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先輩、もう引退してますよ

作者: 北日蒼

 「あーー、スピーカー重すぎだろ」


 40分前までは1000人はいた体育館でそう口に出す。ついでにスピーカーも置く。


 文化祭があった今日、放送部に所属している俺は閉会式会場であったステージの片づけをしている。

 後夜祭が始まる前には終わらせたいが、三ヶ月前に行われた体育祭で先輩たちは引退した。なので部長を引き継いだ俺が初めてみんなに支持を出している。うまくいくわけなく、あと10分で後夜祭が始まってしまう時間になってしまった。


「ぶちょー、このケーブルどこ仕舞うんですか?」


 一年生の後輩がそう言いながら赤いケーブルを俺に見せる。


「それは舞台袖のテーブルの上に置いといて!」


 りょうかいで~す、と言いながら舞台裏に消えていく後輩を尻目に俺は再びスピーカーを持ち上げる。

 人一人分くらいあるため、持ち上げるのも運ぶのもつらい。…てか誰か手伝ってくれてもいいじゃん。まだスピーカー残ってるよ?それに前部長のときはみんな率先して手伝ってなかったか?


 一人悲しみに暮れながらスピーカーを機材倉庫に入れステージに目をやる。部員たちはケーブルを巻いていたり、機材を掃除したりとちゃんと仕事をしている。

 運ぶのを手伝う余裕もないくらい、みんな自分の仕事に一生懸命なのだろう。きっとそうだ。


「残りは少ないし、一年生はもう終わりにしちゃっていいよ。後夜祭ももう始まるし、そっち楽しんできて!ミーティングは次の部活で!」


 俺はステージに上りみんなに声をかける。正直残ってほしいが、初めての文化祭が仕事だらけなのは嫌だろう。俺だっていやだし。


 ひゃっほーいと喜んだあと、丁寧にお辞儀をして体育館を去っていく一年生を俺たち四人は笑顔で見送る。そう、()()で。


(ひじり)く~ん?私たちだけで後夜祭までに片づけ終わるのかな?」


 副部長である南楓(みなみかえで)がそう言いながら俺の肩をつかんでくる。何も言えないでいると次第に握る手に力が入っていき、肩にめり込んでくる。すごく痛い。


「あー…みんなは配線片づけたら終わっていいよ。在庫確認は俺がやっとくよ」


 まだまだ、機材が残ってるうえに、機材の数を確認しなくてはいけない。全部終わる頃には後夜祭など終わってしまう頃だろう。だけど二年生は俺以外女子、きっと後夜祭に掛ける思いも違うだろう。


「いや、聖は後夜祭いけよ」

「終わったらね。ま、終わらなくても来年楽しむよ」

「いや今年しか…」

「はいはい。さっさと片づけよー」


 意外と食い下がる女子たちとの会話を無理やり切り上げ、俺はケーブルを八の字巻きしていく。女子たちの仕事を早く終わらせ、後夜祭へと送り出すのだ。なんて部員想いな部長なのだろう。





「片づけ終わんなくても絶対参加!後夜祭!絶対!」


 結局最後まで食い下がっていた女子たちを見送り、ついに体育館に一人になった。さっさと残りを終わらせよう。在庫についてのファイルを手に取り、記録と数を合わせる。今回の文化祭で使えなくなったものには印をつけ、次までには使えるように修理する。それでも無理なら購入だ。


 そんな単純作業をしていると、校庭から音楽が聞こえてきた。最近流行っているバンドの曲だ。

 キャンプファイヤー…は今年はない代わりに、軽音楽部の周りをみんなが囲んでいるのだろう。サビに差し掛かかるにつれ声の数が増えていき、大合唱のようになる。


「♪~」


 思わずその歌を口ずさんでしまった。みんなにあんなこと言っといて後夜祭に行けないことを後悔していたのか。まあ、参加はしたかったが。


 鼻歌交じりに在庫の記入をしているとテーブルの上のインカムが目に入る。そういえば体育館のスピーカーとインカムって繋げられるよな…


『あー、あー。おー!』


 楽しい。人がいないからか、いつもの集会より響いている気がする。そのまま校庭から聞こえる演奏に合わせて歌い、体育館に俺の歌声が響く。カラオケよりも楽しいな。

 アドレナリン?ドーパミン?が分泌されているのか、そのままインカムをつけて作業を進めていく。


『スピコンが一点!二点!三点!』


 ノリノリで作業を進めていく。やはり、黙って作業するより、話しながら作業をした方がいいな。独り言だけど。


 体育館に響く声を聴きながら作業をしていたら、いつの間にか終わっていた。ファイルをしまって最後に残ったスピーカーのもとへと向かう。


(そういえばインカムつけっぱなしだった。片づけないと。あ、スピーカーとの接続も切らないと)


