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第14話 たまにはダラダラしないと

「ふー。やっと終わってくれた」


「私的にはもう少し続けてもいいんだけどね」


「や、やめて。ボク、絶対死んじゃうから」


 師匠の言葉に、ブンブンと全力で首を振る郵便屋さん。さすがにもうこりごりといった様子。彼女が首を振るたびに、その綺麗な短い黒髪が大きく揺れていました。


「それで、今日の用は僕たちをからかうことだけだったんですか?」


「いや、実のところ、弟子ちゃんに話があるっていうのは本当なんだ」


「……またからかうつもりじゃないですよね」


「こ、今度は違うよ。ボク、実際かなり困ってるんだから」


 トーンの低い郵便屋さんの声。先ほどとはまた違った郵便屋さんの様子に、僕と師匠は顔を見合わせました。僕たちは互いに頷き合い、彼女に向き直ります。


「とりあえず、お話を聞かせてもらってもいいですか? 今度はからかいなしでお願いします」


「うん」


 小さな頷きとともに郵便屋さんは話し始めました。


「知っての通り、ボクはいろんな地域に手紙やら封筒やらを配達してるんだけどさ、明日配達予定の郵便物がとてつもない量でね。ちょっと一人じゃさばききれそうにないんだよ。どんなに効率いい配達ルートを考えても無理。もうお手上げって状態」


 両手を上げながら肩をすくめる郵便屋さん。顔に浮かぶ苦笑い。


「郵便屋さんの会社って、他にも配達員さんが何人かいましたよね?」


「いるよ。けど、五人いる配達員のうち、二人が病気で休んでるんだ。ほら、今流行ってるやつ」


「ああ」


 三日前、買い物中にお肉屋の店主さんが言っていた話を思い出します。曰く、現在町では厄介な風邪が流行っており、感染力がものすごく強いんだとか。その時は「気をつけます」なんて呑気な返事をしたものですが、まさか郵便屋さんの勤める会社がその被害にあっているなんて。


「えっと。要するに、風邪で休んだ二人の分の仕事を、今は残った三人で山分けしてると。で、明日は郵便物の量が多すぎて、三人じゃ首が回りそうにないってことですね」


「あー、うん。そうなる、かな?」


 あれ? なんか違和感。


「あなたって人は。責任感強いのはいいけどさ、気持ちだけ先走ってたら体壊すよ。たまにはダラダラしないと」


「魔女ちゃんはもう少しダラダラを控えてもいいと思うけどなー」


「それは断る」


 ええ……。


 相変わらずの師匠にがっくりとうなだれる僕。本当に郵便屋さんを見習ってほしいものです。そういえば、東国の方には『爪の垢を煎じて飲む』なんて言葉があるそうですね。これは実践すべきでしょうか。


「まあそういうわけでさ。弟子ちゃんには明日、ボクの仕事を手伝ってほしいんだよ。もちろんお給料もちゃんと出るし、社長の方にはもうボクから話を通してる。社長も、ちょっと渋ってたけど了承してくれたよ」


「うーん。僕、配達の仕事はやったことないですからね。足手まといになって逆に迷惑なんじゃないですか?」


「大丈夫。仕事についてのあれこれはボクが最初に教えるから。それに、弟子ちゃんは呑み込みが早いからね。足手まといになんかなったりしないよ」


 彼女の口から自然と告げられたそれに、僕は妙な居心地の悪さを感じてしまいました。


「それは過大評価ですって」


「ううん。全然そうじゃない。弟子ちゃんが優秀な魔法使いだってこと、ボク知ってるから」


 向けられた彼女の瞳はとても真剣で。からかいや慰めで言っているわけではないとすぐに分かりました。


「…………」


 僕、師匠以外の人からこんなに真っすぐ褒められたの初めてかも。


 不意に、僕はとある言葉を思い出しました。


『さすがは森の魔女様の弟子だ』


 これまで何度も聞き覚えのあるそれは、僕個人を褒めるというより、背後にいる師匠を褒めるもの。師匠を褒められて嬉しいという思いが生まれると同時に、まだまだ僕は師匠と対等ではないのだと自覚させられる一言。


 それとは全く異なる郵便屋さんの言葉は、僕の胸に強く強く響いたのでした。


「郵便屋さん、ありがとうございます」


「別に本当のことを言ったまでだよ」


「ありがとう、ございます」


「ふふ、何回言うつもり? で、明日どうかな?」


「……郵便屋さんにはいつもお世話になってますからね。やらせてもらいますよ」


 僕がそう答えると、郵便屋さんはニコリと優しく微笑みました。




♦♦♦




「というわけで、師匠。僕、明日は郵便屋さんの所で仕事してきますからね」


「…………」


「朝、早めに出発しますから、朝ごはんはテーブルの上に置いておきます」


「…………」


「?」


 一体どうしたというのでしょう。僕の言葉に、師匠が全く反応してくれません。ただ黙って体をソワソワ動かすだけ。テーブルの上には、ほとんど手つかずの師匠オリジナルブレンド。当初は湯気の上がっていたはずのそれも、今はすっかり冷めきってしまっています。


 やがて師匠は、僕と郵便屋さんの顔を交互に見比べ始めました。僕たちの間を何度も往復する視線。彼女の顔に浮かんでいるのは、どこか不安げな表情。


「えっと。師匠?」


「え? な、何? 弟子君」


「いえ。なんだか様子がおかしかったので」


「そ、そうかな? そんなことない、と思う、けど」


 手をモジモジさせながらそう答える師匠。


 奇妙な沈黙が、僕と師匠の間に流れます。彼女が身にまとう黒色のローブ。その黒さがいつも以上に濃く、そして、深くなっているように感じられました。


 もしかして、体調でも悪いのかな? 心配……。


「クックック」


 その時、沈黙を破る笑い声。


「郵便屋さん?」


「いや。ごめんごめん。やっぱり、二人は面白いなーと思ってね」


「「へ?」」


「クックックックック」


 首を傾げる僕と師匠。再び笑い出す郵便屋さん。なんとも不思議な空間です。


 そうしてひとしきり笑った郵便屋さんは、師匠に向かってこう提案しました。


「魔女ちゃん。そんなにボクと弟子ちゃんのことが気になるならさ、一緒にどう? 明日の仕事」

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