第12話 ひーまー
とある日のお昼。
「弟子君、暇だから何かしよう」
「ちょっと待ってください。今仕事してますから」
杖に魔力を込める僕。目の前には、粉々に砕け散った石。藍色の光を放つそれを、人々は『魔法石』と呼んでいます。
魔法石とは、魔力の込められた石のこと。それを身につけるだけで、魔法を使えない人でもある程度の魔法を行使することができるようになる優れもの。ですが、とても繊細であるという欠点もあります。軽い衝撃を与えるだけでもすぐに壊れてしまうのです。今回の依頼主も、魔法石を床に落としたせいで壊してしまったのだとか。
「えい」
僕が杖を軽く振ると、砕けた魔法石の一部がピタリとくっつきます。もう一振りすると、別の部分も。それを何度も繰り返していきます。だんだん元の形を取り戻していく魔法石。
「ひーまー」
「そい」
「ひーーーまーーー」
「せいや」
「ひーーーーーまーーーーー」
「師匠、ちょっとは静かにしてくだ……ああ!」
ガシャンという大きな音。絶妙な加減でくっついていた魔法石の欠片が、バラバラになってしまったのです。おそらく、集中が途切れたことで、杖への魔力供給が乱れてしまったのでしょう。
「もう! 邪魔しないでくださいよ!」
「ありゃ。ごめん、ごめん」
軽い調子で告げながら、師匠はどこからともなく杖を取り出しました。ヒュッと杖を一振りすると、僕の目の前にあった魔法石の破片がみるみる一つになっていきます。
「おーわり。ふう、疲れたー」
数秒後。目の前には、完璧に修復された魔法石が。
「…………」
「あ、あれ? 弟子君、何か怒ってる?」
「別に怒ってません」
自分の声が不機嫌になっているのは分かっています。ですが、それを止められませんでした。
僕、いつになったら師匠と対等の存在になれるのかな?
♦♦♦
修理の終えた魔法石をカバンの中にしまいます。受け渡しは明日。とりあえず、今日の仕事は終了です。
「さ。弟子君、何しよっか?」
テーブルの上で杖を弄びつつ師匠が尋ねてきました。
「何と言われましても。じゃあ掃除でも」
「却下」
「即答ですね」
分かってましたけど。
思わずため息を一つ。面倒くさがり屋の師匠は、大の家事嫌いでもあります。一年と少し前。僕が初めてこの家に来た時だって、それはそれは悲惨な光景が広がっていたのです。思い出すだけで苦笑いを浮かべてしまうほどに。
今では家事を僕が全て行っていますが、手伝ってほしいという気持ちがないわけではありません。どうせまた断られるんだろうななんて考えながら、掃除に代わって洗濯を提案しようとした時でした。
コンコン。
突然、玄関扉を叩く音が聞こえました。
「ん? 誰か来たみたいだよ」
「珍しいですね」
僕たちの住む家に人が訪れることはほとんどありません。来るとすれば、せいぜい依頼の手紙を届けてくれる郵便屋さんくらい。ですが、彼女は今日の朝来てくれましたし、こんな昼時に来るなんてことはまずないでしょう。
首をかしげながら玄関まで行き、扉を開きます。流れ込む風と草木の香り。僕の目に飛び込んできたのは、青色の三角帽子と軍服風のワンピース。
「弟子ちゃん、こんにちは」
「え?」
突然の来訪者の正体は、郵便屋さんでした。
「ゆ、郵便屋さん。ど、どうしたんですか?」
「あー。……とりあえず、話は中でさせてもらってもいいかな?」
三角帽子を脱ぎながら告げる彼女の顔には深刻な表情。いつも仕事で忙しくしている彼女が、今日に限って家の中で話をしたいだなんて。何かしらの深い事情があることは明白でした。
「ど、どうぞ」
困惑しながらも、僕は郵便屋さんを招き入れます。「ありがとう」と呟いて彼女は家の中へ。慣れた様子で部屋の中央にあるテーブルへ向かい、師匠の向かい側の席に腰を下ろします。
「久しぶり」
「だね。一応毎日ここに来てるけど、魔女ちゃんは基本寝てるから会えないや」
「……馬鹿にしてる?」
「ボクはそんなつもりないけど」
軽口をたたく二人を横目に、僕はキッチンへ行きお湯を沸かします。できたお湯を茶葉の入ったティーポットに注ぎ入れると、マスカットのようなフルーティーな香りがキッチン中に広がりました。
郵便屋さん、今日は本当にどうしたんだろう。
そんな疑問とともに、カップに入れた紅茶を持ってテーブルへ。
「どうぞ。まだ少し熱いので気をつけてください」
「ありがとー。うーん、いい香り」
「弟子君、私のは?」
「もちろん用意してますよ。いつも通り、ミルク多めに角砂糖三つ入りです」
「いえい」
「はは。魔女ちゃんは相変わらずだねー」
苦笑いを浮かべる郵便屋さんに同じく苦笑いを返し、僕は師匠の隣に座りました。
「で、郵便屋さん。今日はどんな御用ですか? といいますか、そもそもいつもなら仕事の途中なんじゃ?」
「もちろん、この後すぐ仕事に戻る予定だよ。ただ、どうしても相談……いや、提案があったからね。弟子ちゃんに」
「ぼ、僕に?」
はて? 僕に提案? 全く想像がつかないんですが。
湯気の上がるティーカップのふちを指でなぞる郵便屋さん。その仕草が、その無言の間が、彼女がこれからするであろう提案の重みを感じさせます。ゴクリと、僕の喉が鳴る音が聞こえました。
「ねえ、弟子ちゃん」
「は、はい」
郵便屋さんは、僕をまっすぐに見つめながら、驚きの言葉を告げるのでした。
「ボクの恋人にならない?」