16-2 アタシが今日の主役なんだ
ってわけでその日の夜中にまた城を抜け出した。
前回はまだアルフに見張りが付く前だったけど、今回は夜中でもバッチリ見張り役がいらっしゃった。なので気は進まないけど、アルフの閨を共にしに来たって体で、たっぷりその見張りとお話してから気を失わせた。
「またそんなことして……」
「だいじょぶだいじょぶ。記憶は消しといたから」
そのために娼婦みたいな真似までして見張りとの「縁」を強くしたんだし。じゃないと、記憶消した後で当分魔法が使えなくなるからね。あ、ちょっとしたお触りまでだから、許したのは。後はマジでお話だけ。アルフの機嫌が悪くなったからそこはハッキリ言っとく。
「はぁ……今に始まったことじゃないけど、危険なことは本当に止めてくれないか」
「私だってムダに危険なことやってるわけじゃないし」
本当に危険な橋は必要な時しか渡んないし、そも、私にとって「本当に」危険なことなんてそうそうない。だから心配しなくて大丈夫だよ。
「君が強いのは知ってるけど、真正面から向かってくる敵ばかりじゃないだろう?」
「その時はアルフが助けてくれるっしょ?」
だから心配は要らないし。そう言うとアルフが「またサラッと君は……」とか何とか頭抱えてブツブツ言い出した。そこまでおかしなこと言ったかなぁ……?
そんなこんな話してるとギルドに到着。すぐに二階に案内されて、部屋に入ればそこにはニコラにエルヴィラ、そして私たちを呼び出したエイダがいた。
ただし。
「なんでアンタがそこに座ってんのよ?」
「アタシが今日の主役なんだからおかしかねぇだろ?」
エイダが真正面の一番高級な椅子の上で偉そうにふんぞり返ってた。その右にエルヴィラが座ってて、そしてなぜか一番偉いはずの支部長が一番の下座に座ってる。うん、ニコラへの雑な扱いぶりが分かるよね。当のニコラも肩を軽く竦めるだけで何も言わないし。
「私たちを呼び出したということは、無事に情報をつかめたと理解していいのかい?」
「当たり前ってやつさ、皇子様。このアタシに隠し通せる情報なんてありゃしないね」
さも当然とばかりにエイダが無い胸を張りながら、大きくあくびをした。見れば目元には薄っすらとクマ。ひょっとして、エイダでも結構難しい相手だった?
「まぁ少々本気を出さなきゃいけなかったのは認めるよ。そういう意味ではこんなシビれる依頼を持ち込んでくれた二人には感謝しかないね」
「君が本気を出すってことは、よっぽど相手も巧妙だったみたいだね」
「その通り。全く以て厄介な相手だったさ、ニコラ支部長殿。けど、その甲斐はあったね」
「ってことは……やっぱり?」
私の確認に、エイダは楽しそうに首を縦に振った。
「ああ――真っ黒も真っ黒だったよ」
っていうわけで、エイダから調査結果をひと通り聞いたんだけど。
「……はぁ」
その調査結果にたいそう衝撃を受けたようで、アルフは一度黙って天を仰いでから一気に頭を急降下させた。
「ショックかい、皇子様?」
「……まあね。まさかそこまで関係してる貴族が多いとは想像してなかったし、そこに行き着くとも思ってなかったよ。ちなみに、今までの報告が冗談だって可能性は?」
「残念ながらゼロだね。調査結果は一切の忖度なくありのままを報告するって決めてんだ。だからありのままを受け入れな。皇子様がここ最近つかまされてた情報のすべてが真っ赤な偽物だってことをね」
オールトン侯爵から渡されてた、不正に得たお金の使途情報。「怪しいよね?」とは思ってたけど、うん、思ってた以上に嘘情報をつかまされてたっぽい。どうも私が帳簿を色々と調査した後くらい辺りで、アルフが動いてるって向こうさんも確信したみたいだね。
「信じたくはないけど……受け入れざるを得ないんだろうね、これは」
「んで、リナルタ。アンタのにらんだとおりさ。魔力石の異常な値上がりにお偉い貴族サマたちの不正、孤児の誘拐に魔獣襲撃。ぜーんぶアンタの言うとおり繋がってたよ。ま、最後は意図してたわけじゃあなさそうだけどな」
