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魔王の儀式 ~ギルドで副業してる皇城の下女ですが、突然第三皇子から告白されました。そして断りました~  作者: しんとうさとる
第2章 街の人たち

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11-2 世界は、変わらない





「正直さ……自分の目で見るまでは私も半信半疑だったんだよね」


 一歩一歩踏みしめながら、お爺さんに近づいていく。

 顔合わせる度に金を無心してくるくらいがめつい。だけど、このお爺さんが本当に貧民街のことを考えてたことも知ってる。飢えそうな家族がいれば街の人たちから食べ物を集め、行き場のない子どもたちにお金の稼ぎ方を授け、みんなで助け合って生きていけるよう尽力してくれた姿を私は知ってる。

 だから、信じてた。


「だってぇのにっ……!」

「リナルタっ!?」


 うなだれるジジィの胸ぐらをつかみ上げる。ジジィが苦しそうな顔を私から背けた。


「どうして!? あんだけ子どもを大切にしてたアンタが……どうしてこんなことをっ!?」

「しかたなかったんじゃ……」ジジィがうめいた。「なんもかんも物の値段は上がって、もはや最低限の暮らしをするのも苦しい。孤児は増え、仕事を教えてやっても今までのようには稼ぐこともできん。お目こぼしのために役人どもへ渡す金は増える一方。この街を守るためにはもう……もう、どうしようもなかったのじゃ」


 しかたない? しかたない、だって?


「ぐ、ぅ……!」

「止めるんだ、リナルタ! もうそれ以上は……!」


 売られるのが大人だったら私だって怒らない。いい大人なんだから自分でなんとかしろって話だ。けど子どもは違う。親を失った時点ですでに理不尽な運命にいて、だからこそさらなる理不尽から「大人」が守ってやらないといけないってぇのに――


「なんで子どもじゃなくて大人を守ろうとしてんのよ……!」

「ヤーノックさんっ!?」


 怒りでジジィの首をへし折ってしまいそうだったけど、深夜の騒ぎに驚いたのか、近所の家から飛び出した太めのおばさんが血相を変えて叫んだ。その声に、私も少しだけ冷静になれた。


「ぐ、ごほ、げほ……!」


 煮えたぎるマグマの様な思いを深く呼吸をしてなんとか抑える。ジジィを解放して冷たく見下ろし周りに目を遣れば、辺りの家から次々に住人たちが飛び出してきていた。


「大丈夫かい、ヤーノックさん……ちょっと! この人が何をしたっていうんですか!?」


 最初に飛び出してきたおばさんが近くにいた兵士に詰め寄ると、他の住人たちも追従してきた。けどアルフが丁寧にかつ冷静に説明した途端、一気にみんなうつむいてしまった。


(なんか……変な感じがする)


 全員目をそむけてしゃべらない。言葉を失うのも分かるけど、みんなよそよそしく押し黙って奇妙な沈黙が私たちの周りを支配していた。


「……なんてやろうだ、このジジィ!」


 だけど一人が急に怒りを露わにした。その瞬間、住人たちが一斉に怒声を上げ始めた。


「とんでもねぇ悪党だ!」

「悪魔だ! こいつは悪魔だ!」

「どこか信用ならないって思ってたんだよ、私は!」


 怨嗟がこだまし、それらすべてがジジィへと一気に向けられた。

 それは憎悪を煮詰めた悪意の刃だ。鋭利な刃が熱狂を伴ってジジィを切りつけていく。

 響く。轟いていく。殺せという叫びがジジィを貫いて私にも突き刺さる。どうしてか。

 答えは。


(ああ、そういうこと……)


