。同時に、目の前に現れる一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは真っ黒なローブ。


 満面の笑みを浮かべる師匠がそこにいました。


 ふっふっふ。ざっとこんなもんですよ。


「じゃあ二手に分かれて……あ。地図どうしましょう? 郵便屋さんからもらったこれがないと、配達の順番とか分からないですし」


 手元にある地図を広げる僕。そこには、郵便屋さん推奨の配達ルートが赤線で描かれています。おそらくこれがなければ、配達にかなりの時間を要してしまうでしょう。


 ですが僕の心配をよそに、師匠は平然とした顔で口を開きました。


「大丈夫。全部覚えてるから」


「……へ?」


「弟子君が地図を見てる時に、私も頭の上から見てたんだよ。だから、どこにどうやって配達に行くかとかは、もう記憶してるよ」


「ええ……」


 サラッと凄いこと言いましたね、この人は。


「ふふふ。ケーキ楽しみだなあ」


 師匠は、どこからともなく杖を取り出します。それを一振りすると、足元に大きめの鞄とほうきが現れました。


「ショートケーキ。ふふ。モンブラン。ふふふ。チョコケーキ。ふふふふ」


 あれ? なんか一つ増えてない?


 奇妙な笑い声をあげながら、僕の鞄に入っている郵便物をポイポイと自分の鞄に入れていく師匠。ある程度入れ終わったところで、彼女は鞄の紐を肩にかけ、跳ねるようにほうきにまたがりました。


「弟子君。約束忘れないでね」


「はいはい」


「それじゃあ!」


 急上昇し、とんでもないスピードで飛び去っていく師匠。辺りに吹き荒れるものすごい風。公園で遊んでいた子供たちの「キャー」という声が、僕の耳に響きました。


「よし、僕も行こう」


 先ほどより少々身軽になった体と鞄。眩暈はもうありません。僕は、自分のほうきにまたがって……。


「や! 弟子ちゃん」


 不意に背後から聞こえた声。僕は驚いて振り向きます。目の前にいたのは一人の女性。青色の三角帽子。軍服風のワンピース。整えられた綺麗な短い黒髪。


「ゆ、郵便屋さん!?」


「調子どう?」


 ニコニコと子供のような笑みを浮かべる彼女。一体どうしてこんな所に?


「まあ、何とかやってます」


 死にそうですけど。


「『死にそう』ってほっぺに書いてるよ」


 バレてる。


「……別にそんなことないですけど」


「あはは。そうやって心配かけまいとするのも弟子ちゃんらしいね。ところで、この後はどこに向かうの?」


「二つ隣の町ですよ」


「そっか。じゃあ途中までボクと同じだね。一緒に行こっか」

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