表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/55

第13話 そ、そんなー

 こいびと?


 コイビト?


 KOIBITO?


 それ、どういう意味でしたっけ?


 確か……。


 確か……。


 たし……か……。


「はいいいいいいいいい!?」


 僕の叫び声が部屋中に響き渡りました。


「ちょ! あなた、何言ってるのさ!?」


 すぐ隣では、僕と同じく師匠が驚きの声をあげています。かの有名な『森の魔女』と言えども、郵便屋さんの提案は予想外のものだったようです。


「何って言われても。ボクはただ、弟子ちゃんと恋人になりたいだけだけど」


「そ、そんな突然。というか、恋人なんて認められるわけないでしょ!」


「どうして?」


「え? だ、だって、彼は私の弟子だし。私は彼の師匠なわけで……」


「それ、ボクと弟子ちゃんが恋人になるのに関係ある? それとも、魔女ちゃんは他人の恋愛事情に口を出しちゃう人なの?」


「う」


 言葉に詰まりつつ上半身をのけぞらせる師匠。逆に、郵便屋さんは先ほどよりもテーブルの上に身を乗り出していました。


 おー。こういうのを対照的って言うんですね。なるほどなるほどー。はっはっは。


「う、ううううう。で、弟子君!」


 不意に引っ張られる服の袖。よく分からない思考から抜け出す僕。目の前には、不安げな表情を浮かべた師匠。


「し、師匠?」


「弟子君は、その……ど、どうするの?」


 ルビーのように綺麗な赤い瞳。それがほんのりと潤んで見えたのは、いまだ混乱から抜け出しきれていない僕の脳が見せた幻覚なのでしょうか。


「その。ぼ、僕は」


 胸につかえる言葉。開閉を繰り返す口。郵便屋さんの恋人になるかどうか。その答えに迷っているわけではありません。そもそも、答えなんて最初から決まっているのです。


 分からなかったのは伝え方。直接的に言うべきでしょうか。それとも遠回しに伝えるべきでしょうか。僕の言葉で誰かが傷つくなんてそんなこと……。


「いや」


 師匠の口から飛び出す呟き。真横に座る僕にしか聞こえないほどの小ささ。服の袖が、先ほど以上に引っ張られます。


 師匠……。


 ああ、だめだ。


 迷ってちゃ、だめだ。


「郵便屋さん」


 彼女の名を呼び、僕は居住まいを正します。テーブルの真ん中で、二人の視線が交差しました。


「弟子ちゃん。答え、聞かせて」


「はい」


 頷き、僕はゆっくりと頭を下げました。


「すいません」


「…………」


「本当に、すいません」


「『すいません』ってことは、そういうことだよね」


「そういうこと、です。僕は、郵便屋さんの恋人にはなれません」


 いつも笑顔で、いつも快活で、いつも仕事熱心で。魅力的という言葉じゃ足りないくらいの女性。それが郵便屋さん。彼女と恋人になれたらものすごく幸せでしょう。


 ですが僕には、彼女の提案を断らなければならない理由があったのです。


 頭を下げたまま、チラリと視線を横に向けます。僕の服の袖には、大きな大きなしわが寄っていました。


「そっか」


「…………」


 聞こえた声はとても落ち着いていて。心の中の不安が少しだけ和らぎます。でも、彼女を多少なりとも傷つけてしまったのもまた事実。だって、誰かに告白するなんてすごく勇気のいることのはずですから。


 僕の気持ちはちゃんと伝わった……はず。あとは……。


 恐る恐る頭を上げる僕。次に目に映った光景は。


「ニヒヒヒヒ」


 いたずらが成功した子供のように笑う郵便屋さんでした。


「え? 郵便屋さん?」


「いやー、面白かったー。ニヒヒ」


 彼女の笑顔。ガラリと変わった雰囲気。頭に浮かぶ大量のはてなマーク。それはどうやら師匠も同じだったようで。隣から、「んん?」という声が聞こえました。


「ごめんねー。さっきの、冗談だから」


「は?」


 どういう、こと?


「恋人になってっていうのは、ボクの冗談。つい二人のことからかいたくなっちゃって。ニヒヒヒヒヒ」


 告白の失敗でテンションがおかしくなっているのでは。そう思わされるほど、郵便屋さんは楽しそうに笑っていました。彼女の言葉に、告白の時とはまた違った混乱が僕の頭を襲います。


 えっと。


 えっと。


 えっと。


「はあああああ。ほんと、あなたって人は」


「師匠。郵便屋さんがさっき言った『冗談』って、『冗談』ってことであってます?」


「ああ、うん。だいぶ混乱してるみたいだね。とりあえずそれであってるよ」


「なるほど。そうでしたか」


 …………


 …………


「師匠。お仕置きしましょう」


「さすが私の弟子。いい提案だね」


「え? 二人とも、なんか顔が怖いんだけど」




 ♦♦♦




 数分後。


「うひゃ。や、やめて、魔女ちゃ、うひゃひゃひゃひゃ」


「まだまだだよ。こんなもんじゃ、私の怒りは収まらないから」


「ご、ごめんなさ、うひゃひゃひゃひゃ」


 僕の目の前には、なんとも摩訶不思議な光景が広がっていました。


 縄で椅子に縛られ、苦しそうな笑い声をあげる郵便屋さん。バタバタと動かされる足が、部屋の床を何度も振動させます。


 そんな彼女に杖を向ける師匠。杖の先から放たれる青白い光。きっと、相手をくすぐる魔法がかけられているのでしょう。僕も昔、同じ魔法を師匠にかけられたことがありますが、あれは本当につらいのです。普通に手でくすぐられるより何倍も。


「で、弟子ちゃん。た、助け、うひゃひゃ」


 涙目になりながら、郵便屋さんは僕に助けを求めます。うーん。さすがに若干かわいそうに思えて……。


「自業自得です」


 いや、やっぱり、もう少し罰を受けてもらうとしましょう。


「そ、そんなー」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