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第6話 魔法がちょっと得意なメイドですので


 ――招待状が届いた日、シルヴァから事前に聞かされた情報はたった一人……アリステリアのものだけだった。

 シルヴァはもう気付いていたのだろう。

 代々優秀な魔法使いを輩出してきたデスティエル家が隠してきた秘密。

 もっと言えば……アリステリア・デスティエルが抱える、得体の知れない存在に。


 デスティエル家は魔法使いの家系だ。

 より優秀な魔法使いが産まれるよう、見合いには魔力が高い貴族ばかり選ばれている。

 その甲斐あって生まれながらに高い魔力を持つ赤子が誕生したようだが、良いことばかりではなかった。


「――異常なまでの魔力反応……あなたの目、魔力で変質していますね」


 重なり盾を形成する鉄剣に身を隠すアリステリアに、私は目を凝らしながら言う。

 彼女が発する魔力のオーラは視界に収まりきらないほど膨れ上がっていた。

 その核となっているのが、深海のようなあの瞳。


 ――《魔眼》だ。


 濃い魔力に侵された人体はどこかに異常が現れる。

 魔蝕症とも呼ばれるその現象は、魔法の効果を全く別の結果にしてしまうという不確定要素をもたらす。

 魔法使いの家系は独自で魔法の研究をしている者が多いため、この不確定要素を特に嫌う。

 もしもその異常が《魔眼》に変質すれば、その目にはなんらかの魔法的能力が発現することになる。


「えぇ、そうなの。わたくしの目はとってもおかしいのよ。醜く澱んだ深海色の瞳……生まれた時からずーっとわたくしはおかしな人間だったのですわ」


 ギロリと向けられた目に睨まれると、冬の寒さとは違う悪寒が背筋をなぞる。


「もはや人間ですらないのかも。そうよね、紛いなりにも家族をしていた人間を殺して、悦び、肉塊を踏みにじって愉しんでいるのですから」


 そう言うと彼女は鉄剣盾から身を出すことなく、剣を魔法陣から射出して攻撃を仕掛けてきた。

 こちらも氷の盾で防ぐ。


「でもね。怪物になってもいいって思えたの。苦しむくらいならいっそ全部解き放ってしまおうって、そう思えたのよ、テオくん♡」


 アリステリアは続ける。


「二年前の交流会で初めて君に出逢った時、君はわたくしを真っ直ぐ見てくれた……忌み嫌われたこの目を君だけが見てくれたの……それがたとえ親を殺された恐怖からなる視線だったとしても、わたくしは嬉しかった。わたくしの目を見てくれる人がまだこの世に居たんだって♡」


