14-2 依頼は断らせてもらいますよ
「やぁ、こんばんは」
中ではニコラが寝癖をつけたまま、コーヒーを準備していた。相変わらずボトボトと、カップの半分は埋まるんじゃないってくらい砂糖をたっぷり入れて、そこにさらに大量のはちみつを垂らしてた。いや、ホントマジでコイツの味覚どうなってんだろうね。
「放っといてよ。寝起きの頭を働かせるには甘い物がたっぷり必要なんだ」
「あっそ。ニコラのバカ舌は今に始まったことじゃないから別にいいんだけど。ところで、最近の魔力石買い取り相場、どうなってる? ちょっと前はぐんぐん値上がりしてたけど」
「んー、どうだったっけ、エルヴィラ?」
「一時期に比べりゃ落ち着いちゃいるが、まだ前の相場感からすりゃ高ぇまんまだな」
「値上がりが落ち着いたのは良いことだね」ニコラの前にアルフと並んで座る。「前に魔獣の目撃情報が増えてるって言ってたけど、魔力石の値段が高止まってるのはそのせい?」
「だと思うよ。魔獣の目撃は相変わらず多いし、実際に襲撃まであったとなると物流自体は滞りがちになる。おまけに護衛も増えてコストも上がるからね」
ふーん、ま、値上がり自体は本当に止まったんだ。そっか。んじゃ、もう集める必要がなくなったってことだろうね。
「さて、世間話はこれくらいにしておこうか。こんな夜中にやってきて人前で口にできない話ってことだからね。さぞ重大な話だと推察するけど」
「それについては私から。実は折りいってギルドに依頼したいことがありまして」
フレッドの顔のままアルフが身を乗り出すと、ニコラは伸びた無精髭を撫でてうなった。
「あー、ひょっとして……それって『アルフレッド皇子』としての依頼です?」
「……気づいてたのか?」
アルフが驚きながら魔導具を外した。頼りなさそうに見えるニコラだけど、これでも帝国首都のギルド支部長を任されるくらいだしね。知ってても当然か。
「はは、伊達に支部長なんて面倒を押し付けられてないですよ。普通に考えて、魔導具で顔を隠さなきゃいけない人が登録に来たら、身辺調査くらいはするでしょう?」
「サヴィーニ支部長も魔術が効きにくい体質なのか?」
「いやいや、僕はリナルタとは違いますよ。ほんのちょっと違和感を覚えるだけで、ちゃーんと『フレッド』に見えてます。ただその違和感を無視できなかったってだけで」
「なるほどね……しかし私だと知ってたのなら、どうして登録を認めたんだい?」
「ギルドは来るもの拒まずですから。犯罪者でなければ皇子だろうと受け入れるってだけですよ」
「私のことに気づいていたのであれば話は早い。実は、ギルドに調べてほしいことが――」
アルフが改めてギルドに依頼をしようとする。けど、ニコラはスッと手を前に出した。
「残念ながら、依頼は断らせてもらいますよ」
そして表情が読めない薄ら笑いを浮かべて、ハッキリそう告げた。
私としては予想どおり。だけどアルフはそもそも依頼の話をする前にこうもハッキリと断られるとは思ってなかったみたい。それでもすぐに太ももに肘をつき、手で口元を隠して態度を取り繕った。ホント、こういう動揺を押し隠すの上手いよね。
「……それは、私が『アルフレッド・ヴァレアン』だからかな?」
「そうです」ニコラは即答した。「『フレッド』ではなく殿下としてのお話であれば、少なからず帝国の依頼としての性質を帯びてきます。当組織の一員として活躍してくださってる殿下であればご存知でしょうが、ギルドは基本的に国とは関わらない方針です。国家からは干渉を受けず、時と場合によっては国と敵対することも厭いません」
「そこは承知している。だが敵対することもあるように、協働することだってあるはずだ」
「それはあくまで非常事態のみです。自然災害や、先日のような魔獣の急な襲撃などケースは限られます」
ニコラが側で控えてたエルヴィラに目配せすると、彼女は静かにドアを開けた。
「どうぞ、お帰りください。今なら私は何も聞いていませんし、殿下もここには来られなかった。そういうことにできます」