「だろうね。知ってたらさすがに自分たちも暮らす皇都を危険に晒しはしないだろうし」
「あと、アンタの知らないネタも追加で一つ――魔術学院の連中も動いてる」
そう言ってエイダがスキットルを傾けた。みんな首を傾げたけど、私はすぐに理解した。
「ああ、そういやそうだったな」エルヴィラもピンと来たみたい。「奴さん、学院のお偉いさんだっけな。魔術師連中を手駒として動かすにはもってこいの立場ってわけか」
「よく知ってたね、エルヴィラ」
「魔術学院たぁ、ギルドとも協力することもあるんだよ。で、横の野郎が面倒臭がるから私がその折衝役を担ってんだ」
「いつも助かってるよ」
「そう思うんなら受付嬢に仕事押し付けるの止めやがれってんだよ」
「あじゃ!?」
エルヴィラが自然な動作でニコラにタバコを押し付けた。良い子はマネしないよーに。
「話を戻すよ」エイダがため息をついた。「先日魔術学院で入試があっただろ? あふれかえってた受験生に紛れて魔術師が結構な人数皇都にやってきてんだけど、軒並みその消息が途絶えてる。たぶん引きこもって儀式の準備とやらをしてるんだろうね」
「そうか、儀式のためには精緻な魔法陣を記述する必要があるとリナルタも言ってたね」
「関連して言えば、侯爵の三男坊――アシル・オールトンも魔術学院に運び込まれてる。屋敷の使用人たちが騒いでたからね。こっちは足取りを追うのは簡単だったよ」
その情報には私も驚いた。
アシルくんが何でまた? 倒れてから何度かお見舞いには行ったものの、回復はしてないって話だったし、ひょっとして魔術学院で魔術的な治療を行うのかなとも思ったけど――こんな状況でそんなわけないか。
「おそらくは『贄』だね」みんなが私へ振り返った。「こないだも言ったけど、儀式には魔王の元になる人間が必要になるから、アシル様をそれに使おうとしてるんだと思う」
思い返せば体内の魔素も変だったし、前々から儀式のためにアシルくんの体に手を加えてた可能性も否定できないね。
「やっぱり、彼らは本気で魔王を生み出そうとしてるのかい?」
「それは分かんない。けど、当人たちは聖域の儀式を行おうとしてるつもりかも」
「聖域って、かつての大魔導士・グスタフが生み出した聖域魔術のことかい? 聖域を展開して魔獣の弱体化を図り、さらに英雄――いわゆる勇者を出現させるっていう……」
ニコラの確認に、私はうなずいた。
「わっかンねぇな。おい、リナルタ。魔王の儀式と聖域の儀式なんざ、やってること正反対じゃねぇか。どうして聖域の儀式で魔王を作り出すなんて話になりやがんだよ?」
「それには色々と複雑な事情があるんだよ」
そもそも聖域の儀式自体、開発当時の王様に復讐するために仕込まれたトラップだし。聖域は確かに形成されるけど、同時に誕生する魔王には効かないし、その魔王に国を滅ぼさせるっていう。しかも集めた莫大な魔素が儀式の後でどうなるかまで考えてないしさ。
でもそこら辺は、グスタフのジジィが書いた回顧録を読まないと記載がないんだよね。後世の人間が書いた聖域の儀式に関する本は、表面的な話しかしてないからさ。
「ま、そこの事情はどうだっていいよ」エイダがテーブルを指先で叩いた。「今言えることは――状況は非常にまずいってことさ。連中の準備はもう最終的なところまで進んでる」
「私も同意だ。皇都が先日魔獣の脅威に晒されたということは、濃厚な魔力源が皇都のどこかにあるということだ。この間は撃退できたが、いつまた同じことが起きても――」
深刻な顔でアルフが話してたその時、ぞわっとした感覚が私の背筋を走った。魔素が一気に沸き立って表皮を這い回る気持ち悪い感覚。明らかな異変。これはひょっとして――
直後にけたたましい鐘の音が、深夜の街に響き渡った。
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