9-3 貴女に敬意と感謝を
「――んじゃ、シスター。ゴメンけどあの子たち、よろしくね」
「大丈夫ですよ。彼らも愛すべき私の子どもたちです。でも、リナルタさんもたまには会いに来てくださいね?」
微笑むシスターに手を振って私は孤児院を出ていった。
人身売買を生業とするお兄さんたちをボッコボコにしてやって、「魔法」で「仕入先」の記憶を覗いた後、私はユンゲルス男爵領の孤児院に向かった。深夜の突然の訪問にシスターもさすがに面くらってたけど、事情を聞くとすぐに子どもたちを受け入れてくれた。いや、ホントーにありがたい。
そして孤児院を後にした私は今、ボコボコの顔とボッキボキの手足になったお兄さん方を抱えてポータルへと向かってる。子どもたちは皇都から連れてこられたんだから、いずれお兄さんたちも皇都に送られるはず。なら、最初から皇都の憲兵さんに渡した方が早い。
「あれ? あれは……」
ようやく空が白みがかってきた時間なんだけど、ユンゲルス様の屋敷を通りがかると門が開く音がして、見れば一台の馬車が出ていこうとしていた。こんな時間に珍しいね。
ユンゲルス男爵様が乗ってるのかなと思ったけど、あの人は馬車より歩く方を好みそう。んじゃ誰だろう、と考えつつ頭を下げて待ってると、私の前を通り過ぎてすぐに馬車が止まった。そしてドアが開いて降りてきた人を見て、私は少し驚いた。
「おや、こんな早朝に誰かと思えば、アルフレッド殿下お付きの下女ではありませんか」
降りてきたのは、穏やかな笑みを湛えたオールトン侯爵だった。てか、勝手にアルフのお付きにしないでほしい。
「おや、違いましたか? いつ見ても側に控えているので、てっきりそうかと思ったのですが……まあいいでしょう。しかし、皇城仕えの下女である貴女がどうしてこんな時間にこんな場所に? それにその男たちは?」
こんな時間にこんな場所で、ってのは私が聞きたいところだけどそれはおいといて。
このお兄さんたちは人身売買が主力だけど、他にも表に出せないものを扱ってるかもしれないし、悪人同士の情報網でアルフが追ってる不正問題についても何か知ってる可能性がある。侯爵様とは協力体制になったらしいし、情報を共有しとくのも悪くないかな。
「実は――」
昨晩の出来事をかいつまんで侯爵様に伝える。もちろんキューブのことは言わずに。
「……なるほど、そういうことでしたか。ご苦労様でした。どうやらただの下女ではないようだ。殿下がいつも貴女を側に置いている理由が分かった気がします」
「とんでもありません。私は単なる下女です」
「謙遜は不要です。帝国に奉仕する一貴族として、貴女に敬意と感謝を表しましょう」
私の話を聞いていた侯爵様が、そう言うと突然頭を下げた。しょせん平民である私に向かって大貴族の侯爵様が、だ。えーっと、その、止めてほしいんですけど。ほら、従者や護衛の人もめっちゃ戸惑ってるじゃん!
「頭をお上げください。私なんかにはもったいないお言葉です。それよりもこの件をアルフレッド殿下にお伝えしたいと考えています。彼らの他にも人身売買に関わっている人間がいるようですし、実際、皇都でも突然行方不明になる人が増えてるようです」
「それが良いでしょうな。とはいえ、まだ早朝です。貴女も仕事があるのでは?」
そっか。時間感覚狂ってたけど、まだみんな寝てる時間か。アルフを叩き起こしてもいいけど下女の仕事はキチッとやんなきゃだし、伝えるのはお仕事が落ち着いてからだね。
「ならば、殿下のお支度が終わった頃に伺うのがよいでしょう。私もその頃に皇城へ向かうので、当事者である貴女から報告なさればよろしい。ああ、そちらの犯人たちは私の方で引き取ります。後で尋問させて情報を引き出しておきましょう」
お、それはありがたい。別に重くはないけど正直邪魔ではあったんだよね。
抱えてたお兄さんたちを侯爵様の部下に引き渡し、私は全力ダッシュでポータルに向かって飛び込む。下女たるもの、お仕事に遅刻するわけにはいかないからね!
