表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

邂逅4

 いつまで経っても自分の挙動は正常なまま。目を開くと彼のマスクが点灯していた。

 そのままゆっくり振り向き、現状を把握した。自分の背には様々なパネルが浮かび上がっており、ユートピアの攻撃を受け止めている。ああこんなことが出来る存在なんてとっくの昔にいなくなったと思っていたのに。

 私を覆う、見たこともないコンプレッサーのレジストに表示された″SLG4”という文字列を見て実感した。

「SLG4、SOL、ソル!」

「おい何見てんだ、匿名希望だったのに」

「コンソルジャー!」

 感極まって思いつく限り彼を証明する言葉を綴ってしまった。

「なんだってこんなところに……」

 そう呟くモーグの野次馬のように、自分もそれが気になっていたのだと頷く。

「俺の自己紹介でもしてくれてんのか?というかそんなことより」

 言語や音声の安定したソルが立ち上がる。全長はモーグより少し小さいはずなのに、どこまでも大きく見える。

「あいつを何とかすんぞ」

 ……あんな型、4年の間に治安が悪化したのか?とブツブツ呟きながらも更に多くのパネルを浮かび上がらせたいる。

「ソル、指示をちょうだい」

「……あんた、いや、なんでもない」

 一体何の間だったのだろうと少し疑問に思った矢先、ユートピアの慌ただしい駆動音と連動する振動が隣の朽ちた建造物を崩した。

「あんたの全力をアイツに叩きつけて、感染者はOSCを連結させろ。望むのはそれだけだ」

「わかった!」

「了解」

 随分と簡潔な作戦で、本当にそれで問題がないのか気になりつつも指示通りに動く。

「モーグ!OSCを私に繋いで」

 モーグのOSC、つまりはエネルギー源を私の腕に差し込む。モーグから優しく、少し寂しい温もりが流れてくる。すぐに自分を見捨てるように願うこの子らしい音だ。

「よし、私の最高出力とモーグのサブを、食らって!」

 倍音の多い強大な波形をユートピアに叩きつけるが、やはりビクともしない。けれどもきっと何か策があるはずだ。指示通り攻撃し現状を保っていると、ソルが詠唱し始めた。

「ロストプラグイン_Compressor_Threshold-30_Ratio8:1_Attack2.00ms_release……out……」

 単語を唱えると同時にパネルが増える。そして全て言い終え、叩きつけるように最後の言葉を叫んだ。

「インサート!」

 波形が隅から隅まで増幅されている。攻撃力、攻撃範囲ともに何倍となったのだろう、上手く計測できない。

「!……アハハ、嘘でしょ」

「兵器か何かか……?」

 モーグがつい零した言葉以外の感想が出てこない。流石のユートピアも圧されており、また別の攻撃を繰り出そうとしている。しかしそれを徹底的に潰すかのように、ソルはまた詠唱を始めた。

「ロストプラグイン_Doubler_Direct0.0_VoiceOne_gain0.0_pan-45.0_VoiceTwo……Delay……Detune……インサート!」

 続いて攻撃中の自分たちの幻影が2体分追加され、波形の出力が更に3倍まで増幅した。これには耐えきれず、ユートピアが稼働不能となった。あのユートピア相手に火力で勝てるだなんて思いもしなかった。

「やった……」

「まるで姉さんが破壊装置にでもなったかのようだったよ」

「コンソルジャーの能力ってこんなに凄いんだね。驚いた……」

 この上昇しきった力を感じ取ってつい酔いしれそうになる。今なら1人でなんだって出来そうだと。自分のものだと勘違いしてはいけないと肝に銘じた。

「さてと……邪魔者は消えたんだし、そこのあんた」

「俺か?」

「楽な姿勢になってくれ」

 ソルがモーグに指示を出すと、壁を背にして地べたへ座り込んだモーグのプラグを拾い上げた。

「あんたのプラグ、ちょっと拝借するぞ」

「あ、ああ」

 ソルはそのプラグを自身のみぞおちあたりに刺しこんで自らも座った。

「音を俺に送ってくれ」

 モーグは目を閉じてソルに音を流仕込んだ。

「ふ〜ん。結構ノイズが酷いな。ああこれ、さっき倒した型の……」

 数分程度パネルを操作し、何かを終えたのか全てのパネルを閉じた。

「よし。どうだ?」

「あ、れ、割れてない」

「ように見せかけてるだけだ」

 モーグのマスクが非常に安定している。感染者であると自ら明かさなければ気付かれない程だ。

「まさか、治療してくれたの!?」

「あくまで応急処置だ。腐ってもコンソルジャーだからな、自前のプラグインがあれば何とかできる」

「ありがとう……!よかったね、モーグ」

 あまりの嬉しさにモーグを抱きしめた。音の研究者がこんなことではいけないのだけれど、どうにもならなかったらどうしようかと心の奥底で渦巻いていた。完治した訳では無いが……完治?

