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第4話 雪が降り始めまして


 テオ様はみるみるうちに魔法を習得していった。

 キリオス卿によれば、剣の稽古も一度手本を見せたきりで教えたことはないらしい。

 この傷だらけの木人形は、その時の技をずっと繰り返してきた証だろう。


「溜めて、放つ……っ!」


 魔力を溜めたテオ様は、慣れたように魔法を放つ。

 超局所的な吹雪が木人形を吹き飛ばした。

 もう威力と範囲のコントロールは正確にできるようになっている。

 ……いや、範囲はまだまだ詰めが甘いか。

 私のスカートがめくれ上がって、それに気付いたテオ様は顔を真っ赤にして目元を隠した。


「ごめんテレジア……!」


 女性が苦手と言うわりには純粋な反応をしてくれる。

 案外そうでもないのか、私に慣れてきてくれたのか。

 そんなテオ様に少し愛おしさを感じてうっかり笑みがこぼれそうになるところを、コホンと一つ咳払いをしてごまかした。


「いえ、お構いなく。それより、二ヶ月足らずでかなり上達しましたね」

「ほ、ほんと!?」


 褒めれば、ぱぁっとまぶしい笑顔を見せてくれる。

 素直に喜んでくれるくらい打ち解けてきたのは嬉しい成長だ。


「この調子なら他の属性もすぐに習得できますよ」

「それはテレジアの教え方が上手いから……」

「お褒めいただき嬉しく思います。……あら、雪が」


 不意に空から雪の結晶が舞い降りてくる。

 これは先程の魔法によるものではなく、たった今降り始めた雪だ。

 季節はもう、冬になる。


「テオ様、今日はこのくらいにしてお部屋に戻りましょう」

「そうだね……俺、まだ読み終わってない本があるからそれを読むよ」

「では何か温かい飲み物をお持ちします。ご希望はありますか?」

「ココアがいいな。うんと甘いやつ!」

「かしこまりました。すぐお持ちしますね」


 粉雪が舞い降りるなか、私達は屋敷の中へ戻っていった。



  ■■■



 ――冬になると、暖房設備が整っていない屋敷は酷く寒い。

 窓の結露が凍りつき、薄氷を纏うことすらある。

 冬を越すための薪を総出で切るのが、秋頃にロスティフ邸で見られる行事だ。

 一番多く薪を作れた者には褒美に暖結晶を贈られる。

 これは水に浸すだけで熱を発する不思議な結晶で、冬の間はこれさえあれば部屋の中を暖かく保つことができる優れものだ。

 今年は若い使用人が頑張ったらしく、私を案内してくれたあの短髪くんが暖結晶を手に入れた。


 対して暖炉すらない私の部屋だが、温度調節は得意分野。

 一部屋を暖めるくらいは容易い。

 テオ様の部屋には暖炉があるけれど、寝ている間ずっと火を点けておくわけにもいかない。

 だからなのか、最近は私の部屋にやって来ることが多い。


「テレジア……その、寒いからこっちで寝ても……いい?」


 夜中に私の部屋に訪れてきたテオ様はパジャマ姿。

 自分の枕をぎゅっと抱きしめ、不安そうな瞳でこちらの様子を窺っていた。


「えぇ、今日は一段と冷えますからね。どうぞお入りください」


 寒いから、というのも理由の一つではあるだろう。

 でも、子供には広すぎるであろう部屋で一人毛布にくるまるのは、寂しさも感じたはずだ。

 私のベッドに枕を置き、潜り込んできたテオ様の髪を撫でる。

 養父であるキリオス卿には感謝や尊敬の念を抱いていて、甘える素振りすら見せないそうだ。

 なんだか少し勝った気がして、柄にもなく嬉しさでニヤけそうになる顔を必死に押し殺す。


「……テレジア」


 不意に名を呼ばれる。

 もしかしてバレた? ――なんて心配は、次の言葉で失せてしまう。


()()、冬は嫌いなんだ。父と母が亡くなった時のことを思い出すから」


 アレンフォード卿とレティー夫人のことだ。

 たしか二人は二年前の冬、同じ日に亡くなっている。


「あたたかい手でいつも撫でてくれてた二人の手が、雪みたいに冷たかった。こんなに冷たくなるんだって、すごく怖くなった」

「……だからあの時、私の手を心配していたのですね」

「うん。冷たいのは怖い……でも魔法を勉強して、それは結構克服できてきたんだよ。炎魔法ももうじき一人で使えるし……」

「そうなれば、もうこうして一緒には寝ていただけなさそうですね」


 少しだけ名残惜しくなって、私はテオ様に身体を寄せる。


「ど、どうしてもって言うなら……また一緒に寝てあげてもいいけど……」

「あら、嬉しいです。……そろそろ女性にも慣れてきましたか?」

「……! そ、そうかな……いや、たぶん……テレジアだから平気なんだ」

「もう、そんなに褒めても何も出ませんよ?」

「本当のことなんだから仕方ないよ……だって……みんながみんな同じことを考えているわけじゃないもんね」

「それはどういう意味でしょうか……?」


 テオ様は天井を見上げたまま、私の手を握りしめてくる。

 まるで、希望に(すが)るかのように。


「……二人は殺されたって言ったら、テレジアは信じてくれる?」


 そこでようやく、テオ様が恐れているものの正体がわかった気がした。

 二人というのは、テオ様のご両親だろう。

 その二人は死因不明、二年前の冬に意識不明で発見された。

 もしそれが誰かの手引きによるものだとすれば、事件性を帯びてくる。

 そして、事件を事故に見せかけることは、簡単かつバレにくい方法が無数に存在する。


「信じますとも。だって私はそのためにここへ来たのですから。いまは、安心しておやすみなさってください」


 寒さか、それとも思い出した恐怖か、震えるテオ様を抱きしめる。

 そうしていると、やがてすぅすぅと寝息が聞こえてきた。


「…………忙しくなりそうね」


 ……まぁ、私が呼ばれた理由なんて、これくらいしかない。

 本当に厄介な仕事を持ってきてくれました、あのクソババア。


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