4-2 一目で僕は君に恋をした。それだけさ
「テメェらは会うの初めてだったよな? リナルタ、コイツはフレッド。ソロで活動してて今回の依頼にちょうど良かったから組んでもらうことにした。まだ傭兵登録されて二年ちょっとだが、ランクはB級に上がったところだ」
「今日からしばらくよろしくお願いします、リナルタさん」
素知らぬ顔で殿下が手を差し出してきた。
いやいやいやいや! おかしいと思ったよ! 急に休みを強制的に三日も与えられて、狙ったようにその直後にギルドから連絡は来るし。
「どうかしましたか、リナルタさん?」
「よ、よろしくぅ……」
この野郎、いけしゃあしゃあと……ここまで来るとストーカーでしょ。
全部暴露してやろうか、なんて考えも頭を過ったけど、さすがにそうすると色々と面倒になることが目に見えてる。
ならばもう取りうる行動はただ一つ。さっさと仕事を終わらせてコンビ解消してやる。
てなわけで、挨拶もそこそこにギルドを飛び出すと、ディスカルドまでのポータルに飛び込んだ。タバコをくわえたエルヴィラが変な目で見てたけど知るもんか。
「もう行くのかい? 少しくらいそこらで食事でもしながら自己紹介でも――」
「いーえ、魔獣被害に困っているだろうし、一刻も早く見つけちゃった方がいいって」
「はは、リナルタさんは仕事熱心だね」
アンタから少しでも離れたいだけだよ! というツッコミを我慢して足早にディスカルドの町を出ていく。
町を出ると今度はダッシュ。あわよくば「ごめーん、遅かったから置いてっちゃった、テヘペロ」なんて考えが過っての行動だったんだけど、振り返れば殿下は難なく私についてきていた。
(へぇ~、意外とやるじゃん)
エルヴィラはB級だって言ってたけど、金や権力で買ったわけじゃなさそうだね。少し見直した。だからって一緒に仕事したいわけじゃないけど!
その後も急に加速したり、突然木の上を移動したり、小川の上を走って渡ってみたりしたものの、殿下は変わらずついてくる。結局、殿下を撒くことはできないまま目的地近くの山中に到着してしまった。
「はぁ、はぁ……すごいね、リナルタさんは」
速度を緩めて歩きだすと、殿下は肩で息をしながらも笑顔を絶やさず声を掛けてきた。う~ん、もうここまで来たら諦めるしかないか。
「ポーターっていうのは、みんなこんな化け物みたいに体力があるのかい?」
「私が特別自信あるだけです。むしろ殿下こそ私についてこれるとは思ってませんでした」
「……気づいてたのか」
私が正体を看破すると、殿下は魔導具の仮面を外して素顔を顕わにした。
「私は魔術に耐性がありますので。仕事が急に休みになったのも殿下の差し金ですよね?」
「それもバレてたか。都合が悪かったかな?」
「いえ、どちらかというとありがたかったです」
まとまった休みが取れた方がギルドの仕事はしやすいしね。どうせ下心満載だろうけど、その点で助かったのは間違いない。
「そんなことより、宜しいのですか? 仮にも皇子殿下がこんな危険な真似をして」
「僕は所詮第三皇子だからね。兄上にも疎まれてるし、陛下もお酒や女性との遊ぶのが忙しくて僕にそこまで関心はないさ。だからこそこんな傭兵稼業をできるんだけど」
「少なくとも、そこらの傭兵さんより優秀であることは伝わりました」
「君こそ、とてもただの下女ではなさそうだけど」
「単なる副業です。下女の仕事が休みの時だけでも稼ぎはいいですし」
「はは、詮索はなしか。オーケー、僕もこれ以上詮索はしないし、君も『フレッド』が僕であることは黙っててほしい」
あ、これは私のことを単なる下女だって思ってない感じ。まあそれは構わないけどね。私は殿下が何しようが興味ないし。
「あと、二人の時はフランクにいこう。僕のこともアルフって気軽に呼んでくれ」
そう? なら遠慮なく。気を遣わないでいいなら私も別に拒絶する理由はないし。どうせ私との距離を縮める口実だろうけど、私も言いたいこと言えるなら文句はない。
「ところで……僕と分かってたうえで仕事を一緒にしてくれるってことは、僕の愛を受け入れてくれたってことでいいよね?」
「ないない。私には荷が重すぎるからさ、そのまま持って帰ってちょーだい」
