1-1 私はね――皇城の下女だよ
メイドがイケメン皇子を殴りながら帝国の危機を救うかもしれないお話、はじまりはじまり
「おいおい、話が違うじゃねぇかよ……!」
茂みの中で様子をうかがっていたマッサが、苦虫を噛み潰した顔をした。
パーティを組んでるゲイルとフィリアも似たような反応だけど、それも仕方ないよね。なにせ討伐予定の魔獣が、傭兵ギルドの情報とまるっきり違うんだから。
私たちから少し離れたところにいるのは魔術的な影で構成された真っ黒な魔獣。ギルドの話だとDからC級くらいのはずなんだけど、眼の前の魔獣は明らかに格が違う。C級上位か、ひょっとしたらB級かも。少なくともマッサたちには荷が重い相手だね。
「つまりぃ……ギルドが間違ってたってこと?」
「いや、皇都のギルドだぞ? あそこが適当こくはずもねぇし……」
「だとすりゃ――成長速度が異常ってことだ。まるで魔王の影響でも受けたみたいにな」
魔王っていうのは、いわば「討伐すべき悪しき存在」としての代名詞だ。その魔王の何がヤバいって、魔獣を成長・統率しちゃう能力がヤバい。魔獣なんて濃い魔素があれば勝手に生まれちゃうし、そんなのを統率されたらそりゃ「人間、やばいじゃん!」ってな結論に至るよね。とはいえ、公式に魔王が確認されたのは百年以上前になるんだけどさ。
「どうすんのさ、マッサ?」
フィリアが私――リナルターシェ・ブランタジネットの桃色の髪を愛撫する。彼女は美人だけど、見た目に反して手つきがキモいし匂いもきつい。ちょっと私から離れてほしい。
「決まってんだろ?」
マッサが口元をニヤリと歪めた。するとゲイルとフィリアも揃って私を見つめてきた。
「て、撤退を要求します!」
嫌な予感がしたのでそう主張してみる。ポーターである私を除いた三人の実力を考えれば撤退するのが妥当だ。なのに三人は顔を見合わせた。そして――
「アクノイア!」
フィリアが何を思ったか、いきなり魔術を叫んだ。氷の杭が次々と魔獣に飛んでいくんだけど、残念ながらそんな普通の域を出ない魔術でダメージを与えられるわけもない。
案の定魔獣は怒り狂って、唸り声を上げながらこちらに突進してきた。
当然マッサたちは逃げるし私も逃げる。木立の中に逃げ込んで、ふと後ろを振り向けば魔獣が木々をなぎ倒しながら追いかけてきていた。だよね、うん。なんとなく音で分かってたよ。
なら選択肢は一つ。魔獣が諦めるまでひたすら逃げるだけ。逃げて逃げて逃げて、けれども目の前を走っていたマッサたちが、不意に左右に別れて――
「プラネテーション」
同時に足元から植物のツタが私に絡みついてきた。さらには両手に鎖が巻き付いてガッチリと私を拘束する。見上げれば、木の枝に乗ったマッサとゲイルからそれが伸びてた。
「な、なにするんですかっ!?」
「何って、まだ分かんねぇのか?」
意地の悪そうな笑みをマッサが浮かべる。ゲイルは歯を見せて笑い、フィリアは憐憫の瞳を揺らす。だけどそれらの奥で共通しているのは――私に対する嘲りだ。
マッサが腰から剣を引き抜くと黒光りする、明らかに普通とは違う刀身が顕わになった。ちょっと、それって――
「すげぇ業物だろ? 一年くらい前にたまたま拾ってよォ。コイツがまぁ魔獣相手だとどんな相手でも良く斬れるんだわ」
うん、だと思うよ。確かにその剣を使えば格上でも魔獣なら倒せるはず。だとしても、その剣が敵に届かなければ意味はない。ならどうすればいいか。答えは至ってシンプル。
「ただ、オレの腕でも確実に仕留めるためには、魔獣の気を引いてくれる優秀な囮がいるんだわ。ってなわけでさ、悪ぃんだがリナルタ――オレらのために死んでくれや」
まったく悪びれもせず、マッサは私に死刑を通告した。
ドシン、バキバキと賑やかな音を立てながら魔獣が近づいてくる。影を思わせる真っ黒な体から瘴気のように魔素を放出し、足跡の草は黒く枯れ果ててる。
吐息が届くほどに魔獣はすぐ目の前にいて、一方で私の手足は拘束されたまま。マッサたちは安全な場所でほくそ笑んで、今か今かと魔獣が私にかじりつく瞬間を待っている。
ハッキリ言って、クソッタレな状況だ。絶望にキス&クライされて、普通なら感涙のおもらしするか、居もしない神さまに全力で命乞いしてしまうに違いない。
――普通なら、だけどね。
「ふっ、ふふ……」
「ん?」
「ふ、あははははは!」
「おいおい、マッサ。リナルタの奴、ビビって頭おかしくなったみたいだぜ?」
いやいや、どっちかってぇと、こんなこと平然と実行するキミらの方が頭おかしいよ?
