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魔王の儀式 ~ギルドで副業してる皇城の下女ですが、突然第三皇子から告白されました。そして断りました~  作者: しんとうさとる
第2章 街の人たち

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11-1 やっぱ犯人はアンタだったんだね





 彼の住まう貧民街の夜は早い。

 生活にまったく余裕がない住民たちは早くに床につき、治安が悪いとされている貧民街に日が暮れた後で一般区の住民たちが足を踏み入れることはない。

 他の貧民街であれば飢えを紛らわすために寝静まった夜中に活動する者も多いが、皇都では最低限の食事は取れる。だからトラブルになりやすいゴミ漁りをする者はほとんどいなかった。

 他とは異なる特性を持つ皇都の貧民街。その立役者とも言えるヤーノックは、あばら屋の中で一人本を読んでいた。

 暖炉の火が禿頭に照らされ、白く長いヒゲを撫でながらくたびれたページを静かに捲る。やがて日付が変わろうか、という頃、暖炉の薪がパチリと弾けた。


「……来たか」


 扉が控えめにノックされ、ヤーノックは本を閉じた。立ち上がって仮面の魔導具をつける。すると、同じ老齢ながらまったくの別人へと変化した。

 ギィ、ときしむ玄関を開ける。そこには黒いフードの男が立っていた。


「商品を受け取りに来た」

「分かった。まぁ入んなさい」


 男を中に迎え入れたヤーノックは暖炉に近づいていった。古びて今にも崩れ落ちそうに見えるそれの横壁を撫でていき、指先で触れた僅かな出っ張りを押し込む。

 次の瞬間、暖炉の火がフッとかき消えて下で魔法陣が光り輝いた。振動が重低音となって響きながら暖炉の床がスライドしていく。そうして現れたのは――地下への階段だった。


「こっちだ」


 ヤーノックはランタンを手に階段を降りていき、フードの男も後に続く。

 足音と、天井から滴る水音が交互に響く。ヤーノックも男も一言も言葉を発せず歩き続け、やがてその脚が止まった。

 そこは小さな牢屋だった。袋小路の通路を閉じ込めるように鉄格子だけが設置され、そしてその中では――子どもが二人、横たわっていた。


「ちゃんと生きているんだろうな?」

「案ずるでない。薬で眠らせてるだけじゃ。暴れてケガをされると困るからの」


 鍵を差し込み、鉄格子が悲鳴を上げて開く。男は十歳ほどの子ども二人を肩に担ぎ、ヤーノックの先導で暗い地下通路を進んでいった。

 行きとは違う道を進む。右に曲がる。左を進む。広い道を渡る。狭い道を縫っていく。方向感覚は失われ、やがて実は子どもではなく自分こそがどこかに売られてしまうのではないか。そんな猜疑心が首をもたげ、男のこめかみに冷や汗が流れていく。


「着いたぞ」


 やがてヤーノックが天井を指し示した。男も見上げるが何もない。怪訝に眉をひそめる彼を他所にヤーノックが壁に手を当てると、魔法陣が輝いて天井に穴が生まれていった。

 梯子を登って外に出ると、そこは皇都の外に広がる林の中だった。振り返れば、曇天の下に街を取り囲む巨大な壁が垣間見える。男は大きく息を吸って吐き出し、自分が上手く呼吸できていなかったことに気づいた。


「まさか皇都の地下にこんな通路があったとはな」

「帝国がこの地に都を定めるより以前、かつての王の脱出通路といったところかのう」

「なるほどな。何にせよ、こうして安全に皇都を脱出できるわけだからありがたいものだ」


 ではな。男は大量の金貨の入った袋を渡し、ヤーノックと別れて林の奥へと向かっていく。ヤーノックも一度あごひげを撫でてため息をつき、地下通路へと戻ろうとした。

 その時、悲鳴が響いた。

 ヤーノックが振り返る。すると、自分のすぐ脇を何かが猛烈な勢いで通り過ぎていった。

 それが何か。恐る恐る近づき、飛んでいったものを確かめた。

 そこに転がっていたのは、先程別れたばかりの男だった。木に激突し、頬を変形するほどに腫らして動かない。そして彼の肩に担がれていた子どもたちは、そこにはなかった。

 何が起きたのか。理解の追いつかないまま、ヤーノックは背筋の凍る声を聞いた。


「やっぱ犯人はアンタだったんだね」


 ランタンに照らされたリナルタが、ヤーノックを昏い瞳で見つめていた。いつもどおりの下女服とカチューシャ。だが声にいつもの抑揚はない。


「子どもたちは回収させてもらったよ」

「貴重な証人ですからね。高値で売買した『商品』を、見過ごすわけにはいきません」


 子どもたちを抱えたジェフリーが兵士とともにリナルタの後ろに現れる。ここに至って、ヤーノックはすべてが露見したのだと悟った。


「この子たちは無事で何よりなんだけどさ、ヤーノック」

「や、ヤーノック……? 誰かのそれは? か、勘違いしとらんか?」

「とぼけても無駄だよ。その顔を変える魔導具、私にはあんま効かないんだ」

「っ……」

「アンタには聞かなきゃならないことがいっぱいあってさ――一緒に来てくれるよね?」


 リナルタの細めた目で射抜かれる。彼女から伝わる昏い怒り。それに飲み込まれ、全身を八つ裂きにされる未来をヤーノックは幻視した。

 気づけば彼は階段を駆け下りていた。


(死ぬ……!)


 すでに相当に年老いた。十分に生きた。ただ死ぬという、それだけなら恐ろしくもない。


(じゃがワシには、まだ為すべきことがある……!)


 貧民街の皆を見捨てて死ぬわけにはいかない。彼らが生きるにはまだ自分が必要だ。だから身を隠し、生き延びねば。一時とはいえいなくなれば彼らは怒るだろうが、理由を話せば受け入れてくれるはず。

 老齢とは思えないほどに機敏な動きで複雑な地下通路を駆け抜けていく。頭にあるマップを全力で駆使しながら、敢えて遠回りをしてやがて彼は自分の家へと戻った。

 暖炉から這い出てスイッチを叩く。途端に暖炉が階段ごと崩れて、瓦礫の山と化した。


「今のうちじゃ……!」


 本棚を引き倒して常備している逃走用の資金と最低限の荷物を奥から取り出す。外套をまとい、フードを手早く被って家から飛び出し――


「無駄だよ。逃げ場はどこにもない」


 しかし彼の家はすでに取り囲まれていた。十数人の兵士たちが槍を構え、奥からは武装したアルフレッドが進み出て剣を引き抜いた。

 もはやこれまで、か。ヤーノックが無念そうに空を仰いだその時。

 背後から、轟音が響いた。


「……」


 ガランガラン、と砕けた扉が地面を滑る。ヤーノックがギョッとして扉を、それから自身の家を震えながら振り返った。

 そこには、土埃とススで白いエプロンを汚したリナルタが仁王立ちしていた。






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