プロローグ
やばい!
やばいやばいやばい!
「神様のバカーーー!」
辺りに響き渡る叫び声。
ただひたすらに全力疾走。ひどい息切れ。これ以上ない苦しさ。心臓はもう爆発寸前。ですが、足を止めるわけにはいきません。
後ろに視線をやると、そこには僕を追いかける一体の魔獣。体つきや顔の見た目はオオカミそのもの。けれど、頭は二つ。目は血走り、口からはダラダラとよだれを流しています。話し合いが通じる相手でないことは明白でした。
なんでこんなことに。僕はただ薬草が欲しかっただけなのに。
「誰か助けて―!」
再度僕は叫びます。ですが、助けなんて来るはずがないのです。だってここは、『迷いの森』と呼ばれる巨大な森の中。特別な事情がない限り入ろうとする人なんていないのですから。
追いつかれたら死ぬ!
絶対に死んじゃう!
そんなの嫌だ!
嫌だ!!
嫌だ!!!
「グガアアアアア」
恐怖を掻き立てる魔獣の鳴き声。数秒前よりも明らかに近い距離。
ああ、まずい。
もう体力が。
僕の体が限界を限界を迎えようとしたその時。
ドンッ!
すぐ後ろで大きな音が鳴り響いたのです。
「はあ。はあ。な、何が……え?」
思わず振り返る僕。すると、そこには異様な光景が広がっていました。
僕を追いかけていたはずの魔獣は、何かに吹き飛ばされたように遠くの方で倒れています。その手足はピクピクと痙攣し、起き上がろうとする素振りはありません。
そして、魔獣が倒れている所と反対側。そこに立っていたのは一人の女性。
胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは真っ黒なローブ。
「ねえ、君」
優しい女性の声。いまだに僕の頭は混乱状態。自分が話しかけられたことに気がつくまでに、数秒の時間を要しました。
「は、はい」
緊張しながら返事をする僕。
僕の緊張を知ってか知らずか、女性は優しくこう告げました。
「シチュー作れる?」
一年と少し前。これが、僕と『森の魔女』である彼女との出会い。後に彼女が僕の師匠になるなんて、この時の僕は想像もしていなかったのです。