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魔王の儀式 ~ギルドで副業してる皇城の下女ですが、突然第三皇子から告白されました。そして断りました~  作者: しんとうさとる
第2章 街の人たち

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7-2 ひざまずき、そっと祈る――





「こちらこそご無沙汰だね。侯爵が皇城にいらっしゃるのは珍しい」

「まもなく魔術学院の入学試験がありますからな。その仔細を皆様と議論したところです」

「そうか、侯爵は魔術学院の理事だったな」


 握手を交わして表面上は二人ともにこやかだけど、なんだろう、すっごい胡散臭い。まさに腹の探り合いって感じ。


「そちらは侯爵のご子息かな?」

「はい、末息子のアシルです。普段あまり構ってやることができませんので、この機に皇城でも見学させてみたいと思いまして連れて参りました。アシル、ご挨拶を」

「あ、アシル・オールトンでございます! このたびゅはお会ひできて、こ、光栄でしゅ!」


 うん、噛み噛みだね、アシルくん。侯爵様も顔をしかめてる。でもしょうがないよね。気弱なアシルくんに、突然皇族に挨拶しろって言われて緊張するなって方が無理筋だよ。


「はは、そう緊張しなくていい。アルフレッド・ヴァレアンだ。よろしく頼む」


 アルフが柔らかく微笑んで手を差し出すとアシルくんも少し緊張が解けたようで、はにかみながらアルフの手を取った。そして緊張が解けたからか、ようやく私の存在に気づいたらしく、目をまんまるにして驚いてくれた。ホント、素直で可愛い子だ。お願いだからこんな胡散臭い大人にならないでほしいよ。無理だろうけど。


「ふむ、そちらの下女とは知り合いかね?」

「は、はい、父上」

「御縁がありまして。アシル様には大変良くして頂きました。その節は誠にありがとうございました」


 実際には私が助けたんだけど、それを言うと絶対厄介なことになっちゃうからね。

 うろたえてるアシルくんに頭を下げながらウインクしてあげると、私の意図を察したようで胸を撫で下ろしてた。そ。ここはお姉さんの好意を受け取っとくのがベストだよ。


「そうか、引っ込み思案で心配していたが、か弱い女性に手助けをしたというのであればこの子も成長したということなのだろう。アシル、侯爵家としてこれからも精進しなさい」

「ところで侯爵、どうだろう? せっかくの機会だし、コーヒーでも飲みながら少し話できないかな?」

「そうですな……」侯爵様が顎に手を当てて思案した。「急ぎの用もございませんし、殿下からの申し出を断る理由はありません」

「感謝するよ。リナルタ、君はご子息の相手を頼む。できれば君とは一時も離れたくないんだが、許してほしい」


 おっと、ここでぶっこんできますか。ま、すでに噂は広まってるし、単なる下女である私を一人で引き連れてる時点で今更だけど。


「問題ありません。私は殿下とは一時でも離れておきたいですので」

「辛辣!?」

「はっはっは! 噂どおり殿下は彼女に惚れておられるのですな。心を射止めるにはだいぶ先は長そうですが」

「どんな噂かはこの後詳しく教えてもらうとして、彼女は魅力的すぎてね。どうすれば心を手に入れられるか毎日悩んでるところなんだ。ミリアン兄上のことはみな黙認しているんだ。まさか僕と彼女はダメとは言わないだろう?」


 私としてはぜひダメと言ってほしいんだけどね。アルフが牽制すると、侯爵様は曖昧に微笑むだけだった。ただし私をチラリと見る目は、穏やかな笑みと違ってとっても昏い。うん、これはよく思われてないのは確実だね。まともな感性をお持ちのようで良かったよ。


「できれば侯爵がご婦人の心を射止めた方法を教えてほしいな」

「あまり参考になるとは思えませんが、ご所望であればお力添え致しましょう」


 アルフの要望に、侯爵様はいかにも社交辞令な返答をして貴族様らしい笑みを浮かべた。

 ……社交辞令、だよね?







 表面上は意気投合した素振りをお互いに見せつつ、アルフたちはどこかへと去っていった。なので私とアシルくんは、庭園にあるガゼボでお茶を飲んで時間を潰すことにした。


「しばしお待ちくださいませ。お茶とお菓子を用意して参りますので」


 一人で待たせるのは申し訳ないけど、単なる下女が他の人間を顎で使えるわけがない。だから大急ぎで厨房に走って準備して戻ると、アシルくんは椅子に座って瞑想していた。

 中々に集中してたので邪魔しちゃ悪いと静かに待ちつつ目を凝らしてみれば、魔素がアシルくんの体からにじみ出てた。最初はそれが単にうねうねしてるだけだったけど、段々と一つの線になって――ってところで一気に霧散。アシルくんは大きく息を吐き出した。


「魔術の練習をなさってたんですか?」

「えっ? あ、う、うん」


 額に光る大粒の汗をぬぐってアシルくんがうなずいた。そういえばさっき侯爵様はもうすぐ魔術学院の試験があるって言ってたね。ならアシルくんも受験するのかな?