 ジジィは目を見開いて悪意の熱狂に浸る住人たちを見つめていた。しわくちゃのまぶたがもっとしわくちゃに歪んで、ひげに覆われた口が不格好に歪んだ。その顔で私は悟った。

 だってその顔はかつての私がしたものと同じ――裏切られた人が浮かべる顔だったから。


「き、貴様ら、静かにしろ!」

「うるせぇ! 兵士ならさっさとあの極悪人を捕まえろよ!」

「みなさん、ちょっと、ちょっと落ち着いて……!」


 ――ああ、うるさい。


「黙れっての……!!」


 脚を思い切り地面に叩きつける。轟音が響き、それが収まると街から雑音が消えた。


「……ここにいる全員、ヤーノックがしていたことを知ってたよね?」


 そう告げた途端、住人たちがうろたえた。


「……リナルタ、それは本当、なのかい?」

「本人たちに聞いてみたらいいのではないですか、アルフレッド殿下? どうせコイツらに、皇子に面と向かって嘘をつく度胸なんてありません」

「……なら問おう。彼女が言ったことは本当かい?」


 誰もがアルフから目を逸らしてうつむいた。その態度にアルフも唇を噛んで顔を歪めた。


「孤児たちを売った金で飯を食わせてもらっておきながら、いざヤーノックが捕まると、さも知らなかったような顔をして平気で切り捨てる。あなたたちはいつだってそう……」


 拳を握りしめる。じゃないと、この怒りを当たり構わずぶちまけてしまいそうだから。


「弱者であることを盾に、他の弱者に理不尽な犠牲を強いる。そのくせ悪びれもしない」


 かつての記憶が私を焼く。私を裏切り生贄として差し出して、そしてかつて感謝を述べたその口で私に向かって――「死ね」と叫んでいた彼らの姿が蘇る。


「いつでも全部他人のせい。自分は悪くない。恩恵を受けている時は上辺だけ感謝して、一人では何もしないくせに自分より弱い存在が見つかればそいつを躊躇なく生贄に差し出して助かろうとする。逃げ出そうとすれば集団で寄って集って捕まえ、縛りつけ、責め立てる――恥を知れっっっ‼」


 私の叫びが夜の街に反響した。それが夜空に浮かぶ雲に吸い込まれる。

 ポツ、ポツと雨が落ち始めた。押し殺したヤーノックの嗚咽が、あっという間に雨音にかき消されていく。


「……殿下。ここをお願いします」


 この場所にこれ以上いたくない。アルフに後始末をお願いして立ち去ろうとする。

 すれ違いざまに視界の隅でアルフの腕が動いた。私に向かって伸びかけて、けど途中で向きを変えて所在なさげに雨粒を捕まえただけだった。


「ああ、分かったよ。ゆっくり、休んでくれ」

「……ありがとうございます」


 貧民街を去って大通りへ。降り出した雨に深夜という時間帯だ。すれ違う人はいない。

 大粒の雨に打たれて濡れ鼠になっていく。少し寒いけど、今はこのままでいたかった。


「誰かのために別の誰かを犠牲にしなきゃいけない時もある。それは分かるけどさぁ……」


 今日だって、そして、かつてのあの日でも。

 私だって犠牲になりたくなかった。反面、必要な犠牲だから、と受け入れることだってできたと思う。だけど結局は受け入れられなかった。

 私が犠牲になることを、もし心から悼んでくれる人がいたならば。私の犠牲に、涙を流して謝罪と感謝をする人を見つけられたのならば。

 その時は、私の犠牲だって無駄ではないんだって、私の犠牲は意味のあるものなんだって思えたのに。少しだけでも、報われたのに。ヤーノックだって、切り捨てられることに未練はなかっただろうに。


「……どれだけ経っても、世界は変わらないんだね」


 空を向き、ずいぶんとひどいものになってるだろう顔を差し出す。

 あふれ出たものを、洗い流すように。






お読み頂き、誠にありがとうございました!

これにて第2部も完結。次がいよいよラスト第3部になります。

どうぞ最後までお付き合い頂けますと幸甚です<(_ _)>


本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらぜひブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!

何卒宜しくお願い致します<(_ _)>

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