劣化ロストサウンド3
組織員の2人が去った後にテルムとモーグが姿を現した。
「見事な手腕だね、ソル」
「勉強になる」
「やめろ、脅迫を参考にするな」
今のは脅迫だったろうか?と二人して目配せをしている。脅迫にしては生易しかったというのは自分でも理解していたが、あのような存在は脅迫よりも真綿で首を絞めた提案の方が長く持つ。
「それにしても、なんだよあのロストサウンドは。まさかあんたら2人もあんな厄介なもの処方してんじゃねえよな?」
「それね……私たちは基本的に発掘段階で質の良い物のみ処方しているけど、最近は質の悪い物が学会でも問題になってきているの」
「俺たちはロストサウンド発掘技術認定資格ってものを持っているから自給自足できてるんだ。ただ持ってない研究員たちも多い」
2人は困ったように話す。その資格を持っていない研究員がいるということに驚いた。興味さえあればいくらでも取れるような資格であるため、俺ですら持っていたのだ。
「なるほどな。その劣化ロストサウンドはどっから仕入れてるんだよ」
「今調査中でね……」
「ちょ、調査中!?なん、あー……悪い、学会はあれだな、1つの国みたいな規模だったか」
なぜ仕入先を明らかにすることすら調査が必要なのかと驚いたが、研究所という研究所を積み重ねて物理的に横にも縦にも広がっている、それが学会の規模だった。とにかく広いため何事も足跡を追うために幾多もの工程が必要なのだろう。確か学会は45万平方キロメートル、高さは把握していない。途中で重力を扱ったエレベーターが登場し、超引力での上下間の移動を可能にしている。その時かかる重力で人が押しつぶされないのかと思うが、上へかかる重力をあえて追加することによって相殺しているのだそうだ。あの組織にはクズも多いが天才も多い。
閑話休題。
俺はしばらく考え込んでテルムとモーグにもう一つ頼みごとをした。
「なあ、その調査が進んだら俺にも開示してくれないか?明かせる部分だけでいいから」
「もちろん。それに、コンソルジャーはロストサウンドの修復ができるんでしょう?ソル自身が知っておかないと危険が及ぶかもしれないからね」
それこそアディスフォリッジがあなたを狙ったり……そう顔をしかめて呟いている。奴らなら十中八九やるだろう。その後二人とは数言かわして別れた。
スラム近郊裏路地にて
「周辺をコンプレッサーで固めてまで何を聞きたいんだい?」
ゴーストノートはあえて顔を影で隠している。やつはいつもこうして自然と影の中へ入る。頭上には金網や巨大な換気扇が並び、常に空気が入れ替わっていた。その隙間を縫うような光のみが射しており、その光源も何かはわからない。
「学会で起きた粛清のこと、なんでお前は知ってんだよ。関わってるやつは全員壊されたんじゃなかったのか」
「ああ、壊された。ただ粛清といっても壊すことが全てじゃないさ。例えば、世間から隠して完全に外との関わりを断たせたりね」
「いるんだな、そんな状況のやつが」
「まあね。人のコピー品を作れるような天才……それも自分とは何もかもが違うコンソルジャーのね。そんな天才を壊してしまっては学会も痛手だろう?」
俺のコピーを作った天才、きっといつか対面することになるであろう鬼才。
「そいつから粛清のことを聞いたんだな」
「聞いたというか、聞き耳を立てたというか。実際に接触はしていないよ。そもそも出来るような状態でもないね」
ゴーストノートの特技は認識を阻むこと。特にそれはアディサリ特攻であり、コンソルジャーかプラグインのアナライザーでしか見破れない。その天才が隠されている部屋まで、まるで媒介を渡る音波のように近づくことができたのだろう。
「お前が学会に潜入していた時、他に得た情報はないのか?」
「依頼内容が君の複製品と粛清に関することだったからね。大きな情報を得たも同然だったし、その二つ以外は得ずに急いで撤収しちゃった」
その粛清とやらは相当大きな事件性を秘めているようだ。依頼主は粛清のことについて知っている存在を消したいのか、学会を揺するために使いたいのかは定かではない。
「あの時、禁忌って言ってただろ。何が禁忌なんだ?まさか人でも造ったのか?」
「え?俺はそうだと思ってたけど……」
「アディサリが、コンソルジャーを?それで患者の治療ができるってか?いくら何でも無理があるだろ」
無理だ。治療は性能と機能だけで完結しない。もっと、もっと感情的な部分が関与する。そこをアディサリの狂者が理解できるとは到底思えない。例え高性能なAIが現れたとしても俺といくつもの対話でもしない限り厳しいだろう。
「ごめん、正直なところ詳しくはわからない。ハハ。ただ例の天才がポロポロ零してた言葉を組み立てたらそうなったんだよ」
ゴーストノートは両手をひらひらと揺らして笑った。なんだその適当さはと問い詰めたくなったところでやつはある音声データを再生した。
「はあ、私は、私は、なぜ」
「コピー3……」
「いつ、……う。なぜあの日、あんなことを、禁忌に手を、コピー3はまだ稼働しているのか」
「お願いだ、はやく壊れてくれ、頼む、頼む」
「眠れない、皆の顔が、うう」
「明日は粛清の日からもう……年、皆すまない、許してくれ、ひ、ひ」
「早く解放してくれ、誰か、誰か」
音声はここで終わっていた。
「このコピー3が俺の複製品ってことなのか」
「おそらくね。それはこれを聞いたらわかると思う」
ゴーストノートは別のデータを再生した。
「コピー3の状況はどうだ」
「成果物を聴いた限りじゃ、劣化が激しくなっていると思う」
「新規でコピーを制作しちゃダメなのか?」
「それなんだが、コンソルジャーそのものを捕獲する話が出てる。最近スラムに出現してるんだってな」
「そうか……もしかすると予算が厳しいのかもな。事務の子と話した感じ、そういう訳でもなさそうだったんだけどな」
なぜこの研究員たちコピー3について知ってるのに粛清されていないのだろうか。事務の子などと言っており、どうも外界と断絶してる雰囲気を感じさせない。そう思い再度その音声データを聞いてみると、彼らからコピー3についての厳密な言及がされていないことに気付いた。ただ成果物が劣化しているという情報と、そのせいでコンソルジャーの捕獲が会議か何かに上がってきていること、これだけだ。さらに予算に関してはただの憶測だ。本部が現場を知らない、そんな風に見える。コピー3を設置している施設を見てみないと何も断定できない。
「俺が動いてんのが筒抜けじゃねぇか。これお前が原因だろ」
「さあ……」
はぐらかすゴーストノートをじっと見ると、彼はよしてくれともう一つ音声データを再生した。
「これで最後だよ。おまけね」
「女王よ、私は、私は」
「ジョオ……?ジョオって何だ?」
「女王、ね。都市の記憶によれば国を統治する女性のことを指すらしいけど」
ならば一体、"何"の女王なのか。謎から謎が生み出されはしたが、ひとまず粛清というもの自体は非常に秘密裏に進められたと推測できるくらいには情報を得ることができた。
しかしこれは迷路の一つ目の分岐が正しいものなのだと理解できた程度なのだろう。まだ入り口に立っているのと変わらない。
なのに、俺は泥沼のような場所で
既に溺れていた。
重力を特定の位置に配置ってどうすんねん!!と思いますが、この世界はすっごいファンタジーなのでブラックホールを扱えたことにします。