ま、それはともかくとして。
「なるほどね、そうやってキミら三人は成り上がってきたってわけだ」
分不相応な武器を頼りに、仲間のポーターを犠牲にして。ポーターならいわゆる正規の傭兵さんみたいに反抗される心配はないし、戦闘で犠牲になるのも実際珍しくないからね。
マッサたちは数ヶ月前に突然皇都の傭兵ギルドに現れて、ポーターの私にも表面上は紳士に接してた。いつもそうして信用させた後で囮にして昇級のポイントを稼いでたってことなんだろうね。ずるいし非道だけど、賢いっちゃ賢い。でも、ま――
「やりすぎたってことだね」
魔獣の口が私の頭をかじる前に絡みついたツタを力任せに引きちぎって跳躍。魔獣の背後に回り込み、鎖を思いっきり引っ張ってあげると、マッサとゲイルが宙に放り出された。
「マッサ、ゲイル!?」
「――人の心配してる場合かな?」
二人に気を取られたフィリアの背後に立つ。厚化粧でごまかしてただけのその顔を張っ倒すと、落下して「ふぎゃっ!」って悲鳴を上げた。
「クッソ……何しやがる、リナルタァッ!」
「そーよ! 痛いじゃないのッ!」
おー、三人揃って間抜けな顔で地面とキスしたわりに元気だね。だけど。
「そんなこと言ってる場合かな?」
三人の後ろを指さし、雁首揃えて振り向けばそこには舌なめずりする魔獣がいるわけで。
「ぎゃあああああああああっっっっっ!!??」
そのまんま仲良く頭まるかじり――っていう結末も個人的には全然オッケーだと思うんだけど、それじゃあ「依頼」を達成したことにならないんだよね。
軽く息を吐くと枝から飛び降りて、三人の襟をまとめて引っ張る。直後に魔獣が頭を突っ込こんで、三人がいた地面に大っきなクレーターを作ってた。危ない危ない。
三人が首なし死体になるのは避けたわけだけど、魔獣にとって人間は美味しい美味しいご飯。そんなものが目の前にぶら下がってる状況で「バイバイ」なんて言ったところで、大人しく諦めてくれはしないよね。
「り、リナルタ……?」
しかたないから三人の前に立ちはだかる。魔獣の目には私も美味しいご飯に写ってて、よだれを撒き散らしながら猛烈な勢いで走ってくる。だけど――私は猛毒だよ?
右足を一歩引く。
そして――魔獣が飛びかかってきたタイミングで拳を振り抜いた。
「……は?」
次の瞬間――衝撃とともに魔獣は陽炎のように揺らめく魔素だけを残して、綺麗サッパリ消滅していた。思ったより弱かったね。ま、面倒くさくなくていいけど。
さて、と。呆然とした三人の頭を軽く叩いて正気に戻して、その胸ぐらを掴み上げた。
「三人とも、ようやく本性を表してくれたね? 一緒に仕事を始めて二ヶ月だっけ? いい加減ギルドから嘘情報をつかまされたんじゃないかって疑い始めてたところだよ」
そう言ってあげると、マッサが歯を噛み締めて忌々しそうに私をにらんだ。
「成り上がるためにどんな汚いことでもする。その姿勢は、うん、個人的には嫌いじゃないよ? だけど――他人の人生を犠牲にしてまでっていうのはとっても気に入らない」
「テメェ……いったい何なんだよ?」
「あれ、私の服を見てもまだ分かってなかったの?」
濃紺のドレスに白いエプロン。頭には可愛らしいカチューシャ。生地は一般的なものよりちょっとだけ高級で、こんな格好してるのなんて決まってるじゃない。
「私はね――皇城の下女だよ?」
そう言って私は拳を振り抜いた。
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