17-1 僕がそうしたいから、かな?
さてさて。
コンラッドの野郎を殴り倒して建物の中をひと通り見て回ったわけだけど、残念ながらそれらしき場所は見当たらなかった。まぁそんな分かりやすい場所で儀式なんてできないよね。人目を忍んでせっせと準備してたわけだし。
「となると……地下か」
二人揃って足元を見下ろした。可能性としてはそうなるよね。とはいえ、見て回った限りだと地下への入口はなかったわけで。上手に隠してるんだろうけど、闇雲に探すってなると結構心が折れる作業になりそうな気がする。
「大丈夫。僕に任せてくれ」
お、やけに自信満々だね。策がありそうだけど、何をするつもりかな?
胸を叩いたアルフが、目を閉じて詠唱を始めた。これまでの人生で私も結構いろんな魔術の詠唱を聞いてきたつもりだけど、アルフのその詠唱は初めて耳にする気がする。
詠唱を終えたアルフが床に手をつけ、やがて「こっちだよ」って移動を始めた。その後、アルフが先導して一分ほど走って、とある講義教室にたどり着くと講義台下の床を叩いた。
「ここを殴ってくれるかい? 床を壊すつもりで」
言われるがまま拳を床に叩きつける。すると砕けた床板がなぜか下に転がっていく。そうして現れたのは、地下への階段だった。うん……知らなきゃここを見つけるの無理だね。
「本当はここを開ける鍵やスイッチみたいなのがあったんだろうけどね」
「探すのメンドイから私に殴らせたってわけか。いい性格してるじゃない」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてないっての。で、さっきのは……ひょっとして、オリジナルの魔術?」
「ご明察。皇城には脱出用の隠し通路がたくさんあってさ、昔、それを探してみたくて研究したんだ。時間はたくさんあったからさ」
なんとまぁ。第三皇子ゆえに時間はたっぷりあったにしてもオリジナルの、それも実用性が高そうな魔術を編み出すなんてすごいじゃん。もしかして、天才?
「はは、おだて過ぎだよ」
照れながら謙遜してるけど、オリジナルの魔術なんて片手間で生み出せるようなもんじゃないからね? ホント、つくづく皇子なのがもったいないよ。
「それよりも」
「分かってる――降りよっか」
蓋を壊した瞬間分かったけど、地下からはとんでもない量の魔素が蠢いてるのを感じる。これは相当にヤバそう。少なくとも連中が生半可に儀式を進めてるわけじゃないのは確か。
私が前を、アルフが後ろを警戒しながら階段を降りていく。螺旋状になったそれはずいぶんと深くまで続いてて、心もとない魔導照明だけを頼りに足早に降り続けた。
「魔導学院にこんな地下があるなんて……元々あったのかな?」
「たぶんね。さすがにこんな深度の地下を今回のためだけに作るのは大変すぎるし。元が何のために作られた場所かは知んないけど」
「彼らはどういうつもりでこんな儀式をしようとしたんだろうね? やっぱり魔王を生み出すっていう術式の本質を知らずに、聖域目当てなんだろうか?」
アルフの口数がにわかに増えてきた。たぶん本人は無意識で、緊張と不安がそうさせてるんだろうね。でも、かくいう私も実はそこまで余裕はなかったりする。
一歩進むごとに記憶が蘇ってくる。
熱狂する住民たち。狂気を臆さず叫んでる。
詠唱を口にする魔術師たち。淡々と気が狂った魔術を準備している。
父も母も、薄ら笑いを浮かべてその様子を眺めている。自らが火を点けた熱狂を、満足げに放置している。
そこに私が愛した人たちはいない。私を愛した人たちはいない。ただ狂って当たり前に贄を差し出す弱い人たちがいるだけだ。そして彼らが一斉に私へと狂った眼を向けて――
「……ルタっ! リナルタっ! 大丈夫か!」
気づけばアルフがすぐ目の前にいた。肩を強くつかんで、必死に私を呼び続けていた。
「……アルフ?」
「ああ、そうだ! ……良かった、心配したよ。急に呼びかけても反応が無くなったから、何かあったのかと……」
……どうやら当時の感情に飲み込まれてたみたい。ダメだね、もういい加減過去のものにできたと思ってたんだけど。
「体調が芳しくないのかい? 無理しなくていい。ここまで協力してくれただけでも十分すぎるんだ。ここからは僕一人で――」
「大丈夫。さっきのは、ちょっとぼーっとしただけだから」
それにいくらアルフが強くったって、一人じゃそれこそ無理が過ぎる。この場の相棒は私じゃないとつとまらないっしょ。
「心配してくれたのは感謝してるよ。さ、行こ行こ」
心配性なアルフと押し問答してる時間はないので、さっさとまた階段を降り始める。後ろからはちょっと渋々感が伝わってくるけど、それでも何も言わずについてきてくれた。
やがて終わりが見えてきた。階段よりも一際明るい魔導照明で照らされた扉が静かに佇んでる。その扉からは魔素がにじみ出てた。この中で儀式が行われてるのは間違いない。
「……入ろう。そして、止めよう」
そうだね。だけど、その前に一つ聞いて良い?
「なんだい?」
「……人間なんて、弱い生き物なの。普段から優しく手を差し伸べて愛の言葉を紡いでいても、言い訳ができれば平気で裏切る。そいつを犠牲にすれば自分が助かるとなったら、どれだけそいつに助けられてたとしても、何食わぬ顔で生贄に差し出す」
「リナルタ……」
「『悪』とレッテルを貼られた存在を盲目的に排除する。たとえそれが『善』と呼ばれてた存在だったとしても。アルフはそんな人々をどう思う? 救う価値があると、本気で思う?」
逡巡。アルフは目を閉じて黙り込み、けれどもそう間を置かずして微笑んだ。
「そうだね……価値があるか、と言われれば僕にはよく分からない。ただ、もし僕の手が届くのであれば、この手で救えるのであれば救ってあげたいかな?」
「それはどうして? この国の皇子だからっていう義務感?」
「皇族だからとか、彼らの税金で生活してるから、とかいろいろと理由はつけられる。だけど一番は――僕がそうしたいから、かな?」
そう言ってアルフが照れくさそうに笑った。そこに嘘はないってハッキリ分かった。
まったく。まぶし過ぎてため息が出る。こいつは本当に聖人か。でも。
「なら――その気持ちはずっと忘れないでね」
拳を後ろに引き絞り、大きく踏み込んで扉へと叩きつける。
金属製の扉が轟音を立ててひしゃげ、飛んでいく。中と外を分ける境界が無くなって、私たちは儀式が行われてる空間へと入り込んだ。
数多の瞳が私たちへと向けられる。その大多数はすぐに私たちへの興味を失ったけど、いくつかの視線は私たちへ向けられたまま。
そして彼らの中心にいたのは。
「ユンゲルス男爵……」
かつて私たちを見て楽しげに笑い、領内を案内してくれたユンゲルス男爵その人だった。
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