10-1 あんな顔、させるつもりじゃなかったのに
アルフとしては自分の無力さが悔しいんだろうと思う。けど皇族としては無力でも、アルフ個人ならできることは他にもある。
ってことでアルフに発破を掛けつつ私たちは憲兵隊に「個人として」捜索をお願いしたり、自前の脚で怪しいとこを探し回ったり、と、できることを見つけて動き始めた。
「ヤーノック、はい、これ」
んで孤児といえば、貧民街の顔役たるあのクソジジィである。正直なところ、協力してもらえれば結構情報を期待できるんじゃないかって思ってる。顔役だけあって役人とかにも顔効くし、皇都の貧民街については結構隅々まで把握してるからね。
「ホッホッホッ! いつもスマンのぅ」
挨拶がてらいつもどおりお金を差し出すとすぐホクホク顔になった。絶対「スマンのう」とは思ってないでしょ。まぁ私としては子どものために使ってくれりゃ文句ないよ。
追加でさらに金貨数枚を握らせながら、孤児が売買されてることをヤーノックにも伝える。するとシワだらけの目を丸くして驚いて、そして白いヒゲを撫でて小さくうなった。
どうやら孤児が何人か突然いなくなった、というのは把握してたらしい。だけど孤児が突然他の街に行くことも、厄介事に手を出して消される、なんてことも珍しくない。だから寂しくは思ってたものの、貧民街はそういうところ、とさほど気にしてなかったみたい。
それでも貧民街の子に手を出されたというのは顔役としても容認できないようで。
「なるほどのぅ……ふむ、そういうことならワシの方でも情報を集めてみるぞい」
と快く協力を向こうから申し出てきてくれた。良かった、ヤーノックが協力してくれるんなら、意外と早く人身売買に手を染めてる連中を一掃できそうだね。
――なんて思ってた自分を罵ってやりたい。そう思うくらい情報は集まらなかった。
「まさか二週間経っても何一つ情報がつかめないなんて……」
「ねー」
ミリアン様からまた押し付けられた書類を読みながら、アルフと私はそろってため息を吐いた。
人身売買お兄さんたちの取引相手の顔と名前は、侯爵様はもちろん憲兵隊やヤーノックにも渡したんだけどね。ま、どーせ偽名で、顔も魔導具で変えてるんだろうけどさ。
だけどそんな魔導具は、おいそれと手に入るもんじゃない。入手にはお金以上に運とツテが必要で、だから大物貴族様か、国を股にかける大商会が絡んでるかに限られるわけで。
ギルドのニコラとエルヴィラにも個人的な協力を取り付けもしたんだけど、いやはや、こうなると本当に人身売買が行われてるのかって、そこから疑いたくなるよ。
「でも、貧民街からまた子どもたちがいなくなったのは事実なんだろう?」
「まーね」
「できることをやってるんだ。なら、今は落ち着いて待つ時間だってことだよ」
分かってるけどさー。ジッとして何もしない、できないってのが性に合わないんだよね。
「だからって、僕の仕事まで手伝ってくれなくてもいいのに」
ジェフリー様も独自に色々と調べてくれてて、現在は皇都を離れてご不在。だから今晩は私がアルフと一緒に書類仕事をせっせとしてるってわけ。
「手伝えって言ったのはアルフじゃん」
「いや、それは冗談というか……」
アルフが冗談で言ったことくらい分かってる。でもどうせ夜は暇だし。アルフだってミリアン様が開いた夜会の楽しげな音楽聞きながら、ボッチで仕事とかつまんないでしょ?
「確かに。リナルタがいてくれるだけで、退屈な仕事も彩りとやる気であふれてくるよ」
「あー、はいはい。そういう歯が浮くセリフはいいから手を動かして」
ったく、ちょっと優しくするとすーぐ調子のいいセリフを吐くんだから。ま、冗談でもそう言われたら嬉しくないわけじゃないけどさ。
「ねぇ、リナルタ、一つ聞いてもいいかい?」
「なーに?」
「なんだってそこまで今回の事件に関わろうとするんだい?」
なんでって……そりゃ私がそーしたいからとしか言えないよ。
「あくまで僕の抱いた印象でしかないけど」アルフが書類から顔を上げた。「自分に実害が及びそうな場合以外は、君は面倒事に関わろうとする人間じゃないだろう? 協力してくれてるのも巻き込まれたうえに僕がお願いしたからであって、君の目の届かないところで誰が何をしてようと気にしないんじゃないかい?」
さすがアルフ。よく私のことを理解してんじゃん。
私の知らないとこで知らない人が知らない人に殺されようが、国民が飢えて死にそうになってようが心は痛まないし、勝手にやってくれって感じだね。もちろんそれが私に及ぶなら全力でぶっ飛ばすけど。
「否定しないよ。ぶっちゃけ、このままアルフが失脚して帝国が滅亡しても気にしないし」
「そこは気にしてほしいところなんだけど……まあ、君はそういう人間だ。にもかかわらず今回の件は、君らしくなく積極的に解決に動こうとしている。そこが気になってね」
「気まぐれだよ」
「気まぐれだとしても、だよ。僕は君のことが……」
アルフが口ごもった。ちょっと、私のことが、何さ?
