邂逅3
周囲を警戒しつつ、地下から脱出してスラムの細道を引かれるケーブルのように抜けていく。あまりの道の詳しさに驚く。
「あなたはここで暮らしているわけじゃないんだよね?」
「あんな状態の俺を見てなんでそう思うんだよ」
自律移動が可能となったモーグが率直に思い至った理由を代弁した。
「随分とこのスラムの道に詳しい」
「助けてやったのに俺を疑ってんのか?まあ俺も助けられたんだけどな」
「疑っているわけじゃ─」
「これは特技みたいなもんさ。……まて」
彼が立ち止まり、道の分からない私たちも自ずと足を止めた。息を潜め、しんとする周囲とは裏腹に環境音が遠くでなる。
「追っ手だ、急ぐぞ!」
アナライザーも無しにどうしてこんな小さな足音を捉えているのだろうか。彼の手にはそれらしい機材が見当たらない。
次第に私たちでも聴き取れるほどの足音が響く。3、4、まだいる。上がる心音が飛び出してしまわないように、装備しているイコライザーで音を削る。
「追いつかれるぞ!」
「土地勘はあいつらの方が上だな。……だが」
彼は追っ手の方に振り向いて、差し出した手元のパネルを操作しだす。すると、なんとも摩訶不思議な……追っ手と自分たちとの道が、伸びた。
「!?」
「え、え!?どうなって……」
追っ手はこちらのセリフだと言わんばかりの表情をしている。
「は!パラドックスみたいなもんだ。そこで一生足掻いてな」
ソルはそう言い捨ててまた駆け出した。緊張と疲労で足がもつれそうになると、彼は先程の魔法じみた技を足の間に適用させる。
「空間が、はあ、伸びてるの!?」
走りながら質問するが、答えてはくれない。分かっている、それどころではないのだ。
そしてついにスラムの外へ出ることができた。このツンと冷えた、無機質な匂い。つい数十分前までこの空気の中にいたというのに、生まれて初めて息を吸ったかのような心地だ。
「はあ、はあ……助かった。世話をかけた」
「あいつらはユートピアを恐れてる。もう追いかけて来ねぇだろうよ」
「俺も出 縺溘°ったからなって……あ〜縺上◎」
「相当だね。一体何年ほど負荷をかけられていたの?」
「ざっと4年か」
4年、4年という言葉にピンと来ないほど鈍くは無い。しかし彼は匿名を希望している。
「さて、手順を踏んで再起動してぇんだ。こんなご時世だ縺九i俺が起きるまでここで暇潰しといてくれ」
すなわち少しの間ユートピアが現れたら守って欲しいと言う意味なのだろうけども。
「いいけど、あ……落ちちゃった」
「いくら手順を踏んだ再起動だとしても、そこまで時間はかからないんじゃないか?」
「そうだよね」
彼が眠り出して数分、この駆動音には聞き覚えがある。なんと間の悪いことにと頭を抱えた。悪寒のするような大きさ、音、影。その巨体が消費するエネルギーの粕が急激に冷やされて湯気となりそれが……圧倒的と言わしめるほどに良い演出をしていた。
「タイミング最悪!」
「この型、さっき出くわしたやつか」
ここで恩人を見捨てるほどこの世界のように冷たい性格はしていない。ただ、この型は二人で壊せるほど軟弱ではない。
「私の倍音じゃここまで……」
モーグはいくら対症療法を受けたとしても感染者であるが故に全力を出せない、どうすれば、どうすればいい?研究者が、こんな時に考えなくてどうするというのだろう。
「姉さん、逃げるんだ!」
モーグは彼も、自分も置いて逃げろと言っている。
「そんなこと出来るわけない!」
4年前に忽然と姿を消したコンソルジャー。
「ねえ!起きて!」
私たち種族、アディサリは、アディサリのままだ。
「起きてってば!コンソルジャー!」
でもコンソルジャーがいれば!
背後で鳴り響いた、愛する弟を病に冒した忌まわしき音、この世で一番聴きたくない音。
庇いきれないのだろうけど、咄嗟に2人を隠した。