「そう言わないでくれ。私は今まで『フレッド』としてギルドにもかなり貢献してきたつもりだ。せめて話だけでも――」
「分かっています」ニコラが頭を振った。「個人的には協力してあげたいと思っています。ですが、私はギルドの支部長です。ご理解ください」
ニコラが立ち上がってアルフを促す。
取り付く島もないってぇのはこういうことを言うんだろうね。アルフはなんとかギルドを動かす打開策を自分でひねり出そうと考え込んでるけど、そもそもの言い出しっぺは私。ここは私が取り付くための島を作ろうじゃない。
「ニコラ、傭兵ギルドが設立された目的って知ってる?」
「これまた藪から棒だね。もちろん知ってるさ。国の手が届かないところにいる、戦う術を持たない人々を魔獣や盗賊などから守るために設立された組織。それが傭兵ギルドだ。
ただ戦って守るだけじゃない。困窮している人たちに手を差し伸べ、生活を守る『弱者の救済』。それこそが目的であり、理念。同時に、普通の仕事に向かない粗忽者に『戦う』という仕事を与える受け皿の役割もある。そのために『傭兵』と名はついてるけど、いろいろと手広く事業をやってるよ」
うん、そうだね。ニコラの言うとおり、傭兵への仕事仲介・斡旋だけでなくて炊き出しとか、魔獣素材の加工方法の教育とかいろいろやってる。それもすべて、国に頼らない魔獣への対処と、弱き人を助けるっていうレオンハルトの想いから来てるものだ。
だけど――それだけだっけ?
「……他に何かあったかな?」
「とぼけなくてもいいよ。もう一つ、重要な目的があるでしょ? ――魔王の誕生を阻止するってやつが」
私が指摘するとニコラの表情が固まった。けど、すぐに大きくため息をついてすっかり冷めた甘いコーヒーに口をつけた。一方でアルフやエルヴィラの顔には明らかに疑問符が浮かんでる。そりゃそうだ。こんなこと、いちギルド員が知ってるはずがないからね。
「魔王の誕生? その阻止が傭兵ギルドの目的?」
うん、そ。そっちが本当の目的で、他のはまぁ……どっちかって言うと建前だね。
カチッとカップが音を立てた。どうやらニコラも落ち着きを取り戻せたみたいだね。
「……リナルタ、君には驚かされてばかりだ。ポーターでありながら正規の傭兵を遥かに凌駕する力を持ってるし、そのうえ支部長以上しか知り得ない、真の目的を知っている……いったい何者かな?」
「私のことはどうだっていいよ。言いたいのは、ニコラはそれを忘れちゃったのかってこと」
「散々支部長になる時に教育されたからね。そう簡単に忘れられないさ。つまり、だ、リナルタ。殿下の相談内容は、魔王が誕生する可能性を示唆している。そう言いたいんだね?」
アルフが隣で「え? そうなの?」みたいな顔してるけど、無視してニコラにうなずく。
「はぁ……これが他の人間なら与太話だってお帰りいただくんだけど、他ならぬリナルタが言うのなら無視するわけにはいかないね」
「なら話を聞いてくれるってことでオーケーだよね? ンなら、アルフ。よろしく」
「あ、ああ……なんだか私自身も腑に落ちてないんだけど」
後で詳しく説明してもらうぞ、と視線で私に伝えつつアルフはニコラに、これまで私たちが調べた内容を伝えていく。
時々私からも補足を加えながら、下級貴族たちが官僚と結託して脱税と横領をしていること、一方で上級貴族たちは奇妙なまでに清廉で違和感を拭いきれないこと、そして自分たちではこれ以上の調査が困難なためにギルドの協力を請いたいことを包み隠さず話した。
「そういうことですか。お話を聞く限りですと確かに奇妙に聞こえますね。ですが……」
「普通に上級貴族も悪さしてんじゃねーか、たぁ思うが、魔王の誕生とどう関わりがあんのか見えねーな」
ニコラとエルヴィラから疑惑の目を向けられて、アルフが困った顔で私を見上げてきた。うん、ここからは任せてもらって大丈夫だよ。
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