「その……とても気に入っている。だから君がどういうところを気にして気まぐれを起こしたのか知りたいと思ったんだ」
「そう言われてもねぇ……ま、言うなれば性分ってやつかな?」
「性分?」
「そ。むかーしから理不尽が嫌いなんだ。特に子どもに降りかかる理不尽ってヤツがさ」
ずっとずっと昔の話。
毎日自分が当たり前にいい食事をして、きれいな服を着て、あったかいベッドで眠る。
そのすぐ側にはいつもお腹を空かせて、ボロボロの擦り切れた服を着て、冷たい路地裏の地面に寝ている同じくらいの歳の子がいて。
当たり前が当たり前じゃなくて。その存在を知った瞬間、当たり前を甘受していた自分が恥ずかしくなった。だから私は、自分が自由にできるお金と時間を彼らに費やした。
パンを買って渡し、使わなくなった服を集めて配り、雨風がしのげる建物を作ってあげて。途中でそれがしょせん自己満足の一時凌ぎに過ぎないと気づいたけど、それでも止めなかった。守られてしかるべき子どもたちがほんの僅かな時間だけでも笑顔になれるなら、世界が一方的に押し付けてきた理不尽を忘れられるなら、それでも良いと思った。
ま、かくいう私もそんな彼らに裏切られて理不尽な目に遭うわけだけどさ。でもその時の私の行いが間違ってるとは今でも思ってないし、やって良かったと思ってる。
「そんな事が……」
「もうずっと昔の話だよ。子どもの頃の話」
「そうかもしれないが……裏切られた、と言っていたけど、恨んではないのかい?」
「恨んでなくはない……かな? けどもう今さらの話だよ。それに、恨んでるからって今の子供たちには関係ないし」
むしろ自分が理不尽な目に遭ったからこそ、今、理不尽に襲われてる子どもたちに手を差し伸べてあげたいって気持ちがもっと強くなったと思う。
「私のやりたいことは変わってない。たとえ何があっても。だから性分ってこと」
「……そういうことだったんだね。その……嫌なことを思い出させてしまってすまない」
「いーのいーの。もう自分の中で消化しきった、つまんない話だったし」
「そんなことないさ。君のことがまた少し理解できて、もっと君のことが好きになったよ」
「はいはい、そりゃどーも」
「だけど」
ひょいっと私の手から書類が取り上げられた。見上げると、アルフが私にぎこちない微笑みを向けていた。
「今日はもう遅い。仕事は終わりにしよう。僕ももう休むことにするから、リナルタもゆっくり休んでくれ」
時計を見ればもう十時になろうかという時間だ。アルフがちゃちゃちゃっと自分と私の机の上を片付けていく。そしてまだ私がいるっていうのに、あろうことか服を脱ぎ始めた。ちょっとちょっと、何してんのさ。
「楽な服に着替えるに決まってるじゃないか。ひょっとして……僕の裸、見たいのかい?」
ばーか。そこらの初心な少女じゃないんだから、「きゃー」なんて言いながら指の隙間からチラ見、なんてするわけないじゃない。あ、でもちょっと見てみたいかも。どーせ減るもんじゃないし。じゅるり。やば、想像したらちょっとそそられてきたかも。
「……ごめん、僕が悪かったからやっぱり出てってくれるかい?」
「えー」
「えーじゃない。ほら、早く出る!」
しゃーないか。確かに仕える皇子様の裸体を鑑賞するのなんて下女の特権……じゃなくて下女に有るまじきことだからね。
「分かったよ、諦めまーす。んじゃ、おやすみー」
やれやれ、と肩をすくめる素振りをしながら部屋を出て、後ろ手で扉を閉めていく。
そしてパタン、と完全に扉が閉じる直前。
「あんな顔、させるつもりじゃなかったのにな……」
心底悔やむような声が聞こえてきて、私は昏い天井を仰いで深く息を吐きだした。
やっぱ、昔話なんてするもんじゃないね。
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