劣化ロストサウンド2
アディスフォリッジを迎え撃つ準備を終わらせてじっと待っていると、モーグがその分かり辛い表情を少し不安そうに歪めた。
「マスクはしなくていいのか?」
「あいつらにはもう顔が割れてる。むしろ俺が本当にいると視覚的に分かった方がいい」
少し時間が経ち、二人分の音をコンソールが掴み始めた。二人……俺も十分怠惰的だったのだろう。スラムの時も、学会へ連行される時も大して状況が変わらないと抵抗心を抑え込んでいたため、相手側からするとすんなり捕獲できたと思ってしまっていても可笑しくない。アディスフォリッジはたったの二人でいとも簡単にコンソルジャーという生き物を捕獲できると勘違いを起こしている。
目に付きやすいよう不可逆構造空間の前でアディスフォリッジの組織員二人を待っていると、M型とF型が所定の位置に到達した。周囲にコンプレッサーを展開し、いつ何時でも彼らの音を抑圧できる空間を作った。ただ、コンプレッサーだけでどうにかできるほど彼らは弱くはない。
「ようクソ野郎ども」
「……!」
「ゴーストノート……寝返ったな」
あたかも予見していたという反応を見せてやり、二人は同時に気づく。それでよかった。こちらも二人をアディスフォリッジの本拠地にただただ返す予定でない。
「流石に察しがいいな」
二人はすかさず音をこちらに発射してきたが、コンプレッサーで防ぐ。絶えず次の攻撃を向けてくるが、それも全て防いだ。この日のためにロストプラグインにこそ劣るがコンプレッサーとイコライザーを増やしてきたのだ。ただ俺がやりたいのは防御だけではなく迎撃だ。これで終わらせるつもりはない。
「攻撃が通らない」
音を完全に塞ぎきるのには時間がかかる。体に切り傷が増えてきているから、少しは通っているのだ。しかし決定打が足りない、そう思っているのだろう。
F型がM型に音を送り込み、最大出力で繰り出そうと準備をしている。流石にもうこちらのコンプレッサーが足りない。急いで彼らの複合音を解析した。
「Fast Fourier Transform_f_n = n \cdot f_1 \quad (n = 1,2,3,4,\dots)……なんだこのノイズ成分」
アディスフォリッジの二人の複合波形から、何か既視感を得た。
「そうか、あんたらのうち、どっちかが……」
すぐさま解析結果をテルムとモーグに送り、同じ波形を組み立ててもらう。少ししてテルムからあの二人と同じでかつ鏡写しの波形ができたと通信が届いた。
「これで終わりだ」
M型の方がそう呟いた。手をこちらに向けて音を発射するその瞬間も俺は表情を変えなかった。この余裕ぶりを不審に思ったことだろう。
「今だ」
「届け!」
テルムのいる方角のコンプレッサーを閉じ、組織員の二人から発射された音と"全く同じ、鏡写しの複合波形"をぶつけた。
「なっ音が消えた!」
組織員の二人は大層驚いている。何しろどこからか分からないが飛び出してきた複合波形で自分たちの音を消されてしまったのだから。
「逆位相だ!どこかに遠距離の敵がいる」
M型の方はすぐに何をされたのか気が付いたようだ。他に敵がいると分かったからか、急に背後が心配になったらしくあたりを見回している。
「……兄さん、こうなったら音は無駄だ!」
「……」
撤退するか続行するか迷っているようだが、この二人は間違いなく続行する。そう確信していた。なぜなら、二人のうち一人は感染者だからだ。さて、そろそろ三人で苦労して見つけたあの鉄網が役立つ頃だろうか。
M型が予備動作なく噂の兵器とやらをこちらに向けて発射した。それを見逃さず、鉄網を広げて受け止めた。
「そんな」
アディスフォリッジの新兵器はマイクロ波を扱う。しかしマイクロ波は小さな網目を通ることができない。本来全身にでも浴びれば活動停止は免れないが、受け止めさえ出来ればこちらのものだ。自分たちのとっておきまでをも弾かれてしまい、打つ手がなくなった二人を背後からテルムの兵器が狙う。
「MONARK」
強烈な音に充てられ組織員の二人はショートした。数十分後には復活するだろう。
ーーーー
ーー
ー
「おはよう」
「うっ……。!?」
拘束されていることにやっと気付いたのか、組織員の2人は自分の身体の状態を懸命に見ていた。