 仕事が増えたことに絶望したが、自己責任なのでどうしようもない。

 自己責任といえば、そもそも今俺が一人で片づけているこの状況も自己責任だ。部長として、もっと正しく指示が出せたはずだ。実際、去年の前部長のときには全員が後夜祭に参加できていた。

 みんなに正確に指示を出していた部長の姿を思い浮かべ、今の自分と比較してしまう。

 やっぱり俺とは手腕が全く違うのだろう。俺じゃ放送部をまとめることできな……ん?


 考え事をしていたらいきなりスピーカー軽くなった。俺が覚醒したのではない。誰かによって支えられている感じだ。


 視線を前に向けてみると、怒ってるのか悲しんでいるのか、もしかしたら笑ってるのかもしれないがよくわからない表情の先輩がいた。

 三枝咲夜(みえさくよ)先輩。体育祭で引退し、俺たちに放送部を任せた活気あふれる3年生の一人。そして、先ほどまで思い浮かべていた前部長だ。


「こんなに重いもの、一人で持ったら危ないよ?」


『え?あ、ああ、すみません』


 体育館に響く俺の声に先輩が「ふふ」っと笑った。どうやら怒っていたわけではないらしく、にこにこしながら一緒にスピーカーを運んでくれる。


 ここでようやく恥ずかしくなり、インカムをポッケに入れようとする。が、両手がふさがっているためしまうことも、電源を切ることもできない。


『手伝ってくれてありがとうございます、部長』


 仕方なしにこのまま会話をつづける。


「その称号はもうキミのものだよ?聖部長?」

『……そうでしたね。確かに譲り受けました』

「譲ったんじゃない。聖くんに任せたの。あ、ゆっくり下すよ」


 そのままスピーカーを置き、最後の仕事を終える。


『今回の文化祭で先輩たちの凄さを知りましたよ。今日だって、この時間まで片づけしているわけですし』

「こんなやり方じゃ、終わんないよ。聖くんの強みはほかにあるよ。本当に困ってる人を正確に助けるところとか。それに、私が部長のころはもっとみんなにわがまま言ってたよ……仕事に熱心な後輩もいたしね」


 俺を見ながら笑う先輩。熱心な後輩……俺のことだよな?