「はは、照れなくてもいいのに」
「ミリアン殿下と同じで脳みそお花畑かな?」
「お? その口調が君の本性かい?」
「不敬罪で牢屋にぶち込んじゃう?」
「君にいつでも愛をささやけるようになるのなら、それも悪くないかもね」
「いいよ。その時は無理やり鉄格子をひん曲げて、この国から脱出してやるから」
「それは困るな。なら強硬手段はやめておこう」
「んで? 私に近づいた本当の狙いは何?」
そんなに殿下……アルフのことを知ってるわけじゃないけど、ぽやぽや~とした皇族のお坊ちゃんって感じじゃない。
傭兵としてやっていける実力然り、この間のミリアン殿下とのやり取りも然り。だから、私に突然近づいたのも、何か目的があるんだと思う。
「別に。一目で僕は君に恋をした。それだけさ」
「ふ~ん、あっそ」
ま、そんなあっさりとは口を割らないよね。今のところストーカー以外に害はないし、そういうことにしておこう。あ、でもご貴族様からお小言言われるのはめんどくさいな。
「これ以上皇城で所構わず告白してくるのをやめるなら、信じてあげる」
「もし破ったら?」
「その整った顔が抽象画になってもいいのなら好きにすれば?」
そう言ってやるとアルフ殿下は肩をすくめながら笑った。こんなところで矛を収めといてあげようかな。どうせどう条件つけたってこの手の輩は抜け道を突いてくるだろうし。
それに――もうそろそろこんな話をしてる場合じゃ無さそうだしね。
「どうしたんだい?」
ここからはおふざけは無し。急に立ち止まった私にアルフが首を傾げた。けど私が前方の木立を指差すと、アルフも仕事モードに切り替わったのが分かった。
「これは……もしかして噂になってる魔獣の痕跡なのか?」
「たぶんね」
そこは明らかになぎ倒された木々が転がっていた。
出来上がった道のサイズからも魔獣の巨大さがよく分かる。地面も足跡部分だけが黒くなってて、触ってみるとパラパラと崩れ落ちていった。推測するに、魔術的に生気を吸い取られたって感じかな?
「行くよ」
魔獣が作った道を追いかけてく。ここまでの道中は森の中らしい植物の香りが薫ってたけど、今はまったくの無臭であらゆる生命が死滅してるって印象。ここまで生気を吸い取ってるとなると……これは放置しとくと結構ヤバそうな魔獣だね。
「止まって」
十分くらい進んでいくと、急にポッカリと開けた場所にたどり着いた。ここらへんになると、尋常じゃなく魔素が濃い。
やがて遠くからいかにも重そうな足音が聞こえてきた。アルフと一緒に茂みに身を隠して様子をうかがってると、森の奥から黒い影の塊みたいなのがゆっくりと近づいてきた。
だけど、影だけでその姿かたちがまったく見えてこない――と思ってたら、日光が当たる場所に影の塊が届いた瞬間、足先から黒い影が実体化していった。
「……っ」
そして程なく全体が顕わになると、隣でアルフが息を呑んだ。
現れたのは巨大な黒い狼を思わせる異形の生物だった。全高はどうだろう、三メートルくらいはあるかな。全身に蔦みたいなものを絡ませて、その表面は陽炎みたいにゆらゆらと揺れてる。
「奇妙な魔獣だな……」
「きっとこの辺りの土地で古くから伝承されてる神さまの形なんだろうね」
魔獣は高濃度の魔素から生まれる、いわば自然災害的な存在だけどその姿かたちや強さってぇのはその近隣に住む人たちのイメージに左右されることが多い。だからコイツもその伝承を元に形作られたんだと思う。上級の魔獣なのは間違いなくて、少なくとも倒すにはB級以上の傭兵を何人も集めなきゃいけないんじゃないかな。
「運がいいね。まさか初日で出会えるとは思ってなかったよ。コイツが討伐されたら、相当に上質な魔力石がドロップされるんじゃない?」
「そんな呑気なこと言ってる場合か!」
アルフが声を潜めながら怒鳴る、なんて器用な真似をした。まあそう慌てなさんなって。
「……僕らの手には余る相手だ。依頼は情報収集だけだし、ここらで撤退しよう」
「無駄だよ」
「なに?」
「だって――もう気づかれてるもん」
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