17-5 私がアンタを気に入らない
「どれだけ民に寄り添おうとも彼らには伝わらない。最初は笑顔で感謝をしていてもその環境に慣れ、やがては同じ口で不満と罵倒をささやき始める。なのに自分からは何一つ変えようとしない。口を開けて待ってるだけで、その口に何も入らないと怒り、次第に暴力に訴えようとする。ああ、実に愚かでしたよ。彼らも、そしてそれに気づかなかった私も」
「侯爵……」
「民は愚かです。しかし同時に小賢しい強かさも持ち合わせている。そんな彼らを統治し、領地を、帝国を発展させていくには、選ばれた優秀な人間が導いていくしかないのですよ。そして、その人間こそが皇族と貴族であったはずなのです」
「その優秀な人間があの体たらくだけどね」
脱税に横領、税は巻き上げ、その金で贅沢。どう見ても権力だけ有る阿呆の所業だよね。
侯爵が怒りそうなことを口にしたけど、意外にも「まったくです」と同意してくれた。
「やはり貴方は優秀な下女だ。貴族でないのが惜しい。
そう、実に嘆かわしいのが我が国の現状なのですよ。陛下は我欲のために国の財を湯水のように使い、貴族たちはその多くが私腹を肥やすことと権力闘争にしか目が向いていない。国民は不満を口にするだけ。誰も帝国という自分たちの『船』のことを何一つ考えていない。本当に愚かな人間ばかりだ」
湧き上がってくる怒りをぶつけるように、侯爵は握ってた杖の先を床に強く叩きつけた。どこまでも反響し、やがて静寂の中に音が吸い込まれていった。
「この国は破滅へと繋がっている。だから残された我々が変えなければならないのですよ」
「侯爵、貴方の想いは分かった。しかしなおさら解せない。そこまでこの国を愛し、憂いているのであればなぜ国を危険にさらすのか。儀式を行えば、いずれ魔獣が強化されるだけでなく魔王も生まれる。そうなれば、それこそ国が破滅へと繋がりかねないんだぞ!」
「ええ、理解しております。それこそが私の狙いなのですから」
「……どういうことだ?」
「危機感が足りないのですよ。皇族も貴族も国民も、そしてアルフレッド殿下、貴方も」
侯爵が忌々しげに吐き捨てた。それから足音を響かせて部屋の最奥にゆっくりと歩いていく。アルフが「動くな!」と魔術を足元に放ったけど、侯爵は気にした様子もない。
「帝国は緩やかに破滅へと向かっています。それを回避するためには、一度本当の危機に陥る必要があるのです。誰しもが絶望し、嘆き、膝をついてうなだれる程に」
「そのために魔王を生み出そうというのか……!」
「しかしご心配には及びません。儀式を行えば魔王が生まれる。それと同時に――」
「勇者たちも生まれる」
私が答えると、侯爵が嬉しそうに笑った。
「御名答。そう、魔王は彼らにしか倒せない。魔王に対して我々は、直接的には無力です。しかし彼らをサポートすることはできるし、彼らを鍛え、万全を期して戦える土台を作ってあげれば魔王を倒すことは十分に可能です」
「そして勇者を王様として担ぎ上げて、新しい王朝を立ち上げるってわけね。侯爵様は勇者を支え続けた一番の友人となって、政に不慣れな彼の代わりに采配を振るう、と」
「本当に貴女は聡明だ。ええ、そのとおり。今の皇族に国民の多くは不満を抱え、陰口が絶えません。しかしそれでもいざ新たな王朝を擁立しようとなると、きっと国民の多くが受け入れないでしょう。それこそ暴動が起き、国がバラバラとなってしまうかもしれない。
ですが勇者なら? 魔王を倒し、国を救った勇者であれば人々は間違いなく支持をするでしょう。勇者に政治能力があるかなど考えもせずに。彼らはみな単純ですからな」
「考えたものだな、侯爵。当初から惜しみなく援助していれば、担ぎ上げられた勇者は侯爵を尊重し続けるだろうさ。そうして実質的な王となって権力を奮うわけか。実に賢いやり方だ。承服はできないがね」
「ご理解いただけ光栄です、殿下。当然、皇族たる殿下には承服いただけないでしょう。しかし腐ったこの国を再び繁栄させるには、もはやこうするしかないのですよ……!」
落ち窪んだ目をギラつかせ、オールトン侯爵は強い口調で自分の正当性を訴えてくる。
侯爵の言いたいことは分かる。この人は本当にこの国が大好きなんだろうね。陛下もミリアンも国のことなんてなーんも考えてないし、それをいいことに多くの貴族や官僚はやりたい放題。そりゃ色々ぶっ壊して膿を出してしまおうってなるよ。
でもね。
「気に入らないね」
詠唱を止めない魔術師たちの前に立った侯爵。その彼に私は正面から向き合った。
「貴女の心情は理解しますよ。ですが、一度壊さなければこの国を立て直すことは――」
「別にそれはどうでもいいよ」
この国の腐敗は確かにどうしようもない。そのために荒療治が必要だっていうのも理解する。新しく王朝を立てるなりクーデターを起こすなり好きにしてって感じ。だけど。
「そのために息子であるアシル様を生贄として捧げる。そこが実に私は気に入らない」
「残念ながら、当家の息子でありながら魔術もロクに使えない家門の恥だ。だが儀式に身を捧げ、この国の礎となれるのであれば、アシルも貴族としての役目を果たせ本望であろう。もっとも、直前になって魔術師の才を垣間見せたのは皮肉ではあるがね」
そう言って侯爵は魔法陣の中で虚ろな目をしているアシルくんへ振り向いた。
私の位置からは顔が見えない。けど、侯爵はどんな目でアシルくんを見つめてるんだろうね。
「まさか、息子を心配してくれてるのかね?」
「まぁね。アシル様からは色々聞いてるし。それだけに……うん、そうだね、控えめに言って――実に気に入らない」
アシルくんはいつも必死だった。厳しい訓練にも耐え、学び、振り向いてもらえないことに孤独を覚え、それでも父である侯爵の期待に応えようと頑張ってた。
それを無碍に踏みにじるようなことをする侯爵が、心から気に食わない。たとえ本心でどう思っていても。
「他人であるあの子のために我々を止めようとするか」
「ううん、別にアシル様のためじゃないよ。ただひたすら私がアンタを気に入らないだけ」
だからアンタをぶっ飛ばして止める。そう宣言してあげると、侯爵は高らかに笑った。
「宜しい! であれば止めてみせなさい!」
左右にあった扉が一斉に開いた。そこから地上と同じく学院の魔術師たちと、侯爵家の家紋が入った鎧の兵士さんたちがあふれ出てきて私たちを取り囲んだ。
動きこそ機敏だけどやっぱり全員の目が虚ろ。彼らもまた操られてるってことか。
「まだ残っていたのか……!」
「さぁ――殺してさしあげましょう」
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