5-4 僕の心配し過ぎだったね
そうしてなされるがままにされること、しばし。うん、もういいでしょ。
「いい加減姿勢がきついんですけど?」
「っ……! す、すまない!」
指摘するとアルフが慌てて私を解放した。そして私をチラッと見てから頬を赤くして、プイッと目を逸らす。いや、自分から抱きしめといて、なんでそこで赤くなってるのさ?
まあいいよ。私を本気で心配してくれてたのは伝わったし。それよりも。
「こうして牢屋から出されたってことは、私の嫌疑は晴れたってことでオーケー?」
「ん? ああ、そうだよ。今朝、記録石と一緒に下女二人が城の柱に簀巻きにされてるのが発見されたんだ。あの映像を見ればさすがに二人の犯行は明らかだし、君を牢屋に入れておく理由が無いからね。しかし、いったい誰が記録してあの二人を縛り上げたのか――」
視線が私の後ろに向いたところで彼の口が止まった。振り返れば、鉄格子が歪んでいた。
「もうだいぶ古そうな牢屋だもんね」
こんなに変形させたの誰だろうね? 素知らぬ顔してキュッと歪みを直しとく。
するとアルフは少し呆然として、けど不意に気が狂ったように笑い出した。腹を抱えて、心底愉快で堪らないといったご様子。いやいや、さすがに笑い過ぎじゃない?
「そうかそうか、それはそうだ。確かに君だしね。この程度の檻で閉じ込めておけるはずもないか。はは、まったく。僕の心配し過ぎだったね」
「なんだかそこはかとなく失礼なこと言われてる?」
「褒めてるんだよ。ともかく、こんな場所にいつまでもいることはない。部屋まで送ろう」
「大丈夫。ガキじゃないんだから一人で行けるし」
「いや、君の手を煩わせてしまったからね。ぜひ送らせてほしい」
うーん、ただでさえアルフに言い寄られてるのは周知の事実なのに、二人で歩いてたら既成事実化されそうで怖い。てか、そうか、コイツ、それが狙いか。
ジロリとにらんでみるけど涼しい顔で皇子様スマイルを賜ってくれる。ぶっちゃけそんなのノーセンキューなんだけど……まあ、わざわざここまで迎えにきてくれたんだから私が諦めるか。断ったら「僕に部屋まで送らせろ」とか意味不な命令してきそうだし。
アルフと連れ立って牢屋から出る。そして階段を登りながらアルフに尋ねた。
「今回の犯人は誰?」
「言わなかったかい? というか君が一番知ってるはずだ。ハンナとフリーダという――」
「あの二人のことは私の方がよく知ってる」
二人とも自分より下の下女にはやりたい放題の腐った根性の持ち主だけど、根っこの部分は小心者だ。他の下女からカツアゲするとかなら分かるけど、身分が上の人間の財産や国の資産に手を出すなんて、そんな度胸はない。
つまり――
「背後で糸を引いてる人間がいるはず。違う?」
「……君みたいな優秀な人間がどうして下女をしているのか、本当に理解できないよ」
アルフがため息をついたところで、階段を上り終えた。そして「答えを知りたいかい?」と問われたのでうなずく。
だけどアルフはそれに答えず扉を開けて人が行き交う通路に出ると、何を思ったのか急に私に向かってひざまずいた。
「ああ、リナルタ! 君への疑いが無事に晴れて本当に良かったよ! どうだろう? この後、僕の部屋に来てくれないかい?」
かと思うと、突然アルフが芝居がかった仕草でそんなことをのたまり始めた。澄み切った声がどこまでも響いて、使用人のみならずご貴族様たちまでも一斉に振り向いた。
いやいやいや!? 朝っぱらからいきなり何言い出すのさ!? やんごとなき人が女性を部屋に呼ぶなんて言ったら、そういう方向に勘違いされちゃうじゃん! ああほら、向こうの方でリヒター様が頭を抱えてらっしゃるし。こりゃまた後でご苦言をいただいちゃうな。
またその整った顔面に拳をめり込ませてやろうかって衝動に駆られたけど、アルフは私の握りしめられた拳に気づいて慌てて「合わせて?」とばかりにウインクしてきた。
(あー……そういうことですか)
意図がなんとなく分かった。はぁ……まあしかたないか。ため息をついて拳を収め、今度は大きく息を吸い込む。そして純真無垢で真面目な下女の顔をアルフに向けてやった。
「お断りします! 私は……私は一介の下女でございます! お声を掛けて頂くだけで恐れ多いのに、どうしてそのような事できましょうか!」
「そんなこと、君は気にしなくていいんだ!」
「いけません! 私なんかより、もっと殿下にふさわしい御方がいらっしゃるはずです!」
「もうダメなんだ! 君がいなければ僕の世界は色彩を失って、生きる気力さえ失われてしまうに違いない! たとえ全てを失ったとしても、僕は君と共に生きていきたいんだ!」
「……プロポーズですか?」
ミュージカルのように大仰な身振り手振りで演技を重ねる。それはそれでちょっと楽しくなってきてたんだけど、アルフの最後のセリフについ素で返してしまったら、視線で叱られてしまった。なので感涙に目を潤ませる下女の演技に戻る。
「アルフレッド殿下……」
「どうか、どうか僕の愛を、受け入れてくれないか……!」
「……できません! どうか、私のことをなどお諦めください!」
「いいや、諦めてたまるもんか! 君がうなずいてくれないのであれば……強引にでも君の心を手に入れてみせる!」
熱を込めて恋心に翻弄される皇子様役を演じたアルフが、徐ろに私の手を取って口づけした。そしていわゆるお姫様抱っこで私を抱え、皇子様スマイルで私を見つめてくる。えっと、演技だよね? なんか不安になってきたんだけど。
ともあれ、こうして私の釈放とアルフの熱愛・執着ぶりを衆人に印象付けつつその場を立ち去ることに成功したわけで。
「もういい加減下ろしてくれてもいいんじゃない?」
「油断は禁物だよ。どこで誰に見られてるか分からないからね」
そりゃまあそうだけどさ。意外と抱っこされてる方も疲れるんだよ?
そんな不満を抱きつつも、アルフの言うとおりどこで演技がバレるか分かんないので従順なフリをしてると、反対側から騎士が苛立った足取りでやってくるのが見えた。
「あ、昨日の」
私を犯人だと決めつけて色々とやってくれたコンラッドだ。
向こうも気づいたようで、親を殺されたみたいな憤怒の視線で私をにらんでくる。昨日の取り調べが問題視されたのか、私が犯人じゃなくて悔しいからかは知らないけど、八つ当たりはいけないよ?
とはいえ、こちらとしても昨日のコイツに腹が立ったのは間違いない。なので頭を垂れた彼の前を通り過ぎる時にスン、と鼻を鳴らしてやると、今度こそ私を殺してしまいそうな視線をぶつけてくる。おー、怖い怖い。
適当にそれを受け流してたんだけど、ふと彼の腰を見れば見覚えのある剣が刺さってた。
この野郎……私の剣をパクりやがったね? ならこっちだって考えがある。
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