12-2 見えてるものが真実だとは限らないよね
アシル様が倒れてから三日が経った。あれから連絡ないけど大丈夫かな? ま、一介の下女にいちいち連絡なくても不思議じゃないけど。今度、お見舞いに寄ってみよっかな?
そんな事を考えながら、私は今日もいつもどおり皇城でお仕事。ホウキを手にゴミを掃いてたんだけど……うん、また来たね。
「やあ、リナルタ。今日も相変わらず美しいね。どうだろう? 掃除なんか止めて、今すぐ僕の部屋で愛を囁かせて――ぎゃあああああぁぁっっ!?」
「だから勝手にお触りするんじゃないっての」
わざわざ気配を消して私を抱き寄せようとしたアルフの手をひねり上げ、背後に回り込んでホウキの柄をグリグリと肩甲骨あたりにねじ込んでやった。へぇ、いい声で鳴くじゃない。前々から思ってたけど、ひょっとしてアルフってこういう趣味があんの?
「……勘弁してくれ。ただでさえ最近みんなの僕を見る目が変なんだから」
「そこかしこで悲鳴上げてるもんね」
自業自得じゃんね。今度は言葉責めも加えてみようかな? ま、それはともかく。
「で、用件は何?」
「……ちょっと僕の部屋の掃除をお願いしたいです」
つまり、例の不正の件で話がしたいってことね。なら最初っからそう言えっての。
手早く掃除を終え、アルフと一緒に部屋に向かう。中に入ると、ジェフリー様が書類を手に私たちを出迎えてくれた。ドアに鍵を掛け、アルフがミュティアル(音声遮断魔術)を詠唱する。ドアの外の気配も探ってみるけど、近づく人はいない。問題無さそうだね。
「それで、人の仕事中にわざわざ呼び出したくらいだし、何かつかめたってことでいい?」
「ええ、こちらをご覧ください」
ジェフリー様が差し出してくれた書類をパラパラとめくる。どうやら不正してる貴族のお金の流れを追った結果っぽくて、いわゆる上流貴族の情報も多数含まれてるみたいだ。
「オールトン侯爵にお願いしてね、詳細なお金の流れの他、王都に居を構えてる伯爵家以上の貴族についても不正をしてないか調査してもらったんだが……」
「思っていたものと違う、と?」
アルフがうなずいた。私も改めて具に書類を読み込んでみる。
結論から言えば、記載のある上流貴族の多くも収入をごまかして税逃れをしていた。だけどその不正に得た資金の大部分は、国から課された民の税を減額するためだったり、新たな事業を起こす商会への補助だったり、治水とかの公共事業に使われてた。
「……妙ですね」
「そう、妙なんだ」
違和感を禁じ得ない。読んでいて気持ちの悪さを覚える。脱税した上流貴族の「全員」がその資金を「真っ当な」用途に使ってることに。まるで――作られたみたいだね。
「これは、オールトン侯爵が誤った情報をつかまされたってみるべきだろうか? それとも僕らの見識が間違っていて、我が国の上流貴族たちは全員民思いの素晴らしい人間たちだったと考えを改めるべきかな?」
んなわけないっしょ。人間なんてそもそもが欲深い存在で、数十人も貴族がいれば一人か二人は大っぴらにできないことに金を使うもんだ。だってのに「全員」が、罪を犯してまで集めた金を称賛されるようなことに使うなんてありえない。
(オールトン侯爵様は聡明なお方。ならこの調査結果の違和感に気づくはず)
なのに、どうしてそれを見逃してアルフに報告した? 魔術学院の理事だから、最近の入試のせいで多忙だった? あるいはアシル様が倒れたせいでそれどころじゃなかった?
それとも。
(どんなに善人ぶってたって化けの皮なんて一瞬で剥げるわ!)
