第7話 再び列車に揺られまして
――冬が終わって、花が咲いた。
テオ様も魔法をある程度自由に使えるようになり、これで完全に依頼達成だ。
「これでお別れ……? また会える……?」
見送りに来てくれたテオ様は瞳に涙を浮かべる。
「テオ様が再び危険な状況に陥った時……あるいは独り立ちしてメイドを雇えるようになった時に、またお会いしましょう」
まぁ休日出勤は御免ですが。
「……わかった。次会う時は、テレジアを守れるくらいに強くなっておくよ!」
「それは頼もしい限りです。楽しみにしておきますね」
初めて会った頃に比べれば、もう随分と頼りになる男の子になりましたよ。
けれど、それを言うのは次に会う時だ。
彼の成長を近くで見れないのは少し残念だけど、楽しみがひとつ増えたのは喜ばしい。
そうしているうちに、駅に魔導列車が到着する。
また数時間の列車旅だ。
「それでは、また」
「うん……! またね、テレジア」
■■■
――列車に身体を揺らしながら、私は窓の外を眺める。
目まぐるしく巡る景色は色鮮やかで悪くない。
『テレジア、ご苦労だったね』
鉄のゆりかごに身を任せ少し眠ろうかと思った矢先に、クソババアが通信魔法越しに労いの言葉を投げてきた。
労う気があるなら寝させてほしい。
「シルヴァ。今回の件、魔法協会からも依頼されていましたね?」
『バレていたか。あぁその通り。キリオス卿が依頼してくる少し前、アリステリア・デスティエルに魔眼があると確信したジジイ共が依頼してきた。内容はアリステリアの殺害処分。あんたを指名していたよ』
「殺害処分とは……また物騒ですね。結局彼女の魔眼の正体は分からずじまいでしたが、一体なんだったのですか?」
アリステリアの土魔法は強力だったがさして珍しいものではない。
剣で斬られた外傷を医師が見抜けないはずがないのだ。
だから、テオ様のご両親とキリオス卿の奥様を死因不明に陥らせたのは彼女の魔法ではなく、魔眼の能力だと私は踏んでいる。
『死を引っ張る魔眼だ』
「は……? 死を、引っ張る?」
思わず聞き返してしまった。
だって、いくらなんでもデタラメが過ぎるだろう。
『あぁ。人は……いや生物である限り、必ず死は訪れるものだ。抗えない運命……生まれながらの宿命だね』
「彼女の魔眼は、それを……引っ張るのですか?」
『引っ張ると言っても綱引きみたいなことではないよ。遥か未来に位置する死を、現在まで持ってくる。強制的に寿命を迎えさせるのさ』
そんなもの、防ぎようがないじゃないか。
確かにそれなら医師も見抜けない。
『即効性がなかったのが幸いだ。まぁ、もしあんたがアリステリア拘束に手こずっていたらとっくに死んでいただろうね』
「死がやって来る前に封じ込められたから、無事でいられたわけですね……」
もう少し遅ければ、死んでいた。
そんな気配はまるで無かったのに、私はアリステリアに会ってからずっと心臓を撫でられていたということになる。
なかなかゾッとする話だ。
「……それで、彼女は今どこに?」
『おや、気になるのかい? 珍しい。終わったものに興味を持つなんて』
「……アリステリアは生まれつきの魔眼で家族から邪険に扱われていたようですし、彼女の狂気的な行動も魔蝕症が原因です」
『案外、あんたにも情があるんだね』
「私の感情はともかく、キリオス卿から彼女にはきちんと罪を償わせてほしいと頼まれていますので。……というか私をなんだと思ってるんですか」
『クソ生意気な娘だよ。まぁ安心しろとは言えないが、アリステリアは生きているよ』
「そうですか」
『あんたが殺さず凍りつかせたおかげで殺害処分から研究対象に変わったのさ。魔眼の能力がここまで詳しくわかったのもそれのおかげだね』
――けれど、彼女はまた閉じ込められてしまった。
彼女自身が嫌っていたその目のせいで、人生を狂わされて。
「……シルヴァ。マグナルカスは正式に依頼してきたんですよね」
『そうだね』
「では、当然報酬はいただけるのですよね?」
『そうだねぇ。うちのエリートを使ったんだから、しっかり報酬を貰っておかないとね』
シルヴァの声がややトーンを上げる。
『しかも殺すより難しい捕縛に成功したんだ。それ相応の物は貰わないとフェアじゃない。テレジア、あんたの手柄だよ。さあ、なにを獲る?』
「私が休日出勤する羽目になるのも人手不足が原因ですし、ちょうど良さげな人材を迎え入れるのはどうですか?」
『イイねぇ! あたしもそろそろ人手が欲しいと思っていたところだ』
「マグナルカスにはアリステリア・デスティエルの身柄をヴァラシエル家政で預かるとお伝えください。うちに無償で働かせて、きちんと罪を償わせましょう」
『ククッ、ジジイ共の嫌そうな顔が目に浮かぶ。任せておきな。あんたは列車旅を満喫していればいいさ』
「そうさせてもらいます。あ、お土産なにがいいです? 途中の駅で美味しい茶菓子がいろいろ売ってるんです」
『ほぉ……? そうだねぇ……それじゃあチーズケーキを頼むよ。報告書を見た時から気になってたんだ』
「血糖値上がりますよ?」
『たまにはいいだろう?』
――こうして私は列車に揺られ、ヴァラシエルに戻る。
またいつか会う約束と、手土産のチーズケーキを持って。
そして、また面倒な依頼が来ないことを祈って――。
第1章いかがでしたでしょうか!
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