4-3 君は一つ勘違いしてるね
そう言った瞬間、私とアルフは地面を蹴った。跳躍しながら足元を見れば、不自然に伸びた蔦が私たちを絡みとろうと伸びてきていた。
「ハァッ!!」
アルフが空中で剣を一閃した。魔力的なコーティングがされて頑丈なはずの蔦が、あっさり両断されてボタボタと落ちていく。へえ、アルフやるじゃん。
「■■■……」
「はは、まんまと正面に引きずり出されてしまったか」
着地し、唸り声を低くあげる魔獣と正面から対峙すると、改めてその巨大さってのがよく分かる。剣を構えたアルフの足は震えて、首筋には冷や汗らしきものがにじんでる。さっきの一撃からしてアルフの実力はかなり高いはずなんだけど、さすがに敵の格が違う。
だってぇのにアルフは一歩、私をかばうように前に出た。
「僕がヤツを引き付ける。その間に逃げるんだ」
「ヤバさはアルフだって感じてるでしょ? 一人で戦える相手じゃないし、アルフは皇子様。逃げるのはそっちだよ」
「分かってる。僕一人じゃコイツに敵わないっていうのはね。だけど僕は傭兵であり皇子で、君はポーター。力は弱き者を守るためにあるんだ。たとえ敵の方が強くたって、君を逃がすくらいの時間は稼いでみせる。だから早く逃げるんだ!」
アルフの剣が魔術の光を帯びていく。周囲にも魔法陣が浮かんで、いつでも攻撃できる状態になる。魔獣の方も敵対の意思を感じ取ったようで、いっそう威圧感を強めてきた。
反射的にアルフが一歩下がる。けど、すぐにまた前に踏み出して退かないって意思を明確に示した。それを見て私は心の中で快哉を叫んだ。
(いいじゃない、いいじゃない!)
本当の意味で見直したよ。遊び呆けてる現陛下やバカ皇子よりもよっぽど皇族の意味を理解してる。アルフの寵愛を受けるのはゴメンだけど、心構えはすっごく私好みだ。
でもね。
私はアルフよりも前に出た。
「リナルタ!?」
「力は弱き者を守るためにある。いい言葉だと思うよ。その気持ちには心から共感する。けどアルフ、君は一つ勘違いしてるね」
「何を――」
「私はね――君より強いんだ」
そう言い残して私は魔獣へ向かって飛び出した。一瞬で最高速に達し、下女服のスカートをはためかせて距離を詰める。背後から声が聞こえるけど気にしない気にしない。
魔獣も咆哮を上げ、足元からたくさんの蔦が次々に突き出してくるけど、そいつらが絡みつくより早くさらに前へ。
頭上から魔獣が大口を開けて私に喰らいついてくる。体を屈めてそれを避けると、背後で地面が大きく砕けた。大っきな体の下に潜り込んで拳を突き立ててやろうとする。すると足元から、数え切れないくらいの影が実体化して迫ってきた。
「おっとと」
縦横無尽に不規則な動きで影が迫ってくる。おまけに蔦は蔦で私を絡みとろうとしてくるし、両方を合わせると数は膨大。ちょっと厄介だね。
そいつらの攻撃をかわして一旦魔獣の下から抜け出ると、影は追ってこなくなった。そこに今度は尻尾が猛烈な勢いで迫ってくる。
ジャンプしてそいつを避けたけど、尻尾に手をついたらピリリとした感覚があった。
手のひらを見れば薄皮がボロボロになってた。コイツに触れただけで、たぶん魔力を吸い取られるんだろうね。その程度じゃ死にはしないけど、ダメージ無視して強引にぶっ倒すのも芸がないってもの。
「さて、どうやって倒そうかな」
魔獣からの攻撃を避けながらふと見上げると、日光がまばゆいくらいに照らしてる。そういえばさっき、影自体は日陰の外まで追ってこなかったよね。
ならば。私は一度離れた魔獣に向かって、もう一度駆け出した。
「リナルタ、後ろだ!」
「分かってるって!」
さっきより少し速度を落として、後ろから迫る蔦を左右に避けながら大回りで魔獣に近づいていく。すると蔦は私を追いかけてどこまでも伸びてきた。よし、狙い通りだね。
そのままもう一度魔獣の足元に潜り込み、四本脚の隙間を何度も縫っていく。そして魔獣の下を出て上空へ高く跳躍した。
その結果。
「■■■■っ……!?」
私を追いかけてた蔦が魔獣の足に絡みついて、大きなその体が横倒しになった。魔獣は戸惑ったような声を上げるけど、やっぱそこら辺は本能で動く魔獣ってことだね。
魔獣は腹をお空に向けてジタバタもがいてて、こうなると単なるでっかいワンコロでしかない。上空からワンコロめがけて落下し、私は拳を思い切り振り抜いた。
「パンッ」と軽く弾ける音。直後に衝撃で暴風が吹き荒ぶ。
私のピンクの髪やスカートがはためいて、砂埃が舞った。それが収まれば、もう魔獣の姿はどこにも無かった。
「これで終了っと。大丈夫だった、アルフ?」
見ればアルフは剣を構えたまま呆然としてた。口をポカンと開けたその顔がちょっと間抜けで、うん、皇子様っぽい爽やかな顔よりそっちの方がよっぽど親しみが持てるね。
なんて思ってたら、今度は一気にシリアスな顔になって、私にめがけて剣を構え走り出した。
「あら、今度は私の方が危険人物扱いされちゃったかなー?」とか考えてると、アルフは私を通り過ぎ、そして私の背後に迫ってきていた小型の魔獣を両断した。その他にもどんどん現れてきた小型魔獣を次々にアルフが倒していく。
こんだけ魔素が濃い場所だからね。そりゃこういうちっちゃな魔獣だっているか。上級魔獣がいなくなって我が世の春が来たと勘違いしちゃったのかな?
「それにしても、とても皇子様とは思えない腕前なこと」
さすがに上級魔獣とタイマンするには厳しいけど、魔術剣の威力も魔術の実力も上々。この程度の小型魔獣なら全然相手にならない。B級というランクは伊達じゃ無さそうだね。
「だけど――詰めは甘いかな?」
小型魔獣を一通り倒して剣を収めたアルフが「やり遂げたよ!」みたいな爽やかな笑みで振り向いたけど、そんな彼めがけて私は地面を蹴った。
驚いたアルフの顔が近づく。そして、吐息がかかる程の距離になったところで私は右拳を振り抜いた――彼の顔の横めがけて。
「あら、ごめんあそばせ」
小型魔獣をぶち抜いた感触を確認しつつ、思わずクスッと笑ってしまう。だってしょうがないじゃん。言葉どおり目と鼻の先でアルフが金魚みたいに口をパクパクさせてんだし。
「油断大敵ってね。小型魔獣は気配を消すのが上手だし、実力はB級でも実戦経験を積まないと今みたいに危ない目に遭うよ?」
「……うん、勉強になったよ」
アルフはまだ心ここにあらずって感じだけど、まいっか。
注意して周辺の魔素の動きを探ってみると、いくつか小型魔獣がまだ身を潜めてるみたい。幸いにも早々にターゲットの魔獣を倒せたから時間はある。
「ささ、早いとこ全部ぶっ倒しちゃお?」
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