この間のリズの言葉が頭を過った。ヤーノックのこともあるし、私たちが見えてるものが真実だとは限らないよね。人の心なんて、見ることできないんだから。
「リナルタさん? 何か気づいたことがありましたでしょうか?」
ジェフリー様がジッと私を見てた。どうやら意見を求めてるご様子。アルフも同じく。参ったね。いくら二人相手とはいえ、おいそれと口にできるもんじゃないんだけど。でもま、黙ってるわけにもいかないよね。
「気づいたってわけじゃないけど、別の可能性も考慮すべきかなって思って」
「別の可能性?」
「うん。っていうのは――」
私が自分の考えを口にしかけたその時、突然けたたましい警鐘が皇都中に鳴り響いた。
皇都では滅多に聞くことがない音色。私も結構久しぶりに聞く。どれくらいぶりだろ。
「これは……非常事態を意味する鳴らし方ですね」
しかも結構ヤバそうな鳴らし方。鳴らしてる人の焦りが伝わってくるような音色だ。
窓から外を覗き込んでたアルフがすぐに指示を出した。
「ジェフリーはすぐに状況確認を頼む! リナルタは僕と一緒に屋上に来てくれ!」
城の高いところから街の様子を確認してみるわけね、りょーかい。
部屋を出てジェフリー様と別れ、私たちは階段を駆け抜ける。屋上に出たとこで見張りの兵士さんに止められたけど、アルフは押し通って見張り塔のはしごを昇り始めた。傭兵としても活動してるだけあって、こういう時アルフって結構アグレッシブだね。
「――スコーピア」
アルフが遠視魔術を唱えた。いったい何種類魔術を使えるのさ。よっぽど優秀な魔術師でもせいぜい三、四種類くらいなのに。それでいて剣も使えるんだからたいしたもんだよ。
「放っておかれた第三皇子だからね。暇にあかせて色々手を出した結果だよ」
「そ。だとしても立派だと思うけど。それでどう? 何か見えた?」
「ちょっと待ってくれ……まずい」声に焦りが混じった。「大きな黒い影が見える。たぶん――魔獣だ」
うそ!? 壁の外にいる魔獣が見えるってことはかなりの大型で、上級魔獣の可能性が高いじゃん。そんなのが皇都にまで来たってこと? 相当な異常事態だよ。
「しかも一体だけじゃない。離れたところにも小さい魔獣らしき姿も見えるな……」
「いよいよヤバいじゃん」
「今は見張りの兵士たちとギルドの傭兵たちが食い止めてくれてるみたいだが……ともかく、早く助太刀に行こう!」
アルフが見張り塔から飛び降りようとする。けどその手をつかんで引き止めた。ちょい待ちちょい待ち。勇んで行こうとしてるけど、アンタ自分の立場分かってる?
「ああ、もちろん」
「分かってるならなおさらタチが悪いっての。なに皇子様が前線に行こうとしてんのさ?」
アンタがそこらの兵士さんや傭兵より強いのは知ってるけど、戦いに出たら万が一だってフツーにあり得るんだからさ。その万が一が起こったら、誰がこの国を立て直すのよ?
「心配してくれてありがとう。でも、僕が行かなきゃならないんだ」
「どうしてよ?」
「僕が皇族だからだ」
アルフは振り返って街を見つめた。その眼差しは、まるで我が子を見るみたいだ。
「皇族だからこそ、この国の民を率先して守らなきゃならない。残念ながら父も兄もその責務を放棄してるけど、だからこそ僕だけでも責務を果たしたいんだ」
「アルフの気持ちは分かるけどさぁ……」
「それに、たとえ敵の真ん中でも僕は安全さ。だって――君が守ってくれるんだろう?」
私の方を振り返って、そしてアルフがそう言いながらいたずらっぽくウインクしてきやがった。この野郎、完全に私をアテにしてやがる。
だけど……まあ悪い気はしない。「アテにされて嬉しい」ってよりは「しゃーない、コイツに付き合ってやるか」ってな感じだけど。ま、どっちにしろこのままだと上級魔獣に街が蹂躙されちゃうし、そうなれば皇都の子どもたちも理不尽な目に遭いかねない。なんで私は元々行くつもりだったし、ならお望み通りアルフを片手間で守ってあげるとしますか。
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