8-1 コイツもままならない人生を生きてるよね
皇城の朝はいつも忙しい。だけどどこかのバカ第一皇子が、昨日になって急にパーティを翌日に開くとかほざいてくれたおかげで、今朝はいつも以上に修羅場ってた。
私も街で急遽買い付けた大量の食料を厨房に渡し終えて、さーて次は夜会の準備を手伝おうかな、と思ってると、そこにジェフリー様がやってきた。あ、なんかやな予感。
「ああ、リナルタさん。ここにいましたか。アルフレッド殿下がお探しでした」
げ、やっぱり? 露骨に嫌そうな顔をすると、ジェフリー様も苦笑いした。
「そんなに殿下に呼び出されるの嫌ですか?」
そりゃね。部屋に行くのを見られたら「昼間っからキャッキャウフフでまあお盛んね!」なことしてるっていう、まったく甚だ不本意な妄想をされるのは間違いないし。
「普通はどういった用件であれ、皇族からお声を掛けられるのを喜ぶものですが」
「ご冗談を。皇族との関係なんて、そんなメンドクサイもの心から遠慮申し上げます」
「やはり貴女は面白いですね」
ジェフリー様が楽しそうに笑った。こないだまであった警戒の色がなんとなく薄れてる気がするんだけど、なんかあったのかな? 別に私は何かした記憶はないけど。
「いえ、殿下とお似合いだと思い始めたまでです。身分さえ釣り合っていれば心から歓迎できたでしょうに、それが少々口惜しいですね」
「怖いこと言わないでください。リズベット様と違って、私は皇族の方と深い関係になるなんて心底お断りです。それで、今から部屋に行けばよろしいんですか?」
「ああ、いえ。殿下は先程外出されました。なので、そうですね……夜会のタイミングで訪れるのがよいでしょう」
うへ、夜かぁ。ますます意味深じゃん。いや、まあ単純にそこが一番話をしやすいってだけなんだろうけど、ほら、アルフも男だし? もし酒なんて飲んでたら日頃の溜まったストレスが暴走して、ねぇ?
そんな懸念を口にすると、ジェフリー様が今度は声を出して笑い出した。
「貴女相手に無理やり押し倒せる度胸は殿下にありませんよ。それに」
「それに?」
「ご安心ください。殿下が貴女をいたずらに傷つけることはないですよ」
そんなこんななやり取りがあって、言付かったとおり私は夜半にアルフの私室をノックした。だけど待てど暮らせど返事がない。ったく、どこ行ったのよ?
しかたないから空いてる部屋のバルコニーからアルフの部屋へ移動。外から覗き込むと、ベッドの上で仰向けになってるアルフの姿があった。どうやら寝てるらしい。
「あんにゃろ……」
人を呼び出しといて自分は居眠りとは。いい度胸してるじゃない。憤慨しながらガラス扉の取っ手を軽く引っ張ってみるとあっけなく空いた。
ちょっとちょっと、鍵も掛けずにってぇのは不用心すぎじゃない? アンタ色々と狙われやすい立場なんだからさ。
別の意味で憤慨しながら部屋に侵入してアルフに近づくと、普段着のままスヤスヤ寝息を立ててた。机の上を見てみれば、書類が山のように積み上がってる。なんとなく状況は想像がつくけど、仮眠するならちゃんとベッドの中に入りなさいっての。
「はぁ……しゃーないか」
癪ではあるんだけどお疲れの様だし、今日はこのまま寝かしとこっか。さすがに服を脱がすのはアレだけど、風邪引かないようベッドの中に寝かせてあげよ。
そう思ってアルフを抱えるために顔を近づけたら、眉間にシワを寄せてむにゃむにゃと寝言をつぶやいてた。
と不意に――アルフの腕が私の首に絡みついた。
「……!?」
思ってた以上に強い力で引き寄せられて、突然のことだったから踏ん張ることもできずそのまま倒れ込む。そして私の視界いっぱいに整ったアルフの寝顔が広がった。
「ちょっ、この野郎――」
まさか寝たフリだったとは不覚、なんて思ったけど相変わらずアルフは寝息を立ててる。どうやら無意識だったらしい。さっきまでの険しい寝顔が私を引き寄せた途端穏やかな表情に変わってて、しかもますます私を抱き寄せようとしてくる。
なんてベタな! アルフに特別な感情はないけどさ、イケメンがこんな無防備な姿さらして、しかも寝息が私の前髪を揺らしてる状況は、さすがに私でもドキドキしちゃうって!
まずい、このままだとまずい。私の中で何かが激しく警鐘を鳴らす。ぶん殴ってでも叩き起こしてやらなければ、という衝動に駆られて拳を振り上げた――んだけど。
「……リナルタ」
アルフの口元は優しく微笑んでいた。しかも目元にはうっすらと涙。それを見たら激情が急速にしぼんでいった。
「はぁ……もう、そんな顔見せられたらさぁ」
無理やり起こすなんてかわいそうになるじゃん。脱出を観念してアルフの抱き枕状態をもうしばらく享受してやる。そしてできるだけそっとアルフの背中をトントン、と叩いた。
「ま、普段の様子から忘れがちにはなるけどさ」
結構コイツもままならない人生を生きてるよね。親父と兄貴は好き勝手に生きて、ずっと放置されてた自分が国を立て直そうと苦労してる。勝手な想像だけど、たぶん幼少期もロクなもんじゃなかったんじゃないかな。皇后様もアルフが結構小さい時に亡くなられてるし。そう考えると、普段ももうちょっとコイツに優しくしてやってもいい気がしてきた。
「ん……」
とか背中を擦ってあげながら考えてると、寝息が途切れた。ゆっくりと長いまつげが上がって宝石みたいな瞳が露わになる。それから私と目が合った。
パチパチとまばたきして、視線を上から下にゆっくり移動。私の背中に回された自分の手をワキワキと動かして確認。横になったまま一度目を閉じて、カチッ、コチッて時計の針の音が十数回は鳴った末にアルフの口から出てきたのは――
「……夜這い?」
その瞬間、私は拳を振り抜き、血しぶきを上げながら、アルフが窓の外へと飛んでった。
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