テルムとモーグにはまだ潜んでもらっている。2人は学会所属なのだ。例え敵対だとしてもアディスフォリッジと接触したという過去を知られるとそれは汚点へと変わる。
表情こそ焦ってはいたが、組織員の2人は何も喋らない。沈黙を破ったのは静かに口を開いた俺だ。
「俺の指示通り動くか、今ここでそこの奈落に落ちるか、選んでくれ」
そう言って背後の奈落を指差した。底に何がいるかはきっと察しているだろう。
「組織を敵に回せってのか!?」
その覚悟も無いというのに俺のことを捕獲しようとしていたのだろうか。随分と都合がよすぎる。目の前で焦る2人のことを冷たい目でじっと見つめると、こちらが本気であると伝わったようだ。
「……何をすればいい」
「簡単な話だ。俺の捕獲計画を遅延させろ。それから過去に博音学会と共同研究を行ってたそうじゃぇねか。それについても全部俺に話せ」
どうせなら学会の弱みを握りたい。今ゴーストノートにアディスフォリッジを探らせるのは得策ではないし、"土地勘"というものも流石にこの2人の方が上だ。
「ウっ、ウう」
「!」
F型が苦しみだした。これは音割れ病の症状で、苦しみ方からしてかなり進行していると判断していいだろう。
「おい!大丈夫か?しっかりしろ!」
M型は不安そうにF型を見て、藁にもすがる思いでなのか、急遽事情を話し始めた。
「あんたを捕まえて学会に売れば大金が手に入る。その金で天然のロストサウンドを手に入れる算段だった。学会のは質が良くない。天然のものが必要だったんだ」
テルムとモーグは遠くで通信伝いにこの言葉を聞いて動揺していることだろう。
「…………はぁ、つくづく俺のことは人として見れねぇんだな。ほら音貸せ」
「え?」
「俺に音突っ込めって言ってんだよ、さっさとしろ」
F型はおずおずと音を繋いだ。
「質が悪い、ね。確かにその通りだな」
「あいつら、治療するって言う割に最近は質の悪い方まで値上げしているもんだから手が届かないんだ」
「最近は……?なるほどな、音狩りが増えたのか」
音狩りはロストサウンドを非公式で発掘する者たちのことを指す。ロストサウンドの需要があまりに急増したため、頻繁に発掘作業、そして盗難が行われたのだろう。学会は天然のロストサウンドという言葉を生み出すほどに質の悪いロストサウンド、つまりは質の悪い処方薬をどういう技術か作り出すことに成功し、普及させつつある。俺の複製品の定期治療では手に負えず、ということだろう。その根本的な原因はおそらくコンソルジャーが消息不明となり治療がロストサウンドとガタが来てる複製品頼りになったこと、つまりアディスフォリッジに所属する患者は自分で自分の首を絞めていたことになる。いいや、この2人は随分末端の地位だろう。上の奴らからしたらこれはマッチポンプとも言える。
「呆れて言葉も出ねぇ」
ため息を吐きながらF型の治療を行った。病の進行度具合は10あるうちの7で、アディスフォリッジに所属していはするものの大した報酬を得られず例の単価の低い、ではなく高くなりつつあるロストサウンドを手にしていると伺える。
「妹の状態はどうなんだ?」
「週に2回の治療が必要だな」
「2回だって…!?」
M型は顔を青くして言葉を詰まらせた。
「……いいか?アディスフォリッジの計画を遅延させて、学会との接点を探る。これをやるなら俺は治療を受け持つ。報酬も出そうじゃねぇか」
彼らのスタックを開かせて、前金として十分であろうBH(この世界の通貨)を仮送金した。
「さて、どっちにつく?」
逆位相の音を打ち消す性質ですが、ノイズキャンセリングイヤホンなんかが分かりやすいと思います。騒音を拾ってその波形の逆位相を出力してノイズを消しています。
BHはこの世界の通過に当たります。Bは2進数の松尾(Binary Deicmal)Hは16進数の松尾(Hexer Decimal)です。
DAW(作曲ソフト)に欠かせないMIDIは2進数と16進数で伝達されます。
マイクロ波はちっさい穴を通過できません。例えるなら電子レンジです。あれの蓋にはちっさい丸がたくさんあるかと思いますが、マイクロ波は電波がちっさい穴に引っかかって通過できないため穴は漏洩を防いでくれています。これを防げないと様々な機械に影響を及ぼしてしまいます。