『指示を聞いているだけでしたからね。出すほうになったら全然ですよ』

「時間内に終わらせることにこだわりすぎだよ。みんなに言えば笑って手伝ってくれるし、部長になる前の聖くんのやり方だったらもっと早く終わったし、早く終わったら…」


 そう言って先輩は俺に近づいてくると、そのまま手を伸ばしてきて俺の耳についていたインカムをとる。


「…後夜祭、最初から出れたのに」

「それは仕方ないですが、来年は最初から遊びますよ!」

「……」


 元気に返事をした俺に先輩の言葉は返ってこない。

 そのまま沈黙が続き、時間だけが進む。いや、時間だけじゃないな。先輩の顔にみるみる怒りの表情が出てくる。


「……聖くん、もう終わったよね?」

「え、はい。あとはカギ閉めだけですね」

「じゃあ、屋上行こうか」

「体育館の屋上ですか?てか、屋上って立ち入り禁止ですよ?」

「インカムで遊んでたこと言っちゃうよ?いい歌声だったね?」

「行きましょう」


 歌ってところを見られていたらしい。そこから聞いてたなら早く来て止めてほしかった。かなり恥ずかしいぞ。





 階段を上がり屋上の扉の鍵を開ける。放送部は体育館の鍵を借りることができ、その鍵一本で体育館のすべてのドアを開けることができるのだ。


「わー!みんな楽しんでるね!あれ、楓ちゃんたちじゃない?手振ろうよ!気づくかな?」


 先輩はテンションが上がったのか柵を乗り越えそうな勢いで校庭を見る。俺も先輩の横に立ち校庭にいる生徒たちを覗いてみる。

 先輩が楓ちゃん、と言ったほうを見ると仲良く集まっている放送部の面々がいた。楽しそうでよかった。

 そのまま見ていると南と目が合ったような気がした。そういえばこれ、ばれたらまずいよな。


「先生にばれたら怒られるので目立たないでくださいね。放送部の今後の活動に響きます」

「お、部長っぽい!」

「先輩から託されましたからね」


 さっきとは違う返事に満足したのか、先輩はすごい笑顔だ。


「聖くんは周りをよく見てる。今のままの聖くんでもいい部長だよ!でも、もう少しわがまま言ってもいいからね」

「そうですね。次はもう少しわがまま言ってみます」

「あと人の話を聞くこと!無理に追い払ったでしょ、楓ちゃんたち、心配してたよ?」

「でもそのおかげで後夜祭、楽しめてるみたいでよかったです」

「聖くんがいればもっと楽しかったんじゃない?」


 そうしてまた、二人で校庭を見る。キャンプファイヤー代わりの軽音ライブのおかげで後夜祭は大最高といっていいだろう。


「そういえば、今年はキャンプファイヤーないんですね。去年はダンスとかしてませんでした?フォークダンスとか」


 フォークダンスといっても途中からはダンス部の披露会みたいになっていたが、あれはあれで楽しかった。


「あー、今年は予算が足りなかったみたいだよ。生徒会の子が愚痴ってたよ」

「そうなんですか。あ、予算といえば今年の放送部の予算が―」





 最近の近況について話をしていたら、軽音楽部が片づけを始めた。つまり後夜祭の終わりであり、先輩にとっては高校生活最後の文化祭だ。もしも来年、先輩が文化祭に来たとしても、在校生のみで行われる後夜祭には参加できない。


「もう終わっちゃいますね。これが終われば受験勉強だけですよ」

「うわ、嫌なこと言うなー。でも、やりたいことあるから、頑張ってるよ」

「先輩ならできますよ」


 きっとこの先輩ならできるだろう。いつも一生懸命で、真面目で、思いやりがある、この人なら。


「じゃあ、戻りましょうか。あたりも暗いですし、そろそろばれるかもしれません」

「まって」


 そう言って俺を止める先輩。気づけば腕もつかまれ俺は身動きがとれなくなっていた。

 先輩の顔を見ようとするが暗くてよく見えない。そのため、掴まれている腕に意識を向けると、微かに震えている。


「もう少しここにいよ?最後くらい、いい思いしたいから」

「いい思い?」


 その瞬間、先輩の顔が明るく光る。いや違う、辺りが明るく照らされたのだ。


 遅れて聞こえてくる、破裂音。

 音のする方を見ると巨大な花火が夜空を彩っている。続けて何発もの尺玉が打ち上げられ、また花が咲く。


「きれいでしょ?予算はここに使われていたのでした!」

「すごいですね。しかも貸し切りですよ。確かにこれはいい思い、ですね」


 先輩は花火のことを知っていたのだろう。屋上で見る花火は校庭で見るのに比べ、近くで見れるし首も痛くならない。そして何より人がいない。やっぱり花火は高所で楽しむのに限る。


「でしょでしょ!花火やるって聞いてから見ようと思ってたの……その、聖くんと、」

「……へ?」


 先輩が?見たかった?俺と?何を?え、花火を?


「なんたって、学生生活最後の文化祭だしさ、来年は卒業しちゃってるし……だから後夜祭はキミといたかったの」

「えっと、はい」


 いつものハキハキとした態度とは違い、先輩はしどろもどろに口に出す。


「楓ちゃんたちも協力してくれてたんだけど、ほら、結局聖くん一人になっちゃったじゃん?でもチャンスだと思ったの。二人より二人きりのほうが気持ちを伝えられるって」


 気持ち……その言葉で先輩が言いたいことがもう伝わる。

 先輩は覚悟を決めた顔をしており、俺が憧れて、そして好きだった真剣な目でこちらを見ている。

 

 ……好きだった?


