第9話 新人教育は私の仕事ではないのですが
眼帯越しでも、彼女が睨んでいることは声色でわかった。
「あなたには今日からヴァラシエル家政で働いていただきます。もちろん無給です」
「……ふざけているの? 罪人を雇う気?」
今度はハッキリと怒りを滲ませた声で、アリステリアは言う。
そんな彼女に、シルヴァは笑って向けられた怒りを跳ね飛ばす。
「あんたは身内を全員殺してしまった罪人、もはや貴族ですらない。そんな落ちぶれ貴族の末路が従者なんだ。なかなか粋な計らいだろう?」
――それに、とシルヴァは続ける。
「拒否権はないよ。悪いねぇ」
そう、心底悪そうな、そして楽しそうな笑みを浮かべて言った。
シルヴァの手には契約書がある。
既にアリステリアとの契約魔法を完了させているのだ。
それを見せられ、諦めがついたのか牢から出しても彼女は暴れることなく、大人しく付いて来た。
こうして私達はアリステリアをヴァラシエルへ連れていく。
――ああ。もちろん、魔法協会から出る時に拘束衣のままだと混乱を招くので、しっかりメイド服に着替えさせて。
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「――ということで今日からよろしく頼むよ。あ、これからの名前はアリスで通していく。元・令嬢だろうがバリバリ働いてもらうからね。そこのテレジアとは顔見知りだろう? 教育係だからしっかり言うことを聞くんだよ」
「「は?」」
私とアリステリアの声が重なった。
「ちょ、ちょっと待ってください。シルヴァ、今なんと?」
「アリステリアは今日からアリス・シエルだ」
「それはどうでもいいです」
「わたくしが言うのもすごくアレですが、人の名前をどうでもいいは酷くないです?」
「ふむ……? あんた達はこれから先輩後輩の仲になるんだ。顔見知りの方がなにかと都合がいいだろう?」
「いや、私たち一応は殺し合った仲なのですが。それに新人教育は私じゃなくてシルヴァの仕事では?」
ヴァラシエル家政のほとんどのメイドはシルヴァが指導している。
それを殺し合った仲の私が担当……?
魔獄でアリステリアが言っていたことをあなたにも言ってやりましょうか。
ふざけているの?と――。
「いやね、こんな老いぼれはふとした拍子に魔眼が発動したら即死さ。若くて一番頼りがいのあるテレジアが適任だと思わないかい?」
「このクソババア……」
私のついに漏れ出た「クソババア」も、シルヴァはカカカッと軽快に笑い飛ばしてしまう。
「じゃ、あとは若いモンでよろしく。あたしは事務処理があるからしばらく引きこもるよ」
笑ったあと、シルヴァはそう言って部屋に閉じこもった。
本当に最も面倒な仕事を押し付けてくれましたね……。
「……なんと言うか、あなたも大変なのね」
「えぇ。ですのでなるべく楽に終わるよう協力してくださいね」
「契約魔法で縛られているから、そもそも歯向かうことなんてできないわ。まぁそれをやる気もとっくに失せているけれど。それにしてもメイド服って案外動きやすいのね~」
「私と同じ、戦闘も視野に入れた特注服ですからね」
「へぇ…………へ? 戦う? わたくしも戦うんですの?」
あれだけ鉄剣を出しておいて今更なにを言うのかこの元お嬢様は。
「殺人の償いなんですよ。人を助けてこそでしょう」
そう言うと、「それもそうね」と案外素直に納得してくれた。
さて、話はこれくらいにして……教育係になったからには彼女にいろいろ教えていかなくてはならない。
けれど、その前に目をどうなかしなくては仕事にならない。
「アリステリア……っと、テリアは要りませんね。アリス、ひとまず目が見えるようにしてあげますから、私の腕に掴まりなさい」
「あら、いいのかしら? 何かの拍子で睨み殺しちゃうかもしれませんわよ」
「クソババアと違って即死しないので、その時はまた凍らせてあげます」
「ふふっ、怖いメイドさんですわね。うっかり後ろから剣を突き刺さないよう気を付けませんと」
年相応の――自然な笑みをこぼして、アリスは私の左腕に掴まる。
鉄剣を作り出せる魔力の反応はまるでなかった。
「今はあなたもメイドでしょう……」