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魔王の儀式 ~ギルドで副業してる皇城の下女ですが、突然第三皇子から告白されました。そして断りました~  作者: しんとうさとる
第2章 街の人たち

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10-3 化けの皮なんて一瞬で剥げるわ




「何よ! 何か言いたいことがあるの!?」

「はい。皇帝も貴族も、平民がいてこその存在です。前者は高貴とされている存在ではありますが、平民もまた必要です。蔑んではならないかと思いますよ」

「そんなの……しょせん綺麗事じゃない」


 その綺麗事を忘れた結果が今の世の中なんだよね。やっぱ忘れちゃダメだと思う。

 しかしリズベット様も、身分の上では今も平民なんだけどね。何があったんだろ?


「そこまで平民を毛嫌いするのはどうしてです?」

「……アンタには関係ないわ」

「散々嫌いだと罵ったんですから、それくらい教えて下さってもいいと思うのですが?」


 リズベット様が唇を噛み締めながら目を逸らした。


「教えて頂ければ、リズベット様の望みどおり媚びてひれ伏しましょう」

「……そんなの別にしなくていいわよ」


 どうせアンタなら平気でやるんでしょ。そう言いながらため息をもらした。


「でも……いいわ、教えてあげる。どうして私がアンタを、そして平民を嫌ってるか」


 ついてきて。そう言うとリズベット様は踵を返して私を中庭へと連れ出した。

 ガゼポへたどり着くと、下女に準備させたお茶を口に運ぶ。その仕草は優雅で、とても平民出身とは思えない。ミリアン殿下の寵愛を一方的に享受してるだけだと思ってたけど、リズベット様自身も相当努力したんだろうね。


「私はね、孤児だったの」


 中庭で働く庭師たちの姿を眺めながら、リズベット様がとつとつと語り始めた。


「私がいた町の領主は権力を笠に威張り散らすロクデナシでさ。平民を奴隷か何かだと思ってたわ」


 そんな町じゃ当然みんな生活は苦しくて余裕はない。だから大人たちにとって孤児であるリズベット様は、不満をぶつけ搾取するには格好の的だった。

 稼いだお金は無理やり巻き上げられ、いい仕事があるからと騙されて体を売らされる。日々のストレスを吐き出すように暴力は日常茶飯事。かろうじて雨を防げるようなボロ家に押し込められて、寒さと痛みと、そして寂しさに耐えながら彼女は生き抜いてきた。

 ただ一つ、強い思いを抱いて。


「私は成り上がりたかった。自分を踏みにじってきた大人たちをひざまずかせ、踏みつけてやりたかった。孤児だからと馬鹿にしてきた連中を次は私が馬鹿にしてやりたかった」


 そのために何でもした、とリズベット様はいつもとは違う、哀愁を漂わせて語った。

 自分の容姿が優れていることは自覚していた。見様見真似で仕草も磨いて、それらを武器に時に町の有力者に、時に領主に徹底的に媚を売り、偽りの愛を示して生き抜いた。気に入られ、捨てられ、それを繰り返して町から町を渡り歩く。自分だけを信じて。

 そして皇都に流れ着いた。


「皇都は貴族が多いし、取り入って皇城の仕事を紹介してもらうのは簡単だったわ」


 皇城で働けば衣食住には困らないし、何より皇族がいる。皇族に気に入られ、愛人でもなれれば、もう誰にも自分を踏みにじられない。逆に自分が踏みにじる立場になれる。

 だけど、粗相は許されない。失敗すれば簡単に放逐されるし、命さえ軽い。だからリズベット様は懸命に働き、そして成し遂げた。ミリアン殿下に見初められ、もう誰も自分を支配できないところへと上り詰めた。たった一人、自身を最大限活用することで。


「だからリナルタ……私はアンタが嫌い。下っ端下女のくせに、相手が誰であっても媚びないしへつらわない。踏みにじってやろうと思っても平気な顔して立ち上がってくる。何をしてやっても自分を見失わない」

「……リズベット様は、ただの一人も信用できない環境で生きてきたのですね」

「ええ、そう。信じれるのは自分とお金だけ。それだけは裏切らない」


 確かにリズベット様の言葉は真実だ。強い意志さえあれば自分は自分を裏切らない。裏切るのはいつだって人。それを私もまたよく知ってる。けれど私はまだ人を信じたい。そこがリズベット様との大きな違いで、だからこそ彼女とは決定的に交わらないんだろうね。

