綻び3
「っ!どうしてここに……」
つい名前を呼んでしまいそうになったがプライバシーの関係から咄嗟に彼の名前を飲み込んだ。ソルは私の言葉を流してイリバーシブルの社員に近付いた。
「だ、誰ですか!?この空間は一般人が立ち入っては!」
「その空間はどうでもいい。だがあんたのさっきの言葉はイラつくんだよ自己正当勘違い野郎。俺は、そうやってしょうもねえことでわざわざ線引きしてわざわざ攻撃するやつがこの世で一番嫌いなんだよ」
「な、しかし感染者は」
「感染者感染者うるっせぇ!…………同じ状況にならねえと理解できないようだな」
そうしてソルはイリバーシブルの社員の足元にあの裏技を仕掛けた。空間が歪み、地面は急速に縦幅を縮め、底なしの状態にしてしまった。
「へ?」
社員は突如消えた地面に脳が追いつかず、ソルに腕を掴まれたことによって自身が奈落に落ちていないことに気付くまで数秒かかった。
「チッ……アディスフォリッジの奴らにこうしてやるためにここまで来たってのに。胸糞悪い言葉聞かせやがって」
「ど、どうなって」
「この座標の数階層下は病の温床なんだ。ユートピアがうようよいて、簡単に音割れ病になれるぜ。感染者を攻撃すんなら先ずはお前が同じ土俵に立たねえと」
「たすけて」
「イリバーシブルのやつを助ける?でも俺お前らのこと気に食わねえんだよな。俺とは別の奴だし。だから今この手を離したっていい、お前を侮辱したっていい。だってお前は、イリバーシブルの社員だから」
「わかった!謝罪する、謝罪しますから」
ソルはモーグのためにこうしてイリバーシブルを攻撃しているのではない。それもあるかもしれないが、自分がされてきたことを直接的に教えているのだ。
ソルに引き上げられて満身創痍といった表情の彼は混乱状態のままモーグに謝罪した。
「す、す、すまなかった、その、感染者だからと、なんども」
「あ、いや、わかってくれたらいいんです。あの、共同調査の件は事務局に連絡を入れておいてください」
ソルの迫真の脅し……もしかすると本気だったかもしれないが、モーグも彼がそこまでするとは思っていなかったのか、少し驚いている。イリバーシブルはモーグが謝罪を受け入れるとフラフラとそれでも逃げるような足取りでこの場から去っていった。モーグは社員の姿が見えなくなってからソルに礼を言った。
「ソル、さっきはありがとう。……。」
「……なんだよ」
「……」
「??」
ソルは黙り込むモーグを見て怪訝な顔になった。
「君は、……。いつも、あんな景色なのか」
「はっ、同じょ……いや、やめだ。さっきのこと、俺を重ねて見るんじゃねぇ」
ソルの言葉を理解するのに多少時間がかかったがモーグを見れば一目瞭然だった。モーグは、怒っていた。
「ソル、ありがとう。あのままじゃ平行線だったから……」
「ちょっとイライラしてただけだ」
「そう、なの?何か悩みがあるの?」
ソルは不思議そうな顔をした。何かが脳内を覆っているならそれを晴らすべきではないのだろうか。
「私もモーグも、根本的な解決には至れないかもしれないけど、話を聞くくらいならできるよ」
「俺の悩みを?聞くだって?」
どうしてそんな顔を?当然でしょうと、私もソルと同じような顔をしたからかソルは「恐れ入った」と少し笑った。
「は、はは……ほんと、驚かされるよあんたらには」
ソルは何か吹っ切れたような顔になり、こちらから目を逸らして考えこんだ。
「手伝って欲しいことがある。俺の悩みに直結する。ちゃんと報酬も出すから」
彼は借りを作るのをとことん嫌うようだ。それを報酬で完結させたいのだろう。でも私は――
「……学会の外で収益をあげちゃいけないんだ」
「こっそり貰っとけねぇのかよ」
「ダメだよ。でも手伝わせて」
「……………………じゃあ1つ借りにする。すぐに返す」
ソルと友人になりたかった。