 確かに俺は先輩のことを尊敬しているし、理想の部長としてお手本にもしている。一後輩として先輩のようになりたいと思ってはいるが、それは恋愛感情では―


「好きだよ、聖くん。私と付き合ってくれませんか」


「はい!もちろんです!」


 気づけば返事をしていた。


 さっきまでの考えなどすべて消え、言い訳のしようもないほど先輩に対しての気持ちが溢れてくる。

 俺が先輩に対して向ける感情は尊敬ではなく、好意、恋愛感情であったらしい。心臓の鼓動がそれを証明してくれる。


 返事を受けた先輩は、目に涙を浮かべ俺の手をさらに強く握り、その場にうずくまる。……抱き着いてきてもよかったのに。


「俺も先輩が好きです。一緒に花火見れて嬉しかったですし、告白も.……すごい嬉しかったです!」


 だめだ嬉しい以外の言葉が出ない。でも告白なんて初めてされたし、変に言葉を選ばない方がいいとは思う。が、もう少し、ロマンチックな言葉を選びたかった。


「私も、すごい嬉しい」


 立ち上がった先輩は俺の手を引きドアの方へと歩き出す。


「ほら、いこ!みんなに報告しなくちゃ!」

「え!?報告するんですか」

「当たり前だよ!協力してもらったんだからね!」

「はは、そうですね。お礼、言わなくちゃですね」


 笑いながら付いていき、屋上を後にするためドアへと向かう。

 そのままドアが開く音がして―






「「すみませんでした!」」


 連休明けの二日後、俺は南たちに先輩と付き合うと報告した。……俺の部活動半月停止とともに。


 屋上から抜けようとしたしたその瞬間、開いたドアから出てきたのは三年の学年主任。後夜祭の教師責任者として運営をしていた先生だ。


 どうやら花火を見るために上を向いたのと、明りによって俺たちの影が見えてしまっていたらしい。

 そんなこんなで、俺は先輩と南たちに謝っているというわけだ。


「……まあ、聖の分の仕事はどうにかするとして、」

「大丈夫!聖くんの分は私が活動するよ!私は活動停止受けてないし」

「いや先輩、あなた引退してますよ」


 何を言っているんだこの人は。そもそもあなた受験勉強あるでしょ。


「とにかくおめでとうございます。聖もおめでと。あ、あんたは裏方やらせればいいか」

「なんでだよ」


 結局部活はやることになりそうだ。まあ、顧問の先生に事情を説明しにいった時も同じような反応をされたが。


「とりあえず今日は帰っていいわ。一年生にはごまかしとくから。彼女とデートでも行ってらっしゃい」


 どうやら今日は見逃してくれるらしい。もしかして今日が最初で最後の放課後デートなのでは?そもそも先輩は受験生だし、デートができるだけでも幸福か。


「ありがとう。じゃあ、あとは任せるわ。先輩―」


 ゴホン、とわざとらしくくしゃみをする先輩。


「あー、咲夜さん、いきましょうか」

「うん!またね、みんな!」


 俺と先輩は部室を後にして学校を出る。


「来年の文化祭は放送部でなんかやってよ!映画撮影とか!」


 先輩……咲夜さんは楽しそうに話を振ってくる。確かに今年は他の団体の手伝いだけで終わったから何か出し物をするのも楽しそうだ。今はそれより反省文を考えないとだけど。

 来年の文化祭で何ができるか考えていると、ふとあることに気づく。


「咲夜さん、俺その時はもう引退してますよ」

「あー、そだそだ。じゃあ体育祭!実況選手権とか面白そうじゃない?」

「そうですね。先輩もやります?」

「おお、いいねぇ。名実況聞かせちゃおうかな?」


 また楽しそうにケラケラ笑う咲夜さん。

 本当に楽しそうに話すのでこっちもどんどん楽しくなる。来年……先輩と同じ大学じゃなくても、近くに行きたいな。

 部長として、今は休部中だけど咲夜さんに誇れるようにやり切ろう。そしたら嬉しそうにほめてくれるはずだ。


「三送会のビデオ、私も出ようかな」

「だから引退してますって!」


 もしかしてこの人、留年するつもりじゃないだろうな。

 卒業を考えていない発言に、俺は少し咲夜さんの心配をした。


 ……三送会の当日、ビデオレターにニコニコの咲夜さんが映るまで残り七ヵ月。

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