12-3 アルフっていい声で鳴くね
「まったく、か弱い下女の私にずいぶんと信頼を置いてくれちゃってさ」
「面白い冗談だね。この世界で君の側ほど安全な場所なんてないのに」
「はいはい。ま、いいよ。アルフの期待にせいぜい応えてみせようじゃない」
んじゃ早速行くとしますかね……と、その前に。
「我思う、我願う――」と詠唱を口にして黒い剣を思い描く。すると次の瞬間、私の手に黒い鞘に入った剣が現れて、それをアルフに差し出した。
「はい、前にアルフに預かってもらってた剣」
「……いったい何処に隠し持ってたんだい?」
「それは内緒。前線に行くならいい武器が必要でしょ? これなら特に魔獣に対して効果があるから使ってよ」
「いいのかい?」
うん。どうせ私は基本的に武器を使わないし、思い出の剣でも使わなきゃ単なる置物。武器なんて使ってなんぼだからせいぜい活用してよ。あ、でもあくまで貸すだけだからね?
「ありがとう。使わせてもらうよ。よし! それじゃ急ごう!」
アルフが剣を腰に差して颯爽と階段へと向かったけどそれを呼び止める。アルフさんや、どこに行くんだい?
「どこって……魔獣のところに決まってるじゃないか」
なら行くのはそっちじゃないっしょ。そう言いながら私はアルフの背と膝の裏に手を当てて、それから「よっこいしょ」と抱え上げた。
「……あの、リナルタ? これはどういう状態かな?」
「いわゆるお姫様抱っこってやつだね」
一般的には女性が男性にしてもらう体勢だけど、ま、たまには男性が女性に、それも皇子が下女にされたって別に問題ないよね?
アルフを抱きかかえたまま私は塀の縁に飛び乗った。足元は絶壁。吹き下ろす風が私の背中を押して、私の首にしがみついたアルフが「ははは……」って乾いた笑いを上げた。
「え、えーっと、リナルタさん? ちょーっと下がった方が良いと僕は思うんだけど……」
「早く魔獣のとこ行きたいんでしょ? だったらこっちの方が早いに決まってんじゃん」
「こっちってどっち――いぃぃぃやああああああぁっっっっ!!??」
アルフの悲鳴を響かせ、私は一気に城の外へ自由落下していった。うん、やっぱアルフっていい声で鳴くね。
城の裏に着地すると、周りに生えた木の間を抜けてまたジャンプ。堀を飛び越えて民家の屋根に到達し、そこからは屋根の上を外壁に向かってひたすら直進する。
「ちょっ! リナ、ルタァっ! お、落ちるぅ……!」
「ったく、仮にもB級の傭兵だってのに情けないなぁ」
「そん、なこと言、ったってぇ……!」
「ほら、私にしがみついてないで、ちゃーんと見なさいってば――アンタが戦う相手を」
街並みの中で一際高い時計台を踏み台に、そのまま空高く跳躍した。
外壁よりもずっと高くから街の外を見下ろす。そこには、うじゃうじゃとした小型魔獣が、そして――ひときわ目立つ外壁と同じくらい巨大な黒い魔獣が暴れ回っていた。
「■■■ォォ■■ッッッ――!!」
ゴーレムを思わせるフォルムの影。それが腕を振り回して、周りで戦ってる人たちを薙ぎ払っていく。この巨体相手じゃあ並の兵士や傭兵だと相手にならないだろうね。
大きさに感嘆してると巨大な腕が外壁を砕いた。破片が兵士たちの悲鳴に混じって宙を舞っていく。なんて破壊力。これはいよいよまずいかもしれないね。
「皇都にあんなのが来るなんて……! 魔王が復活したって噂は本当だったのか……!?」
「アルフも噂を知ってたんだ?」
「伊達に『フレッド』として仕事はしてないさ! それより君はどう思う? 本当に魔王がこの大陸に現れたと思うかい?」
どうだろうね。新たな魔王が誕生したってことはないはずだけど。
「個人的には、貴族たちが魔獣を操って邪魔なアルフを消そうとしてる説を推したいな?」
「まさかの僕のせい!?」
「考えるのは後だ――ねッ!」
崩れた外壁の上に取り残された兵士さんの姿が目に入る。ゴーレムのすぐ近くで、結構ヤバげな距離。それを認めた瞬間、私はアルフを空高く放り投げた。