 それでも、彼女には伝えておきたい。


「決してリズベット様を裏切らない人は、います」


 かつての私にレオンハルトがいたように。数はきっと少ないだろうと思う。生涯に何人そういう人に出会えるかは分からない。けれど確かに、そういう人はいる。


「まだ出会っていないだけで、あるいはリズベット様が気づいていないだけで、どん底にいても、頂点にいても変わらず寄り添ってくれる人はきっといますよ」

「どうだか」リズベット様は鼻で笑った。「そう思った人が昔いたわ。まだ『普通』に生きてた時よ。町中から頼られてる、とても善良に見える人だった。優しくて、私が殴られてると必ずどこからか飛んできて助けてくれ、飢えてる時はそっと食べ物を差し出してくれる、そんな人だったの。私は……心から信頼していたわ」


 リズベット様は遠い目をしながらため息を漏らし、だけど、と続けた。


「ある年、その地方で飢饉が起きたの。記録的な不作で町の食糧はどんどん減っていって、いよいよ領主様に嘆願に行かなきゃってなったの。そうしたら、下衆な領主は条件付きで支援してやると言った。それを聞いてその善良な人は何をしたと思う?」


 悲しそうな顔でリズベット様に問われて、私はすぐに悟った。追い詰められた時、人は安易な方法をすぐに選ぶから。


「私を売ろうとしたのよ。領主は、まだ成人してない女の子を買い集めては玩具にしてたの。そしてその人は飛びついた。彼は街のみんなに説明してた。『孤児だからいなくなっても構わないだろう』、『町のみんなを助けるためだ』って。平気な顔をして言うのよ? 悪びれもせずに、呼吸をするように」


 リズベット様は鼻で嘲笑った。嘲笑ったのは私だろうか、それとも彼女自身だろうか。


「『町のみんな』の中に私は入ってなかった。普段、孤児である私の頭を撫でながら『みんな町の仲間だ!』って言ってた人間が、よ? 人間なんてしょせんそんなもの。権力と金を前にしたらどんなに善人ぶってたって化けの皮なんて一瞬で剥げるわ」


 返す言葉がなかった。人を信じる、なんて綺麗事を言うのは簡単だけどそんなのは自己満足に過ぎないし、こっぴどく裏切られた人間にそんな上辺の言葉は響かない。たくさんの人に裏切られて、それでもまだ人に絶望しきってない私は運が良かった。それだけだ。

 それでも願わざるを得ない。彼女に、私でいうレオンハルトみたいな人が現れることを。


(しっかし、さ……)


 どうしてそうも簡単に人を売るなんてできるんだろうね。曲がりなりにも孤児であるリズベット様に気をかけてたんなら、まったくの悪人ってわけでもなさそうなのに。それができてしまうのが、人という種の愚かさなんだろうけど。


(悪事に手を染めるのは、必ずしも悪人とは限らないってこ、と……?)


 考えながらフッと何かが頭の中を過った。


(調べる必要がねぇと思い込んでるところに情報が転がってんだ)


 昨日のエイダの言葉が蘇る。善人に見える人。私が疑ってない人。一見すると人を売買するなんて考えられなくって、だけどお金に余裕がない人――

 瞬間、私の心臓がつかまれた。そんな気がした。


「リズベット様」

「なに? 別にアンタの同情が欲しくて話したわけじゃないんだから。ただ、のほほんと生きてるアンタに――」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げると、私はお城に向かって走り出した。地団駄を踏んで怒ってるリズベット様を残して。ゴメン、リズ。どうしても急がなきゃいけないんだ。


「なんなのよ、もう! ……バカ」





 城内も急ぎ走り抜けていく。誰も見てない階段を一気に飛び越え、あっという間に四階にたどり着くとまっすぐに奥の部屋へ。

 ノックの返事も聞かず扉を押し開ければ、中にいたアルフとジェフリー様が目を丸くして私を見た。礼儀を欠いてるのは自覚してる。でもそんな事を気にしてられるほど、今の私に余裕は無いんだよね。


「アルフ、力を貸して。兵士を動かすことはできる?」

「近衛は無理だけど、軍の兵士なら多少はできると思う……もしかして、人身売買に関して何か情報が手に入ったのかい?」


 私は険しい表情でうなずいた。


「犯人が分かったかもしんない」






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