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第11話 てがみー?

 数日後。


 朝食後に紅茶を飲みながらくつろいでいた僕。突如、コンコンと玄関扉を叩く音が聞こえました。


「はーい」


 扉を開けると、そこにいたのは一人の女性。青色の三角帽子。軍服風のワンピース。整えられた綺麗な短い黒髪。肩に重そうな鞄をかけた彼女は、僕に向かってニコリと微笑みました。


「や。弟子ちゃん」


「おはようございます、郵便屋さん。今日もお勤めご苦労様です」


「そうやって会うたびに労ってくれるのは弟子ちゃんだけだよ。はい。今日の分」


「ありがとうございます」


 渡されたのは一枚の封筒。可愛らしいピンク色のそれには、ウサギのシールが一枚張られています。仕事の依頼というわけではなさそうです。


 師匠へのファンレターとかかな?


「魔女ちゃんは?」


「まだ部屋で寝てます。今日は急ぎの仕事もないのでいいかなと思いまして」


「ははは、相変わらずだねー。じゃあボクは仕事の途中だからこれで。魔女ちゃんによろしく」


 ほうきに乗って飛び立つ郵便屋さん。毎日毎日本当に忙しそう。食事とかちゃんととってるんでしょうか。ちょっと心配。


 今日町に行ってお菓子でも買ってこようかな。ほうきに乗ってても食べられるくらいのやつ。


 玄関扉を閉め、僕は届けられた封筒の中身を見ました。中に入っていたのは一枚の手紙。その内容は……。


 あ。


「師匠! 師匠師匠師匠!」


 僕は急いで師匠の部屋へ。ノックすることも忘れ、勢いよく扉を開きます。


 カーテンを閉め切った薄暗い室内。本やら服やらが床に散らばり、足の踏み場は僅か。普段の僕なら「この前一緒に整理しましたよね」と小言を言っていたところですが、今はそれどころではありません。


「師匠、起きてください!」


「すぴー。すぴー」


「そい!」


 カーテンを開く僕。室内が朝日に照らされます。部屋の散らかり具合がより一層はっきり見えますが、そこは一旦置いておいて。


「んむにゅう。まぶしいよー」


「なに布団に潜り込んでるんですか。師匠に手紙が来てますよ」


「てがみー?」


 寝ぼけ声とともに師匠は体を起こします。寝癖の付いた白銀色の髪。トロンとした眼。はだけたパジャマの胸元。驚くくらい無防備な姿です。


 まあ、僕も師匠と暮らして一年たちますし。これくらいのことで心を乱したりしませんよ。あまつさえ見とれたりなんてするわけありません。はっはっは。


「…………」


「でしくん?」


「は! こ、これ、さっき届いた手紙です」


 顔をそらしながら封筒を差し出す僕。頬が熱くなっているのはきっと部屋の温度が高いからでしょう。


「仕事の依頼なら後で読むのに」


 唇を尖らせて師匠は封筒を受け取ります。そうして中に入った手紙を一読。次の瞬間、彼女は「ふうっ」と小さく息を吐きました。


「あの子から、だね」


「はい」


 差出人は、先日湖の騒動で知り合った少女でした。結局あの後、迷惑をかけてしまった人達の所へ謝罪行脚をしたこと。町長さんの働きかけもあり皆が謝罪を受け入れてくれたこと。罪滅ぼしのために魔法薬作成の手助けを行っていること。それらが可愛らしい丸文字で書かれていました。加えて、師匠や僕へ後日必ずお礼に伺うとも。


 今回の仕事で師匠がいつも以上に熱心だった理由を僕は知りません。そのことに深入りしていいのかそうでないのかも曖昧です。それでも師匠にとって、この結末が『よかったこと』なのは分かります。だから僕は言うのです。「師匠、よかったですね」と。


「ん」


 返ってきたのは短い言葉。ですが僕は見逃しませんでした。彼女の口角がほんの少し上がっていることを。窓から入ってくる太陽の光が、彼女の微笑みをキラキラと照らしていました。


「さて、師匠。今日は急ぎの仕事もありませんし、一緒に掃除でもしましょうか」


「…………」


「師匠?」


 一体どうしたことでしょう? 師匠の顔が急に強張っちゃいましたよ。


「おーい。師匠ー」


「……ん、んん。いやー。今朝はいい天気だねー」


「え? ああ、そうですね」


「いいお散歩日和だ」


 窓の外に視線をやりながらそう告げる師匠。


 何となく察しました。


「今日の掃除は」


「あ。でも、あえて二度寝をするのもいいなあ」


「…………」


「…………」


「一緒に掃除しますよ」


「やだ!」


 そんな叫びとともに、師匠は頭から掛け布団をかぶり横になってしまいました。


「もう、どうしてですか! 部屋がこんなに散らかってるのに!」


「散らかってないよ! 私的にはちゃんと整理されてるんだから!」


「足の踏み場がほとんどないのによく言えますね! ほら、起きてください!」


「やーだー!」


 掛け布団を引っ張り合う僕たち。力は僕の方が上のはずなのですが、まったく布団を引きはがせません。師匠が魔法でこっそり筋力を上げているのか、それともだらけたいという執念がそうさせるのか。なんにせよ、このままじゃいけません。


 もう。仕方ないなあ。


 僕は布団から手を放し、ベッドの傍にしゃがみます。おそらく『勝った』とでも思っているであろう師匠に向かって、そっと一言。


「掃除が早く済んだらお菓子買いに行きましょうか」


「よし、やろう!」


 ふっ、ちょろいですね。


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