「はい、オールトン侯爵家は代々あそこを卒業してますから」

「そうでしたか。こうした僅かな時間でも練習なさるのはご立派ですね」

「ありがとうございます」


 褒めると、はにかんでおかっぱの髪をかきあげた。すると隠れてた頬に浅い傷が覗いた。


「その頬の傷は練習中に?」

「はは、僕は魔術が得意じゃないから……ちょっと防御に失敗しちゃいました。父上も練習に付き合ってくださってるのに、僕ときたら失望させてばかりで……」

「侯爵様は厳しい方でいらっしゃるのですね」

「ううん、僕が未熟なだけです。父上の期待にも全然応えられなくて……せめて父上の得意な精神操作系の魔術だけでもできるようになれば、と思って頑張ってるんだけど……」


 アシルくんはふかーくため息をついた。人間生きてれば、頑張っても成果が出ないなんて珍しくないけど、当人は辛いんだよね。私もそういう時があったからよく分かるよ。


「たぶん、いや間違いなく僕に魔術の才能は無いんだ。体を動かす方が性に合ってるんだと思うんです」


 もう一度ため息をついてカップを口につける。まだ十歳くらいだっていうのに手には剣ダコができてすごく硬そう。儚げな雰囲気もあって体の線は細そうなんだけど、よく見ると歳の割にはガッチリしてて十分に鍛えられてる。そういえば初めて会った時も酔っ払い傭兵たちを上手にあしらってたっけ。


(だけど……)


 手首やくるぶしとか服の袖口から覗く肌にはたくさんの青痣があった。それが本当に練習でついた怪我ならまだ良いんだけど、ちょーっと虐待っぽいの疑っちゃうよね。

 でもアシルくんはそんなこと疑う様子は無くって、どこまでも自分の不甲斐なさを悩んでる。親を無垢に信頼できるのは子の特権だけど、昔の私を見てるみたいで心配になるね。

 と思ってたら、不意にいっそうアシルくんの表情が曇った。どったの?


「いえ、その……最近、失敗しても父上に叱られることが少なくなったなって気づいて……僕が不甲斐なさ過ぎて、父上にもう見放されちゃったのかもしれないですね」


 アシルくんは無理やり笑った。視線はどこか虚ろで、涙は浮かんでないけど泣きそうに見える。

 あー……本当は「親であってもあんまり盲目的にならない方がいいよー」的なことを言おうと思ってたんだけど、今は無理だね。

 代わりにアシルくんの前にひざまずいて、そっと手を握る。そして小さく「我思う、我願う――」と口にして祈ると、アシルくんの体が微かに光る。アシルくんは驚いて顔を上げ、手を握ったり開いたりして体を確かめ始めた。うん、怪我の痛みは取れたみたいだね。


「今の、お姉さんが?」


 質問に曖昧に笑ってごまかして、代わりに握った手を優しく撫でてあげた。


「大丈夫ですよ。侯爵様が叱らなくなったのはきっと、今までが厳しくしすぎたのだと思い直されたのでしょう」

「そう……かな?」

「そうですよ。それに、侯爵様のご期待に応えたいというアシル様の真摯なお気持ちは侯爵様にも伝わっているはずです。諦めなければその願いも、いつか成就すると思いますよ」


 私の場合は伝わんなかったけどね、という苦い実体験は胃の奥に押し込んどく。


「だけどこのままじゃ学院の試験にも合格できるかどうか……」

「勉強はされてるのでしょう?」

「学科は、自信があります。でも、実技がダメなんです」

「でしたら良いことをお教えしましょう」


 さっきの瞑想を見た感じ、魔術自体は使えてるしまったく才能が無いってわけじゃなさそう。入試だから実技で難しいことは出さないし、出題の本質はだーいたい毎年同じ。だから「これさえできれば合格はなんとかできるはず!」って魔術学院の耳寄り入試情報をアシルくんに耳元で伝授してあげると、目をパチクリとして分かりやすく驚いてくれた。


「本当に?」

「ええ、本当です。たぶん、よっぽど出題者のこだわりがあるんでしょう。細部は違いますけど、概ね毎年似た課題が出るんです」

「……分かりました。お姉さんを信じて、それだけはできるように練習してみます!」


 ホント、素直ないい子だよ。危うさはあるけど、どうかその素直さを失わずに大きくなってほしいね。ついぎゅーっと抱きしめて頭をナデナデしてあげたい衝動を堪えるのに煩悶してると、アシル様がそのクリっとした瞳で見上げてきた。くぅ、かわいいねぇ。


「でもどうしてお姉さんはそんなに詳しいんですか? 魔術学院の課題は受験生でも口外しちゃダメだから良く分からないはずなのに……」


 試験をこっそり覗くのが趣味だから、とは言えない。でもさ、アシルくんくらいの子が一生懸命頑張ってるのって、なんかこう……いいじゃない? 元気もらえるっていうかさ。


「それは秘密です」


 もちろんそんな趣味は口にせず、私はただ微笑んでごまかし続けたのだった。





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