9-2 私の八つ当たりに付き合って
「あ? 何だてめぇは……?」
「あれあれぇ? 見てわからない?」
白いカチューシャに由緒正しい下女服。どっからどう見ても答えは一つじゃん。
「皇城の下女だよ」
「は! ふざけてんのか?」
「落ち着けって。んで? たかが皇城の下女様が俺たちに何の御用ですかな?」
「もしかして俺たちと遊んでくれんの?」
姿を見せたのが鎧も武器も持ってない「非力な」女性。だから安心したんだろうね。一瞬男たちが見せた警戒が薄れて、下卑てニヤけたクソムカつく顔を向けてきた。
けどそんなんにわざわざ反応して喜ばせたげる義理はないからさ。
無視して連中の目の前を横切っていくと、さすがは沸点が低い連中。「おい! 舐めてんじゃねぇぞ!」なんて頭の悪いセリフを吐きながら私に手を伸ばしてきた。まったく、ホント――うざい。
「がっ、あ……!?」
「後で遊んであげるから静かに待ってなさいっての」
男の手をはたき落として、代わりにその薄汚い顔面をつかんで高々と持ち上げる。このまま握りつぶしてやってもいいんだけど、まだちょっと早いからね。
気持ちを抑えて男を放り捨てると、私はしゃがみこんで少年に視線を合わせた。
「大丈夫? ごめんね、助けに出てくるのが遅くなって」
「あ、あの、お姉さんは……?」
「単なる通りすがりのお姉さん。今はそれで十分だよ」
ま、お姉さんって年齢でも無いけどさ。少年の頭を撫でてあげて、それから荷馬車のカーテンを押し開ける。するとそこには予想通り――子どもたちがいた。
乗ってたのは女の子が三人にぐったりと倒れてる男の子が一人。この子が少年の弟だろうね。いずれもまだ七~八歳くらいで、みんな手足にアザや擦り傷があって結構痩せてる。
とりあえず男の子の様子を見てみる。うん、詳しくは医者に見せないと分かんないけど、たぶん風邪だろうね。今すぐ薬を飲ませなきゃ命に関わるとか、そんなことは無さそう。
「よ、かったぁ……」
本当に心配だったんだろうね。私の隣で覗き込んでた少年が安心したように膝をついた。
「ね、君たちに質問。どっから来たか言える? あと、お父さんとかお母さんは?」
「……俺たちは全員皇都から連れてこられた孤児だ」少年が答えてくれた。「みんな父さんも母さんもいない。俺の親は去年病気で死んだ。この子は、親を目の前で殺されたらしい」
少年が指さした女の子は、ぼんやりと何も無い床を眺めてた。傷は一番深そうだけど、私にはこの後の人生に幸が多いことを祈ることしかできない。ごめんよ。
「ゴメンね。答えてくれてありがとう。一応聞いとくけど、あの連中と一緒に行きたい? それとも信頼できる大人のところで暮らしたい?」
「……飯が食えて殴られないならどこだっていい」
少年の回答に胸が痛んだ。その言葉でどんな生活してたか、簡単に想像できるね。
「オーケー。ならこんな荷馬車よりずっとマシなところに後で連れてってあげる。だからもうちょーっちだけここで静かに待っててくれるかな? すぐに終わらせるからさ」
「でも……」
「だいじょーぶだいじょーぶ。こう見えてもお姉さん強いからさ」
荷馬車のカーテンを閉める。これから先はちょーっと教育に悪いからね。
律儀に会話が終わるのを待ってくれてた悪党どもに向き直る。さてさて、私は君らと違って常識も理性も持ち合わせてるんで、殴る前にちゃんと確認くらいはしとこうか。
「念の為聞いとくけど、お兄さんたちは人身売買をしてるってことで間違いないかな?」
「『荷物』を見たんだろ? 分かりきったこと聞くんじゃね。安心しな。嬢ちゃんも商品としてちゃーんと高く売ってやるからよ」
「その前にちょっとだけ『味見』させてもらうけどな。ひゃはははは!」
ホント、ゲスだね。分かってたことだけど。
「皇都であの子たちを仕入れたらしいじゃん。みんなお兄さんたちが誘拐してきたの?」
