2-2 いえ、知らないクソジジィですね
また変な連中に絡まれたら、せっかく私が横槍入れた意味もなくなっちゃう。てなわけで、エイダのありがたいご助言を守ってお坊っちゃんをお家まで送ることにした。
ちゃーんと身分はわきまえて少し後ろを歩いてたけど、あんなことがあったわけで坊っちゃんもまだ緊張してるご様子。なので本来はご法度だけど私から話しかけた。
「高貴なお身分な方とお見受けしますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「え、う、うん。大丈夫です」
話しかけられた瞬間、小動物並みにビクッと大きく震えたけど、坊っちゃんは被っていたフードを外して私の方に向き直った。
黒髪のおかっぱが顕わになって、おどおどした様子でクリっとした目で見上げてくる。無意識なんだろうけど、なんとも庇護欲をそそる仕草だね。将来が末恐ろしい。
「ぼくはアシルって言います。あ、あの、さっきは助けてくれてありがとうございました」
「いえ、大人として子どもをお守りするのは当然ですので。申し遅れました。私はリナルタと申します。ところでアシル様は、どうしてこんな夜中に街へ?」
尋ねるとアシルくんは口ごもった。言いたくなかったら別に良いんだよ?
「いえ、そんな大した話でもないので大丈夫です。実は、その……ちょっと眠れなくて」
「怖い夢でも?」
「夢だったらいいんですけどね」
気恥ずかしそうに笑ったアシルくんの目尻を見ると、少し赤くなっていた。
「ウチは魔術師の家系なんですけど……」アシルくんが逡巡してから話し始めた。「ぼくは簡単な魔術さえうまく使えないんです。だからいつも父上には怒られてばかりで……自分なりに頑張ってるつもりなんですけど」
アシルくんは悲しそうに笑った。見れば、フードの首元にアザがあった。まだ十歳かそこらだっていうのにもう厳しい魔術の練習をしてるのか。お貴族様は大変だね。
「今日も怒られてしまいまして。ベッドに入っても父上の怒ってる顔が浮かんでしまって……そんな時はこっそり屋敷を抜け出して夜の街を歩くんです。静かな夜空を眺めてると、気持ちが落ち着くから。
だけど……今日は失敗でした。うっかり路地に入ってしまって、お姉さんにもご迷惑をかけてしまいました」
「迷惑ではないです。悪いのは頭が足りないあの連中ですから」
「いえ。ぼくの要領が悪いのは事実ですから」
ずいぶんと内罰的なこと。ご貴族様の子息なんだから、もっとふんぞり返ってても良いのに。ま、えらそーな連中よりよっぽど好感が持てるけどね。見た目も可愛いし。
愛らしいアシルくんをなんとはなしに眺めていると、しきりに指輪に触っているのに気づいた。装飾は華美じゃないけど、意匠としてはずいぶんと凝っていて、あまり子どもには似つかわしくないように思えるけど……
「あ、これですか? 最近、父上に頂いたんです」
心底嬉しそうにアシルくんは微笑んだ。そりゃもう、こっちの顔もにやけるくらいに。
「本当に大切なものなんですね」
「はい! 『頑張ってるから』って、先日初めてくださったんですよ。ぼくにとっては宝物なんです。だから……さっき取られなくて本当に良かったです」
指輪のついた右薬指を大事そうに撫でる。私もそんな時あったっけ。クソ親父からもらったプレゼントを後生大事に飾ってたなぁ。最後は全部どっかに吹っ飛んでいったけど。
そんなほのぼのする会話をしてると、不届き者が割り込んできた。
「おぅ、珍しい格好の者がおると思ったら、やっぱりお主じゃったか。最近とんと顔も見せんから、わしゃ寂しかったぞい。このジジィ不幸もんが」
はぁ、この声は……ため息をつきながら宵闇の中を睨む。すると、そこから禿げ上がった頭に口周りを真っ白なヒゲで覆われたおじいさんがヌゥっと現れた。
「……お知り合いですか?」
「いえ、知らないクソジジィですね」
「カッカッカッ! つれないのぅ。昔は夜な夜な逢瀬を重ねておったというのに」
子どもの前で紛らわしい言い方するんじゃないよ、エロジジィが。
無言で軽く蹴りをお見舞いしてあげたんだけど、手に持ってた杖でサッと受け止められた。ちっ、歳の割に相変わらず元気だね。
「はぁ……紹介します。この汚いジジィはヤーノック。貧民街の顔役みたいなものです」
貧民街に流れ着いた子どもを見つけては真っ当なお金の稼ぎ方を教育したり、大人相手でも自立した生活ができるよう支援したりしてる。皇都の貧民街が他よりマシなのはこのおじいさんによるところが大きい。
おまけに口が上手いのか役人たちにも顔が利くし、揉め事も上手いこと取りなしたりもする。なもんで、貧民街のみんなに慕われてる存在だ。
んで、当然そんな事をするにも原資は必要。それはどこから出てきてるかって言うと。
「今日は何の用さ?」
「決まっとるじゃろう? 最近は流れ着く親なしの子が続いての」
そう言ってもじゃもじゃヒゲの下でニヤッと笑って指を擦り合わせた。
とまあ、こうして知り合いから金を無心しまくってるわけで。とはいえこのお爺さんが贅沢せず子どもたちを保護してるのは事実だしね。しゃーない。
てなわけで、たまたまポケットに入ってた銀貨数枚を渡したんだけど、ヤーノックはわざとらしく肩を落とした。
「なんじゃ、こんだけか。冷たいのぅ」
「こんな夜中に大金持ち歩いてるわけないっしょ。もらえるだけありがたいと思ってよ。だいたい子どもたちに稼ぎ方教えてるんなら、ヤーノックも自分で稼いだらいいじゃん」
「ありゃ若いからできる稼ぎ方じゃ。このジジィには同じ真似はできんよ」
このお爺さんなら別の稼ぎ方ができそうだけど。でも確かに無理させるのも悪いかもね。ある日ぽっくり逝っても不思議じゃない年齢だろうからさ。
「あ、でしたら」
私とジジィのやり取りを黙ってみてたアシルくんが、ローブのポケットから金貨を一枚取り出した。いや、いいよ。君も子どもなんだし。
「いえ、僕は恵まれてますし、さっきみたいな人に取り上げられるくらいなら、ヤーノックさんみたいな方に渡した方が有意義ですから」
しっかりしてるね。道すがら話した感じだとお父上は厳しい方みたいだけど、教育はキチッとしてるんだろうね。金をむしり取って贅沢ばっかしてる連中に聞かせてやりたいよ。
「はぁ……私もそのうちまたお金持ってきてあげる。お爺さんがちゃーんと子どもたちのお世話をしてくれてる限りね」
ホクホク顔で金貨を受け取るヤーノックにそう言ってあげる。すると小さく息を吐いた。
「安心せい」ヤーノックの目が小さく開いた。「ちゃんと考えておる。この街の連中が生きていく方法を、の」
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