 自身の手元に剣を作り出し、人差し指で刃をなぞったアリステリアは滴る血を舐めとる。

 その行動の意味は魔法使いであれば誰もが知っていた。

 自身の血を代償に魔法を強化する魔法。


「だからテオくん! わたくしは君を手に入れる! ずっと傍に居てほしいっ! ずっとわたくしを見ていてほしいからっ!」


 血によって強化された鉄剣を生成する魔法は、魔蝕症の症状によりイレギュラーに変質。

 その場にある()()()()()()()()()()()()し、()()()()()()()()()()()()()となった。


「俺の氷剣まで取り込むのか!?」


 キリオス卿の氷剣をも取り込み、ついに出来上がった大剣を手にしたアリステリアは背後の屋敷――自身が生まれ育ったその家を輪切りにして、口角を引き上げた。


「【剣を大剣に変える魔法(アイゼンシャフト)】」


 大剣が振り下ろされる。

 剣技も何もない、ただ自重で落ちてくるだけの剣。

 たったそれだけで、デスティエル邸の広大な庭に亀裂を作ってしまった。


「……テオ様は?!」


 しまった、分断された。

 テオ様が一人、亀裂の向こうに取り残されている。


「さあ、テオくん……わたくしと一緒に来て」

「っ、【氷の鎖で縛る魔法(カテノフリーレ)】!」


 私が教えた氷属性の拘束魔法だ。

 あれから特訓を重ね、一人で発動できるようにはなったけど……。

 アリステリアは新たに作った鉄剣で氷を砕いて、歩みを再開させる。

 やはり魔力が足りない。

 アリステリアを止めるには完全に凍りつかせなくては。


「テレジア、ここから奴を凍らせられないか!?」

「無理でしょう。氷魔法は発生から目標到達まで少し時間がかかります。この距離的にも、アリステリアを凍らせる前に気付かれて避けられてしまいます」

「……俺の魔力を使っても駄目か?」

「…………」


 消費する魔力が多ければ、それだけ威力は上がる。

 もちろん凍結速度も。

 でも、冷気は下へと落ちるものだ。

 亀裂によって阻まれている今、冷気が向こう側へ届くのにはやはりどうしても時間がかかる。

 テオ様の魔力も(じき)に尽きる。

 いま必要なのは、速度。

 亀裂をものともしないような魔法。

 そうなると……少々強引になるけれど、あれをやるしかない。


「……火を使います」

「火……だと?」

「熱は上昇するものです。亀裂の影響を受けない。氷よりも発生が速く、燃焼速度も速い」

「だ、だが……」

「お任せください。あなたの魔力と、血をいただければ必ずテオ様を救ってみせましょう」

「俺の血を……?」


 少し考えようと顎に手を当てたキリオス卿だったが、すぐに考えるのをやめた。


「俺の剣では届かない。やれるならやってくれ」

「かしこまりました」


 ――足元の雪がじわりと解ける。


「【氷の剣を作る魔法(アイスシュヴェルト)】」


 氷で出来た短剣で自身の指を切ったキリオス卿は、その指を差し出してくる。


「テオを頼んだぞ」

「もちろんでございます」


 その血を舐めとり、私は炎魔法を強化させた。

 加えて、キリオス卿の魔力も根こそぎ持っていく。


「――――【|竜の息吹で焼き払う魔法ドラッヘンフォイア】」


 業火は亀裂を悠々と越え、アリステリアに直撃する。


「うあっ……ぁあッ!? こんな、炎で……ッわたくしは止まらない……剣も熔けやしないッ!」


 そうでしょうね。

 火だるまになりながらもその固い意思は燃えることなく、アリステリアは火を掻き消そうと大剣を振り回す。

 しかし、斬られたところから温度を上げれば、炎の檻は維持される。

 でも、このまま炎を放出していては延焼してテオ様まで焼けてしまう。

 だからこそ、キリオス卿の血をいただいたのだ。


「アリステリア……今は眠りなさい」


 氷魔法が得意なキリオス卿の血には、その属性因子が含まれる。

 これはキリオス卿の魔力よりも濃い因子だ。

 私は炎魔法にそれを使用した。

 つまりこの業火は氷属性因子を持つ。

 であれば、可能だ。


「〝()()()()〟――」

「なっ――――!?」


 刹那、燃え盛る業火は白い冷気を纏った氷塊となる。

 ゴウゴウと音を立てていた炎はもう火の粉だってありやしない。

 氷の牢獄と化し、アリステリアは完全に凍りついた。


「属性反転……それが出来るほど魔力操作に長けていたのか…………テオ! 無事か!」


 キリオス卿は亀裂に氷の橋を作り、向こう側で座り込んでいたテオ様に駆け寄る。

 それと時を同じくして、しんと静まり返った寒空の下、大剣が消滅し、どうやらアリステリアの意識は完全に眠ったようだ。

 さすがに少し強引が過ぎたか。

 まぁ……テオ様の呆けた顔を見るになんともないようだし、これが最善だったと思うことにしよう。


「……任務完了ですね。あまり気持ちの良いものではありませんでしたが」

「テレジア……君は本当に、メイド……なのか?」

「メイドですよ。もっとも単なるメイドではなく、『魔法がちょっと得意な』という肩書き付きですけどね」

「ちょっと……?」


 この回答はお気に召さなかったか。


「……ヴァラシエル家政とマグナルカス魔法協会は協力関係にあります。こういった事件を解決するために派遣されることもあるんです。今回はなかなか骨が折れましたけど」

「そうか、通りで出来すぎるメイドが来たわけだ」


 キリオス卿は苦笑する。

 張り詰めていた緊張を解き、フッと息を吐いた。


「……妻を殺され、復讐心が無いわけではない。が、それは僕の個人的な感情だ。それに殺してしまってはそれっきりで終わってしまう。彼女にはちゃんと罪を償ってもらいたい」


 氷に閉じ込められたアリステリアを見つめながら、キリオス卿はそう言った。


「かしこまりました。必ず、罪を償わせます」

「ああ、頼むよ。魔法メイドさん」

「はい。いや……あの、その呼び方はどうかと…………」


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