「ねえ、図々しいのは承知なんだけど、モーグの、私の弟の病を完治させるために力を貸してくれない?お願い、あなたがいればきっと─」

「悪いが他を当たってくれ。あんたらのことは別に、嫌いじゃねぇけどさ」

 当然の反応だろう。なにせ今まで彼を苦しめてきたのはアディサリそして博音学会なのだから。だけど、ここで申し訳なさが邪魔をして後ずさりしていては何も進まない。ソルとは過去のことを清算しつつ、未来のことを話したい。

「ソル、私たちが犯してきた今までの非礼を詫びるわ」

「俺からも謝らせてくれ。学会は、いや、アディサリは今まで君に酷いことばかりしてきた」

「だから、あんたらに罪は無ぇんだよ。ただ学会の連中とはもう関わりたくないだけだ。学会とは、な」

 彼の意思は揺らがない。”テルムとモーグ”だから助けてくれた。弟の治療を……まではテルムだが、今の私の態度は明らかに学会の代表だ。そして彼はそれに気付いている。

「ともかく、俺は帰る。プラグインを詰め込んでた尻尾も再構築しないといけねぇしな。ほら見ろ、ボロッボロ。さ、あんたらも気をつけて帰んな」

「あ……ソル……」

 ソルはそう言ってそそくさと去ってしまった。

「仕方ない。今までの彼の扱いを考えたらね。突然アディサリの感染病を治療しろだなんて。いいや、完治のサンプルを出そうだなんて、そりゃ面白くないよ」

「サンプルは副産物だよ」

「わかってるよ。ほら、応急処置を施してくれただけ良心的だ。これで1ヶ月はもつよ」

 なんとも言えぬ、やるせない気持ちが蔓延る。

「さあ、姉さん。今日はもう帰ろう」

「……そうだね」

 歩を進めて不意に振り返ると、もう彼の姿は見えなくなっていた。


「テルム、モーグ、ね」

 珍しい、そう思った。この世界でコンソルジャーは差別対象だ。特に今までの経験から博音学会とは関わらない方が身のためだと、染み込んでいる。俺の親も、その友人、先祖、道具のように扱われてきた歴史と現状に対して異を唱えてボイコットした。理由はそれだけだ。

 再起動中の闇の中でコンソルジャーと呼ぶ声が響いた。あのF型は俺がコンソルジャーだとどこかで気付いていたのだろう。

 ……そうと知りながら俺を庇っただと?ありえない。それどころか、2人揃って謝罪まで寄越したのだ。

「信じらんねぇ。謝罪?何を要求されるか分かったもんじゃねえのに。だからアディサリは、学会はずっと”そう”だったろうが」

 必要な時だけ捕まえて、不要になったら棄てて、鉄くずを蹴りとばすように扱ってきたではないか。

 お前はコンソルジャーだからここへ入ってはいけない。コンソルジャーだからこれに触れてはいけない、コンソルジャーだから何をされたって、コンソルジャーだから、コンソルジャーだから


『コンソルジャー!』


「はぁ、イラつくな」

 ため息を吐きながら、失った仲間の部品に埋もれて眠った。

補足

 ソルの技によって空間が伸びていましたが、これはDAW(作曲ソフト)のタイムストレッチという機能を技として採用しました。

 wavファイル挿入後、楽曲のテンポを上げ下げすると、ピッチが狂ったりするじゃないですか。しかしDAWでタイムストレッチ機能を使うと、ピッチに狂いがない状態でテンポを上げ下げ出来ます。なので、見た目はそのままだけど、距離が伸びてるといった様子を描きました。

 これはミックスコンソールには備わっていないため、コンソールが根源のソルは生まれつき使っていた訳ではなく、練習したら出来るようになった裏技みたいなポジションとして設定しています。


 OSC(オシレーター)

 シンセサイザーの音の発信源的なものです。

 ちなみにDX7といったアルゴリズムで音を作るFMシンセサイザーではオシレーターではなくオペレーターと言ったりします。

 モーグとテルムが攻撃の際に連結していましたが、シンセとシンセは繋ぐことが出来ます。解説すると長くなるのでしませんが繋げられます。ミキサー通した方が早くね?と思いますよね。私もそう思います。


 テルム

 テルハーモニウムから着想を得ています。テルハーモニウムは現代のシンセサイザーの方向性を決めたと言っても過言では無いクソでかい楽器です。

 尚且つ電話線を使ってSpotifyみたいなことをしようとした凄い発想の楽器でしたが、第二次世界大戦が始まってテルハーモニウムの計画は潰えてしまいました。


 モーグ

 モーグは本当にそのまんまです。最初のシンセサイザーではないでしょうか。


 ちなみに家出している上に行方が掴めていない次女、ルーミと言う赤髪の子がいます。

 もうお分かりかと思いますが、テルミンから着想を得ています。

 行方がわかっていないというネタはテルミンの奏法を元にしています。


 ソル

 SSLから着想を得ています。

 なんでSSLかって?この実機の音が好きだからです。


 プラグインの詠唱

 まるでインサートという肯定が最後かのように書かれてありましたが、インサートは最初に必要な肯定です。

 インサート欄にプラグインを差し込み、以降色んな情報をいじって音を調節します。

 最後にインサート!と言わせたのは、なんかその方が格好良かったからです。


 インサートの他にセンドというプラグインの挿し方も存在しますが、この世界でインサートは単体バフ、センドは全体バフのため今回はインサートメインでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