皇城に裏口から飛び込むと、すでに他の下女たちが仕事を始めようとしてた。ギリギリセーフ! 間一髪間に合ったので、何食わぬ顔で仕事をこなしていく。なお途中で、
「ねぇねぇ、朝からどこに行ってたの?」
「もしかして殿下の……」
と、度々聞かれたけど今回に限っては本当に事実無根なので封殺した。
そんなこんなで大忙しの朝のお仕事を終え、日が完全に上った頃にようやくアルフの部屋へ向かうことができた。部屋の前に立つと、中から談笑する声が聞こえる。
ノックしてからドアを開ければ、オールトン侯爵様がすでにアルフの前に座ってた。
「ああ、お待ちしてましたよ」
「侯爵から、リナルタから重要な話があると聞いてワクワクしてたんだ。どう? ついに僕の愛を受け入れてくれる気になったのかい?」
同盟を結んだ侯爵様の前でもまだその設定引っ張るんかい。侯爵様の手前なので、とりあえず一発だけアルフの脇に拳をお見舞いしてやる。
「真面目な話です。それも『超』がつく」
「……どうやらふざけてる場合じゃ無さそうだね。いったい何があったんだい?」
アルフが居住まいを正した。最初から真面目にしてろっての。
心の中で悪態をつきながら、私は昨晩の出来事を詳細に説明していった。
最初は穏やかな表情だったアルフの顔が段々と険しくなっていく。憤りが眉間からにじみ出て、やがて頭を抱えて苦悩が現れて、最後は天井を仰いで深々とため息をついた。
侯爵様がいるからポーズの部分もあるかもしれないけど、アルフって結構感情が分かりやすいよね。将来それで足元をすくわれないといいんだけど。
「……なるほど、事情は分かった。まずはリナルタに、この国の第三皇子として感謝する。子どもたちを救ってくれてありがとう」
「私には過分な評価で恐縮です。ですけど、私が助けられたのはたまたま見つけたあの子たちだけ。まだ他に誘拐されて売り飛ばされた子どもたちがいるはずです」
売られてたのは孤児ばかりだから、表立って騒ぎになってないだけだと思うんだよね。たぶん、結構な子どもが理不尽な目に遭ってる。面倒に首を突っ込みたくはないけど、こればっかりは別。なんとか止めないといけない。
アルフも思いは同じようで、大きくうなずいて立ち上がった。
「子どもたちは国の礎だ。こんな目に遭っていいものじゃない。皇都の治安維持は内務省の管轄、今はグラーツ伯爵が担当大臣だったね? すぐに調査するよう――」
「お待ち下さい、殿下」けど侯爵様がアルフを制した。「そこの下女が申し上げたように、常習的に子どもたちの売買が行われているのでしょう。事態が発覚しなかったのは、人身売買グループが狡猾だったのもありますが、おそらくは貴族も絡んでいるからかと」
確かに。侯爵様やユンゲルス様とか一部の方々は別として、お貴族サマ連中は平民を人としてみなしてなかったりするし、奴らの売り先が貴族である可能性は大いにあるかも。
「内務卿を通して皇都の憲兵隊を動かすと事が大きくなります。そうなれば全容をつかむ前に雲隠れされてしまいかねません。結果、末端が切り捨てられるだけで、いずれまた同様の事が起こってしまいましょう」
「それももっともな話だ。しかし今、危険にさらされている子どもらも救わねばならない」
「存じております。なのでオールトン家の者に調査させましょう。我が家門は魔術に長けた家門。隠密魔術や諜報が得意な者もおりますので」
アルフには自由に動かせる部下がジェフリー様くらいしかいないからね。何事も適材適所。ここはありがたく侯爵様に任せちゃお。
「分かった。なら侯爵に任せる。子どもたちが安心して暮らせるよう、迅速な調査を頼む」
「御意に」
私に理解できるんだからアルフも当然そこは理解してる。鷹揚にうなずいて命令を下すと、侯爵様が恭しく頭を垂れてひざまずき、善は急げとばかりに颯爽と部屋を出ていく。
「……」
だけどアルフが少しだけ浮かべた悔しそうな顔が、私の目に焼き付いていた。
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