14-1 行こうか――傭兵ギルドに
皇都に魔獣が襲撃してから一週間が経った。
兵士さんと傭兵たちのおかげで街への被害はほぼ皆無。警報が解除された後は皇都もまたいつもの日常に戻っていった。お遣いの時に眺めてみると、街は一見賑やかで、以前と変わらない日常を過ごしてる様子ではある。
だけどすべてが元通りかと言うとそういうわけでもなくって。
「街の中は本当に大丈夫なんだろうな!」
「俺たちから高い税金取ってんだ! いざって時はちゃんと守ってくれるんだろうな!?」
お城に戻ってくると、門のところに結構な人集りができてた。どうやらこの間の不安をぶつけてるみたいで、門兵さんたちが解散させようとしてるけど中々苦労してるみたい。
まー街の人からすれば怖いよね。実際、戦い自体は結構ギリギリだったし、あの巨大魔獣の姿と壊れた外壁を目撃したら不安が膨らむのもしょうがない。皇族や貴族に対する日々の不満も溜まってるだろうし。
街の人と兵士さんたちの押し問答を横目に見ながら私は裏口から城に入る。荷物を厨房の人たちに渡して、それからアルフの部屋に向かった。
「やぁ。待ってたよ」
部屋に入ると、窓から外の様子を眺めていたアルフが振り返って出迎えた。けどいつもみたいに馴れ馴れしく近づいて私に腹パン叩き込まれるなんてことはなくて、音声遮断魔術を唱えてからまた窓の外へ視線を向けた。
「彼らは何て主張してるんだい?」
「壁の中は大丈夫かー、安全なのかーってさ」
「あの巨大な姿を目撃した者もいるだろうしね。不安になるのも当然さ。なにせ陛下も似たようなものだからね」
「そうなの?」
「ああ。他の町で魔獣の被害が出てもなんとも思わないくせに、いざ自分のお膝元で危機が迫るとさすがに焦るらしいよ」小さくアルフがせせら笑った。「この間も大臣たちを呼びつけて、大声で怒鳴ってたよ。普段は部屋で飲んだくれて遊んでるだけのくせにね」
実の父親に向けた、皮肉をたっぷりトッピングした見事な酷評だね。
ま、気持ちは分かるよ。国を傾けてる張本人だし、その尻拭いをアルフがしようってんだから文句の一つどころか、文句の海に沈めてやっても全然許されて然るべきだとは思うね。
「それより、僕らとしてはちょっとまずいことになった」
ん? まずいこと? なんだろ?
「さっき僕も陛下に呼び出されて、余計なことをするな、と釘を刺されたよ。いよいよ僕らの動きがバレたんだろうね。たぶん貴族たちから働きかけがあったんだと思う」
あら、そうなんだ。ま、アルフが暗殺されかかった時点でそれは分かってはいたけどね。
あの襲撃以来、一緒に戦ったアルフの評価は兵士さんたちからの口コミなのか、街の人たちの間で急上昇中だ。腐った連中からしたらついに目の上のたんこぶになったっぽいね。
「陛下に働きかけたのも、僕を暗殺するのに失敗したからだろうね。あの時成功してたら魔獣のせいにしてしまえたけど、今となっては暗殺も難しいって判断だと思う」
「今殺したら、街の人にも暗殺って分かるだろうしね」
「溜まってる不満には貴族たちも敏感だからね。僕を殺したらそれが爆発しかねないって思ったのかも。いやぁ、つくづく体を張って戦って良かったよ」
おどけては見せてるものの、アルフも内心では結構穏やかではないはず。暗殺の危険性がひとまず遠ざかったのは良かったけど、動きにくくなるのは明白だし。
「貴族たちからお目付け役もつけられることになっちゃったよ。だから、城内で君に愛をささやくことも難しくなりそうだ」
「お? マジで? それは朗報じゃん」
「その反応はひどくない?」
冗談だって。だからそんなマジで肩落とさなくてもいいじゃない。いや、他の下女たちから根掘り葉掘りアルフとのことを聞かれなくなるのは本当に朗報ではあるけどさ。
「……まぁそんなわけでさ。ほとぼりが冷めるまでは城内で動くのは難しそうだ。たぶん君にも監視がつくかもしれない」
「そりゃ面倒な話だね。でもさ、そこまでデメリットはないと思うよ?」
情報収集しづらくなるのは確かだけどさ、正直もう城にいて調べられることってあんま無いと思うんだよね。不正の証拠は散々調べ尽くして一通り手に入れたし、後は相手の親玉が誰かって事と、その決定的な証拠を手に入れて言い逃れできないタイミングで公表してやればいいわけで。ま、それが一番難しいんだけどさ。
んで、その決定的な証拠はどうせ城や私たちの手の届くところで見つかることはないと思う。向こうもいっそう力を入れて露見しないようにしてるだろうし、正直もう素人である私たちの手には余るってわけで。
「それはそうかもだけど……つまりリナルタはもう手詰まりだと思ってるのかい?」
「いやいや、そうじゃないよ」
餅は餅屋にってね。何も、自分たちだけで全部やる必要はないってことだよ。ハードルは高いけど、彼らを動かすに足る材料は十分に揃ってる。あとは、伝え方次第だね。
「ってなわけで行こうか――傭兵ギルドに」
みんなが寝静まってすっかり暗くなった深夜。私と「フレッド」になったアルフはこっそりと皇城を抜け出した。
幸いにして今晩は雨。足音を隠すにはもってこいだし、まだアルフの言う「お目付け役」も来てない。念の為、アルフがいるテイでジェフリー様に部屋で待機してもらってるから、夜中にお忍びで外出したのはたぶんバレてないはず。
「こんちゃーす」
ギルドに入ると夜更けなので窓口もほとんど人がいない。けど、今日は運が良かった。
誰も並んでないカウンターに足を乗せ、タバコをプカプカ吹かせてる態度の悪い受付に迷うことなく向かうと、あっちも私に気づいてため息混じりに出迎えてくれた。
「やっほー、エルヴィラ。今日も夜勤?」
「ああ。そういうテメェらはこんな時間にご同伴か? しっぽりしてぇなら宿に行きな」
「あはは、ゾッとする冗談だね」
なんか後ろでアルフが若干ショック受けてる気がするけど、それを無視して。
「ニコラ、いる? いるならちょっち呼んでほしいんだけど」
「今何時だと思ってんだ? アイツならいつもどおり激甘コーヒー飲んで寝んねしてるよ。また明日出直しな」
「非常識な時間だってのは分かってるけど、こっちにも都合があってさ」
エルヴィラの耳元である言葉をささやく。すると彼女は近年稀に見る盛大なため息をして「くそっ、めんどくせーな!」なんて悪態をつきながら、二階へ上がっていった。
「何を言ったんだい?」
「極一部しか知らされてないんだけど、傭兵ギルドには暗語があってさ」
私が言ったのは、「人前で言えない重大な話がある」って暗語。これを使うと最低でも話は聞かなきゃならない。何度もは無理だけど、せっかくだから使わせてもらったってわけ。
「良いのかい? そんな重要な権利を使って」
「別に良いよ。重大な話なのは事実でしょ?」
「おい、テメーら」エルヴィラが階段の踊り場から呼んだ。「いいぜ、上がってこい」
エルヴィラについてって、一番奥の部屋に着くなり彼女は「ダンダン!」とドアを思いっきし叩いて押し開けた。
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