「へっ、さあどうだろうな?」
「そ。ま、いいよ。どうせ後で教えてもらうからさ。それで、子どもを売り飛ばして心は痛まない?」
「はっはっは! 痛むくれぇならこんな商売やってねーっての」
「どうせこいつらは孤児なんだ。人のモン盗んで生きてくしか能がねぇ」
「つまり町の邪魔者ってわけだ。で、俺らはそれを『駆除』してやってる。感謝されこそすれ、咎められる理由はねぇなぁ?」
そう。期待どおりの答えをありがと。いやー、良かったよ。これで私も心置きなく――
「お兄さんたちをボコボコにしてあげられる」
「女が一人でちょーしこいてんじゃねぇぞっ!! 体で分からせて――んがっ!?」
スキンヘッドの強面お兄さんがヘラヘラ笑いながら拳を振り上げた。けどそののろまな拳が振り下ろされる前に、私の拳を「軽く」顎に叩き込んであげた。
高々と夜空に舞い上がるお兄さんの体。うーん、我ながらきれいな弧を描いて落ちたね。ほら、ボサッとしてないで君らも早くおいでよ。
「このアマっ……!」
「やっちまえ! ただし顔は傷つけんなよ! 価値が下がるからな!」
ナイフや剣を取り出しながらもこの期に及んで私の顔の心配してくれるなんて、ああ、なんて優しーんだろ。しっかり「お礼」はしてあげなきゃ下女の名が廃るってもんだよ。
「おらああぁぁぁっ!」
最初に顔をつかんであげたお兄さんが馬鹿正直に突っ込んでくる。ナイフを真っ直ぐ突き出してくるけど、ちょっと体を反らせて避けて腕をつかむ。
そしてそのまま力任せに捻じ曲げた。
「ぎゃああああああああっっっ!? お、俺の腕が――ぶべらっ!?」
肘が完全に明後日の方向に折れ曲がって泣き叫んだところで、顔面に拳を叩き込む。ひっくり返って背中で弾んだところにもう一発食らわせると完全に気を失った。
「ハジス……! 良くも仲間をっ!」
バンダナを巻いたリーダーぽいお兄さんが、実に商人らしくないロングソードを振りかぶってくる。力任せに振り下ろしてきたそれを避け――ずに手のひらで剣を受け止めた。
「……は?」
驚愕するお兄さんをよそに、剣身を握る手に力をちょっと込める。それだけでロングソードは砕けて、ちょっとばかしの血と一緒に粉々になった欠片が辺りに散らばった。
「ち、ちょ、ちょ、へ、あ、え――ごぶふっ!?」
バンダナお兄さんに右ストレートを叩き込む。お兄さんの鼻と前歯が砕けた。悲鳴を上げて、血まみれで這いつくばりながら逃げようとしてるけど――
「逃さないよ」
「ぐふぁ、ぐ、あ、あ……助け――ぎゃあああ!」
後ろから踏みつけ、脚の骨を折る。それでもまだ必死に逃れようとするその健気さには感心するけど、容赦はしない。ちょっと前までは余裕綽々で舐め腐った態度だったのに、今は血と涙でぐちゃぐちゃになったお兄さんの顔を、私は笑顔で覗き込んだ。
「やぁ、お兄さん。今まではずいぶんと好き勝手にやってきてたみたいだけど、自分が理不尽にさらされる気分はどうかな?」
「ひ、ひ……助け、て……ごべんな、ざい……」
「安心して。殺したりはしないからさ。でもこれまでも子どもを使って甘い汁をたっくさん吸ってきたんでしょ? だったらさぁ――そろそろそのツケを払った方が良いよね?」
たとえ孤児であってもそれは子どもたちの責任じゃないし、泥棒してるにしても、そんな状況にまで見て見ぬふりした大人の責任だ。ただ子どもってだけで一方的に理不尽を強いるのは間違ってるし、そんな大人が――心の底から大嫌いだ。
「だからさぁ――悪いけどもうちょっち私の八つ当たりに付き合ってよね?」
「ちょ……! もう無理だたすけや、やめ、やめやめやめやめて――」
お兄さんが懇願するけど、それに耳を傾ける気は無くって。
夜の街道で、何度も悲鳴が木霊した。
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