「のわぁぁぁぁぁっっっ!?」
同時に一気にダッシュ。壁を駆け上っていって、巨大な拳が直撃する直前に兵士さんを助け出す。ふう、危ない危ない。目の前でいちごジャムができるのは見たくないからね。
「大丈夫です?」
「あ、ああ……君は――」
「あ、ちょっと待ってて」
兵士さんの相手をする前に、落下してきたアルフをキャッチ。本当は優しく抱きかかえてあげるつもりだったけど、兵士さんを支えてたから片手でアルフの脚を捕まえる形になっちゃった。おかげでアルフの鼻先が床面と軽くキスしちゃったけど、だいじょぶじょぶ。
「リナルタァ……」
「ま、まさかこの方……殿下ですか……?」
「こんな扱い受けてるけど、そうだよぉ……」
「はいはい、苦情は後で聞くから」
兵士さんを観客におふざけが許される状況じゃないし。幸い巨大魔獣は私たちに興味はないらしく壁殴り作業に戻ったのでアルフを下ろすと、鼻から垂れる赤いのを拭った。
「状況を」
「は、はい! ほ、北方の街道より魔獣群が皇都に接近! 壁外にいた住人と来訪者たちを非常処置で街へ入れた後に門を緊急封鎖しました! 以降、駆けつけた傭兵ギルド員と共同で魔獣討伐に当たっております!」
「そうか。非戦闘員の人命を優先して街へ入れたこと、良くやった」
「こ、光栄です!」
おお、いかにも皇子様っぽい。とても私に抱っこされて悲鳴あげてた人とは思えないね。
「茶化さないでくれよ。それより――」
アルフと一緒に壁から身を乗り出して見下ろす。足元では大量の魔獣が街の中に入ろうとしてる。それを兵士さんと傭兵たちがなんとか食い止めてるって感じではあるけど――
「ダメだ、上手く連携できてない……!」
みんな必死にそれぞれ目の前の敵に対応するだけで、全体として統率した動きが取れてないのは明白。傭兵たちは、近くの兵士さんの状況なんてお構いなしに好き勝手斬り掛かってるだけだし、兵士さんたちは兵士さんたちで傭兵たちを守ろうって気は無くて、しかも盾兵や魔術兵の位置取りはムラだらけ。効果的に対処できてない。
「ま、当然だね。傭兵も兵士さんもお互い嫌いだし」
「なら――音声拡大魔術」
アルフが魔術を唱えて息を吸い込むと、割れんばかりの声が街の外に響き渡った。
「私は第三皇子のアルフレッド・ヴァレアンである! 戦いながら傾聴しろ! 右翼の帝国盾兵は前へ! 歩兵は隙間から魔獣を攻撃し、魔術兵は後方より援護を! 私情は捨てて傭兵たちも守るべき市民であると意識せよ! 傭兵たちは――」一息吸って左翼側へと叫んだ。「帝国より正式に緊急依頼を発注する! 兵士と連携して街への侵入を一匹たりとも許すな! 門を破られたら報酬はケチったうえで貴様らのケツの穴に鉄の棒をぶっ刺してやる! その代わり、見事撃退できた暁には相場以上の報酬を約束しよう!」
「おお、怖ぇ!」
「そりゃ俄然やる気が出てくるってもんよ!」
傭兵側から笑い声が上がった。さすがアルフも傭兵だね。連中の扱い方をよく心得てる。
その後もアルフが外壁上から次々に指示を出していくと、素人目にも分かるくらい兵士たちの動きが良くなっていった。さっきまで押し込まれてたのに、今は徐々に魔獣側を押し込んでいって人間側の方が優勢に傾いていってる。
やっぱなんだかんだ言っても皇族って肩書は有効だね。アルフに実権があるかなんて一般兵や傭兵には関係ないし、「皇族に見てもらえてる!」ってなったらそりゃ張り切るって。
「これなら何とかなりそうかな?」
「いや、まだ油断はできない――」
戦況を高みから見守ってたわけだけど、不意に黒い影が覆いかぶさってくる。見上げれば、必死に壁を壊し続けていた巨大魔獣が拳を振り上げて私たちを見下ろしていた。
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