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邂逅2

 スラムの障壁内へ入りこむと、ユートピアはこちらを視認できなかったのか撤収した。四本の駆動音は次第に遠ざかる。

 撒き上がる砂埃を吸って咳き込みながら、倒れ込んでいるモーグ元へ駆け寄った。

「うっ……モーグ、モーグ!」

「ねえ、さん」

 先程まで綺麗なシンメトリーを描いていたモーグのマスクが、捻れの多い歪な形状へと変化していた。更に音声にはノイズが走っている。音割れ病の症状のひとつだ。

「うそ……」

 患者に不安を与えてはいけないというのに、どうしてもこの表情を抑えられない。行き場を失ったかのように震える手で頬を叩き、気を入れ直す。

「ね、大丈夫だからね。少し待っていて、今ロストサウンドを探すから」

 ロストサウンドの音を拾うためにアナライザーを取りだした。お願い、どうか、どこかに。

 するとアナライザーが何かしらの音を拾った。この特徴的な波形はロストサウンドの物だ。

「ある、あるよモーグ!こんな音域、初めてだけど間違いない!うっ」

「姉さん……持病が」

「大丈夫、一瞬のことだから」

 全身の回路に何かが走る。定期的に訪れる痺れとラグだが、そんなこと今はどうだっていい。音割れ病の方が重大だ。モーグを起こしてロストサウンドの元へ向かう。屋上から降りて細く入り組んだ道を進んでいると、スラムのアディサリが数名近付いてきた。

 ヒソヒソと何か話していたため機材で彼らの声を明瞭化し、音量を調節した。

「おいみろよ。あの会長様んとこのガキだぜ」

「バラして送り付けよう。たっぷりもらえるかもな」

 聞き終わると同時にスラムの住民がこちらに襲いかかってきた。

「……っ!」

 反射的に鋭い波形を繰り出して威嚇攻撃をしつつ、音の鳴る方へ走った。上手く息を吸えない。絶えず不規則なリズムを奏でている。

 入り組んだ道がかえって良かったのか、追っ手をまくことが出来たようだ。息を整えつつ壁に背を預けていると、背後の壁が崩れそのまま室内へと転がり込んでしまった。いいや滑り落ちている。そもそも床が抜けていたのだろうか。

「う……ここは」

 スラムの集合住宅の地下には随分と広い空間があったようだ。

 中心に鎮座する巨大な木と生物、そして機械の融合柱に黒い髪のF型(男型)が取り込まれていた。胸より上だけが空気を浴びており、その歪で恐ろしいさまは酷く生理的に不快感を与える。

「……あなた、は」

 ふと辿り続けていた音から離れていないかと、アナライザーを見てみると、レーダーは目の前を指していた。彼から、ロストサウンドが流れている。

「……」

「待って、今助けるから、だから」

 柱から彼を引きずり出すとミチミチと何かがちぎれるような音がした。つい顔を歪めながらも頼み事を言うのは欠かさない。

「後で私のお願い、聞いてよ!」

 彼はゆっくりと頷いた。目が開いているとは思っていたが、こんな状態で意識が途切れていないとは。

「えと、強引に再起動させるけど許してね」

「讒九o縺ェ縺?●」

 負荷がかかりすぎていて言語や瞳の色に不具合が生じているため、これは確認を取っている場合ではないと早急に再起動させた。

 数十秒して再び彼が目を開いた。

「おはよう」

 これはいくらなんでも呑気すぎたろうか。でも挨拶は必要だものね?と自分の中で納得した。

「お、おはよう。助かったぜ」

 彼は少々面食らいながらもマスクを形成しつつ挨拶を返してくれた。

「ねえ君、お願いがあって……起きて早々悪いと思ってるんだけどね?」

 彼は了承も否定もせず衰弱しているモーグに視線を移した。

「そいつにロストサウンドを処方したいんだろ。いいぜ、くれてやる」

「……!ありがとう!」

 早速ロストサウンドを受け取ろうと手を差し出すと、彼はボロボロの身体を立ち上がらせ、モーグの元へ歩み寄った。

「処方の仕方を知っているの?」

 彼を救出してから随分と話がは早く進むため、音割れ病患者の治療経験が多いのかもしれない。

「知ってる。深く、な」

 彼はモーグの脳にロストサウンドを挿入した。自前のプラグインを起動してロストサウンドの音域を”元に戻して”いる。

 彼は救援者の対象を博音学会に搾っていたようだ。アナライザーのほとんどは博音学会が所有している。誰にも悟られず学会にのみ救難信号を出すために、彼はロストサウンドの音域を絞りに絞って一般の可聴域から外し、信号を他の存在に知られないように工夫したのだろう。そしてアナライザーは皆が捉えられない音を捉えるのだ。

 そうしてたまたま落下してきた自分たちが持つアナライザーにヒットした。それまで彼は、数年間負荷を蓄積しながらずっとここに囚われていた。

 モーグがうっすらと目を開く。挙動も安定しており胸をなでおろした。

「助かった……礼を言う」

「おあいこってことで」

 貴重なロストサウンドを惜しむことなく提供してくれた上に、適切な治療まで施してくれるとは。思いもよらぬ結果に波形で周囲の埃を吹き飛ばしてしまいそうだ。

「ありがとう、本当にどうなるかと……えっと」

「匿名で通しといてくれ」

 彼はこちらが名前を尋ねる前に、釘を刺すかのようにそう言った。

「さあスラムから出ようぜ。俺もこんなところ出たい……っていうか辯?d縺てやりてぇくらいだ」

 短時間での再起動のせいか、まだ彼の言語が不安定だ。けど、今の言葉は聞かない方が良いような暴言のような気がする。後ほど改めて再起動することを勧めた。

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