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第5話 悪役令嬢に出迎えられまして


『あぁ、アレンフォード卿は第二級魔法使いの資格を持つよ。その妻も生まれながらに魔力操作が得意だったらしい。そんな二人から産まれた子だ。あんたが驚くほどの魔法の才能があっても不思議じゃないね』


 通信魔法の魔法陣から聞こえてくるシルヴァの声は、えらく淡々としていた。


『しかし、そんな男が本当に殺されていたとはねぇ』

「はぁ~……シルヴァ、こうなることがわかっていましたね……?」

『魔法協会のジジイどもが貴重な魔法使いが失われたと騒いでいたからね。それに熟練の魔法使いを殺せる人間なんてそうは居ない。ただの事故死なら、楽な仕事だったんだけどねぇ』


 シルヴァのため息が魔法陣越しに聞こえてくる。

 魔法は実力差がありすぎるとその正体を見破ることが困難になってくる。

 医師の多くは第三、第四級の資格を持つが、これは魔物による呪いや冒険者の魔法と同じレベルだ。

 たとえば第一級の魔法使いが天災級の魔法を使用しても、詠唱するところを見ていない限りどんな魔法が使われたか調べる(すべ)はない。

 だから、魔法による殺人は『死因不明』として迷宮入りしやすい。


『まぁ残念ながら、やはりあんた向きの仕事だったわけだ』

「えぇ、残念ながら今回もシルヴァの慧眼が機能してしまいましたね」


 占い師でもやった方が儲かるんじゃないか、このオババ。


「シルヴァ、確か二年前の冬……二人が亡くなった日の前日には貴族同士のパーティーがあったそうですね」


 交流を深めるのが目的のパーティーは毎年のように開催されている。

 パーティー会場はくじ引きで決まり、前年は王宮で行われた。


『あぁ、二年前の交流会は確かデスティエル家の屋敷で行われていたね。あぁ……既に調べは済んでいるよ』


 ――通信を終え、足早にテオ様の元へ向かいながら敵の顔を脳裏に浮かべる。

 アレンフォード卿らを殺し、第三~第四級魔法使いの資格を持つ医師の目を欺き、死因不明で迷宮入りさせた犯人……。

 そして、殺害にしようした魔法の種別は、一体なんなのか……。


「テレジア、そんな物騒な顔でテオに会うつもりかい」

「……! キリオス卿……申し訳ございません、少し気が立っておりました」

「無理もない。今しがた僕も同じ顔をしていたところだ」

「……なにかあったのですか」


 キリオス卿の目が初めて会った時よりも鋭くなるのを感じた。

 考えたくはないが、先程の通信で話しながら思ったことがある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――と。


「君もメイドだ。貴族同士の交流会があることは知っているだろう」

「はい、前年は王宮で行われたそうですね。それは豪勢なものだったとか」

「まあ、パーティーに良い思い出は無いが……おっと、今のは不敬だったな。聞かなかったことにしてくれ」

「承知しました……それで、その封筒はもしや……」


 キリオス卿の手に握りしめられている白い封筒。

 くしゃくしゃになっていて、いやでも目に付く。


「ご明察。パーティーの招待状だよ」

「日程と場所をお伺いしても?」

「……()()()()()()()()()()()()


