17-2 なら自分たちでどうにかするしかないではないですか!
「来てしまわれたのですね、殿下。貴方にだけは来てほしくなかったのですが」
男爵が心底残念そうに天を仰いで、円を形作ってる魔術師たちに視線を移した。
黒いフードを被った魔術師連中の中心には、複雑かつ精密で見てるだけでも頭がいたくなりそうな魔法陣がおっきく描かれてる。大量の魔力石や宝石類がその魔法陣をなぞるように配置されてて、さらにその内側に何人もの子どもたちがぼんやりとした顔で座ってた。
おそらくは彼らが、行方不明になったまま見つけられなかった孤児たち。そしてその子どもたちに囲まれた、魔法陣の中心にいたのは――
「やっぱそうだよね……」
ここに運び込まれたってエイダが言ってたアシルくんだった。彼もまた他の孤児たちと同じように焦点の合わない視線を虚空に向けてて、立ったまま両腕を左右に広げてる。目を覚ましたのは嬉しいことだけど、こうして操り人形になってるのは残念だね。
アルフが黒い剣の切先を男爵に向けると、周囲にいた騎士数人が立ちふさがった。
「聞かせてくれ、男爵」アルフが苦渋に満ちた声を絞り出す。「貴殿のような男が、どうしてこのようなことをしようとしてるのか。自分が何をしているのか、分かっているのか?」
「ええ、もちろん。儀式ですよ。『魔』を排除し、神聖なる場を形成するのです。それもこれもすべてはこの国を、そして我が領民たちを守るために必要なことなのですから」
ユンゲルス男爵が静かに微笑んだ。だけどその奥にある瞳は明確な意思をたたえてる。あ、これはもう覚悟を完全に決めてる目だ。
「この儀式を行えば聖域が形成され、魔獣たちが弱体化し、兵士たちは強化される。そうすれば我が領のみならず帝国中が魔獣の脅威から解放され、犠牲が少なくなる。これは我々だけでなく殿下たちにも利のある話です。こうして咎められる謂れはございませんな」
「男爵、確かにそれはあるかもしれないが――」
「そもそも、すべての元凶は中央の方々にあるのですよ」
アルフが説得しようとするけど、男爵がそれを強引に遮った。眼力強くアルフをねめつけて、腰から剣を引き抜く。
「これまでも私は足りない頭で考えて参りました。魔獣被害に苦しむ領民たちのため陛下にご支援をお願いし、帝国中央に住まう上級貴族の方々にも頭を下げてきました。だが……誰一人としてまともに取り合おうとしなかった!」
剣を構え、切先をアルフへと向いた。
「どれだけ真摯に訴えようとも、誰も私たちに真面目に向き合おうとしなかった……! ならば自分たちでどうにかするしかないではないですか! それがたとえ、畜生にも劣る非道な手段であったとしても……」
アルフとしても耳が痛いのか、反論の言葉が出てこない。ユンゲルス男爵が陳情を終えて悲痛な顔をしてたのも見てるしね。
アルフがあの後不誠実な対応をしたとは思わないけど、結局は男爵に支援は行われなかったんだろうし、口だけと思われてもしかたないよね。
だからって、やって良いことと悪いことってぇのはある。アルフは優しいんだけど、こういう時相手に感情移入しちゃって自分が言うべき事を飲み込んじゃうのは悪い癖だよね。
しゃーない。
「男爵様」
「久しぶりだな。いくら殿下に寵愛してもらってるとはいえ、こんなところまでついて来なくていいだろうに……だが理由はどうあれ、巻き込んでしまってすまないな」
「いえ、それはどうでもいいのですが」
そもそもアルフの寵愛ってなにさ? とか言いたいけどそれは置いといて。
「男爵様は悲痛なお覚悟で決断なさったご様子。ですが、そもそもこの儀式について十分ご理解しておいでではありません」
「この期に及んで言葉で弄しようとしても無駄だ」
「そのつもりはございませんが真実は知っておくべきかと。この儀式は、男爵様が考えておられるような儀式ではないのです」
聖域が形成されるのも事実。魔獣が弱体化して多くの兵士や領民が助かるのも確か。けど作られた聖域は期間限定だし、聖域が切れた後は今まで以上に魔獣が強化されて逆にもっと犠牲が出ることになるんだよね。おまけに魔王まで誕生することになるし。
って話を懇切丁寧にしてあげると、男爵たちは動揺し始めた。やっぱりそこまでは聞かされてなかったか。本当はもっとヤバいことになるんだけど、面倒くさいので割愛した。
「貴様! 何を根拠に……!」
「聖域に関する原著から得られた、確かな情報です」
男爵の周りの騎士たちが気色ばむけど、それが真実なんだよね。原著っていうか回顧録も読んだし、何より私がそれを実際に目にしてきたわけで。
「よせ」
男爵は騎士たちを手で制して、大きくため息をついて天を仰いだ。そして、一度は下ろした剣をもう一度私たちへと向けた。一緒に向けられた瞳に、もう動揺はなかった。
「たとえ君の話が真実であろうと、私たちは止まれない。やらねばならないのだ」
「男爵……」
「殿下が異なるやり方で国を正そうとしていることは存じております。ですが、我々にはもう猶予はないのです。未来よりも――我々は今を生き延びねばならない」
そうだね。たとえ未来が今より悪くなるって分かってても、目の前を乗り越えなきゃその悪い未来でさえ訪れないもんね。そんな状況に同情はする。
だけど、私は止めるよ。
対話が途切れ、切先を互いに向けあった無言の中、儀式を進める魔術師たちの詠唱だけが響いていく。やがて、どちらからともなくお互いに地面を蹴った。
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