 嫌な予感は的中した。



  ■■■



 ……パーティー当日。

 昨晩振り積もった雪を押し退け、馬車はとまる。


「――到着です。しかし、パーティーだと言うのになんだか物静かですね」


 馬車を運転していた使用人がそう奇妙に思うのも無理はない。

 他に招待されたはずの貴族がどこにも見当たらないのだ。

 そんな寂寞としたデスティエル邸の門が、ギシギシと音を立てて開かれる。

 ……が、門を開けたのは屋敷の使用人ではなく。


「いらっしゃいませ~♪ キリオス様、そして……テオくん♡」


 現れたのは、漆黒の髪をした若い女性。

 陽の光を知らぬ真っ白な肌に黒いドレスを着せた姿は、まるで幽霊屋敷に鎮座するよく出来た人形のよう。

 しかし、なによりゾッとしたのは、落ちてしまいそうになるほど深い……あの深海のような瞳だ。

 テオ様は真っ青な顔をして、私のスカートの裾を握りしめていた。

 この異様な空気に気付いたのか、キリオス卿がテオ様を隠すように一歩前へ。


「これはこれは、アリステリア様ではありませんか。まさか伯爵令嬢みずからお出迎えとは、いや、幸福とはこのことを言うのでしょうか」

「あらあらイヤだわキリオス様。そんな心にも思ってないことを言われても……」


 その瞬間、彼女の口角が釣り上がる。


「おなかの奥がゾクゾクしてしまいます♡」


 黒の魔法使いは自身の細い指で下腹部を撫で、妖艶な笑みを浮かべた。

 魔法使いの名家、デスティエル家の伯爵令嬢――アリステリア・デスティエル。

 対面して理解した。

 彼女は、狂っている。


「テオくん、また逢えて嬉しいわ。女の人が怖いと聞いていたけど……素敵なメイドさんが居るのね♪」

「……っ」


 テオ様の怖がりようは尋常ではない。

 獰猛な獣に見つかってしまった小動物のようだ。

 私と初めて会った時でもこれほど震えてはいなかった。


「お初にお目にかかります。テオ様の教育係のテレジアと申します。アリステリア様、ひとつお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「あらあら、なにかしら。なんでも言ってちょうだい? いま屋敷には誰も居ませんから、わたくしがおもてなしさせていただきますわ♪」

「……そんなはずはないでしょう。居ますよ、居たはずです。デスティエルは大勢の使用人を雇っていました。ご家族も、ご両親の他に姉が二人と妹が一人いらっしゃったはず……この血の臭いはいったいなんですか?」


 シルヴァが一晩で調べてくれたが、肝心の不審死させた魔法については分からずじまいだった。

 これから暴くしかない。


「へぇ~、詳しいのねぇ~♪」


 笑みを崩さないアリステリアは、首を傾げて頬に手を添える。


「揃いも揃ってわたくしに『馬鹿なことはやめろ』などと申してくれましたので、やめて差し上げましたの。()()……と言うものを」


 何を言っているのか、その場の全員が直感する。

 屋敷にはもう、本当に、()()()()()のだ。

 すると、彼女の異様性、異常性に気圧された使用人が馬車に乗り込む。


「き、キリオス卿、皆様っ、戻りましょう! ここに居てはマズ――」


 ――後の言葉は、血の雨音に変わってしまった。

 使用人は喉元に深く突き刺さったナイフを取ろうともがくが、柄に手を触れた頃には死んでいた。

 その異変に馬も気付き、暴れて雪泥を撒き散らす。


「なにが、マズいのです? せっかくご招待して、ここまでご足労をおかけしたのに……もう帰ってしまうなんて寂しいじゃありませんか……」

「他の貴族はどうした。招待されていたはずだ。彼らも殺したのか」

「あらキリオス様、騎士が乙女に剣を向けるので?」

「それだけの魔力を放出しておいて何を言ってる。()の質問に答えろ。片腕だろうが首くらいなら落とせるぞ」


 使用人を殺され、怒りを滲ませた声が吐き出される。

 キリオス卿が刃を向ける、それだけで辺り一帯が戦場と化した気がした。

 ――いや、実際ここは戦場だ。


「安心なさって? 他の人なんて邪魔なだけですから、そもそも呼んでいませんわ。わたくしがご招待したのはロスティフ家だけ……もっと言えば、テオくんだけですもの!」


 アリステリアの高揚した声と共に、暴れていた馬から()()()()()

 数え切れないほどの鉄剣が馬の内臓を破り、肉を抉り、皮を裂いて、瞬く間に肉片へと姿を変えたのだ。

 不揃いな剣の刃が互いを削り合い、金属特有の耳障りな甲高い音が響く。

 これは、土属性の魔法で金属を生成したか。

 魔法の効果を馬の体内に限定する精密さ、結晶を剣の形にする創造性……実力はキリオス卿に劣らない。


「さあっ! パーティーを始めましょうっ!」


 そうしてアリステリア・デスティエルは魔法陣を展開し、嬉々としてパーティーの開幕を宣言するのだった。


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