第3話 魔法を教えることになりまして
魔物の被害が急激に減った近年、かつて魔物討伐をクエストとして冒険者に依頼していた各地の組織は、一つに統合された。
それが、国が魔法を取り締まるために創った《マグナルカス魔法協会》だ。
魔法は便利だけど、便利すぎる部分がある。
かつて魔物を殺すために多くの者が魔法を習得したけれど、魔物を殺せるということは、それだけ容易に人を殺めることができてしまう。
マグナルカスが創られたのも、魔物の脅威が減った今、次に脅威となるのは魔法だと考えてのことだろう。
そんなわけで、一般人の魔法使用はかなり制限されている。
多くの魔法を使うには、協会で試験に合格する必要があり、私はクソババアことシルヴァに「あんた魔力あるんだから魔法使いになっておきなさい。給料も上がるから」と言われて《第二級魔法使い》の資格を取得している。
おかげで氷魔法と炎魔法はそこそこ得意だ。
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――現在、昼過ぎ。
中庭の一角にある訓練場にて、私は魔力の色を見せながらテオ様に説明する。
「炎、水、氷、雷、風、土、聖、闇……様々な属性を持つ魔法があります。通信魔法や契約魔法など、属性分けできないものは総じて無属性に分類されますね。一応どの魔法も教えることができますが……どれになさいますか?」
「こ、氷がいいな……」
「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「えっと……キリオス兄さんは氷魔法が得意だったんだ。だから俺も、やってみたい」
「なるほど、では氷魔法から教えていきましょうか」
初めに教えたのは、相手を凍らせて足止めする魔法だ。
何かあった時、逃げる時間を稼げる。
燃費もいいから次の魔法を冷静に準備できるし、かなり重宝する。
私が訓練用の木人形に向けて魔法を撃つと、手のひらに集まっていた薄青っぽい光が氷となり、木人形を瞬く間に凍らせていく。
「これが氷魔法の基礎中の基礎。発動がそこそこ早く、魔力消費も控えめで、今使った魔法には敵の動きを鈍らせる効果があります」
「鈍らせるって、カッチカチに凍っているけど……」
「元は単純な移動制限魔法ですが、鍛錬を重ねればこうして完全凍結させることができるのです。もしもの時は逃げる時間を稼げるので、まずはこちらから学んでいきましょう」
「わ、わかった」
「あ。それと注意点。この魔法は触れると伝染して自分も凍ってしまいますので、触れないようお気をつけください」
「危なっ!?」
興味深そうに凍った木人形へ手を伸ばしていたテオ様は、風を切る勢いで手を引っ込めた。
「えぇ、魔法は便利ですが危険なものです。使い方を誤れば周囲の人を危険に晒し、自分自身も殺しかねない。現に……私の指に触れてみてください」
そう言うとテオ様はためらったので、私の方から手を握る。
これも女性慣れの一環だ。
「うわ……つめたっ」
「氷魔法のデメリットです。魔力の他、冷気を肌に感じるので体温が下がります。他の魔法でもそうですが、魔法が得意な者でも多少は魔法の影響を受けてしまいます」
すると、テオ様は少しだけ強く、まるで冷えた私の手を温めるように握り返してきた。
「い、痛くはないの……?」
驚いた。
女性が苦手と聞くわりには紳士的だ。
これまでの反応で分かってきたけど、女を邪険にしているわけではないのか。
「ご心配ありがとうございます。慣れてますので平気です。しかし初めて魔法を使うテオ様には酷ですので、こちらをお着けください」
「……これは、手袋?」
「魔導具の一種で、魔法に耐性があります。本当なら杖が好ましいのですが、少々……いえかなり値が張るのでキリオス卿におねだりしてください」
「そ、そっか……ありがとうテレジア」
「お着けして差し上げますね」
テオ様の小さな手に手袋をはめる。
先程、手を握り返された時も思ったけど、本当に剣の鍛錬を欠かさずしているんだと実感する。
少しカサついた肌、まだ12歳の少年なのにしっかりと筋肉を感じる角張った指、手のひらにはマメがいくつもできていて、紛うことなき剣士の手だ。
「今回は私の魔力を使って魔法を発動させてみましょう。感覚を掴んだら、自身や空間から魔力を集めることができますよ」
「わかった。やってみる」
木人形に手を向ける。
私は小さな背中に手を添える。
「ん……な、なんか熱い……っ」
「熱さの流動が魔力の流れです。落ち着いて、先ほど私が見せた魔法を思い出してください」
「思い出す……」
「魔法はイメージの世界です。魔力を感じ、現象を想像し、息を吐くように――」
――刹那、ゾッと背筋が凍りつく。
私の魔力が、半分以上持っていかれた。
魔法は想像したものの難度や規模が大きいほど魔力消費は激しくなる。
だから、目の前の光景に私は納得した。
訓練用の木人形は全て凍りつき、それどころか屋敷の外壁をも凍らせている。
氷塊は屋根よりも高く出現し、目に見えるほど濃い冷気が降り注ぐ。
子供の想像力を甘く見ていた。
テオ様にとって、私が見せた魔法はこれほど強力なものに見えていたのだ。
「あ、こ、これ怒られないかな……?」
「……怒られるかもしれませんね。ですが素晴らしいです。初めてでこの規模の魔法を成功させるとは思いませんでした」
だが、裏を返せばこれは過剰だ。
いまは蛇口を全開にすることでしか魔法を使えないのだろう。
「テオ様、今のは私の魔力だったので無事でしたが、テオ様が一人でこれをやろうとすれば一瞬で魔力切れを起こして気絶してしまいます」
「た、確かに……少し疲れた気がする」
「戦場では空間魔力は敵と奪い合いになります。枯渇すれば、次は自身の魔力量で勝負しなければなりません」
「自分の力量に見合った使い方をしなきゃいけないんだな……」
「えぇ、覚えが早くて助かります。次は先程より威力を抑えて使ってみましょう」
「うん……!」
――こうして日が暮れるまで、私はテオ様に魔法を教え続けた。
上達速度はこの一日で目を見張るものがある。
類稀なる魔法の才能。
本人の魔力量はこれから鍛えていけば増えていくだろう。
キリオス卿は彼の才能を見抜いて、魔法学を教えてやってくれと私に頼んだのだろうか。
だとすればシルヴァに負けず劣らずの慧眼だ。
■■■
「…………」
その日の夜、初日の業務を終えて自室の机に向かう。
手元にはテオ・ロスティフに関する資料がある。
テオ様の「キリオス兄さん」という呼び方が少し気になり、苦手な資料を読み直しているところだ。
そこで気付いたのは、テオ様はキリオス卿と直接的な血縁関係はないということ。
キリオス卿は婿入りする形でロスティフ家に入っている。
彼の義兄として、テオ様のお父上が居る形だ。
しかし、キリオス卿の妻も、テオ様のご両親も、いまは亡き人。
他に兄弟も居なかったようで、だからキリオス卿がテオ様を養子として迎え入れたのだろう。
が、そこはさして気になるような部分ではない。
気になるのは、三人の末路。
「フィリオ夫人……キリオス卿の奥様か。それにテオ様のご両親であるアレンフォード卿、レティー夫人……いずれも死因不明、か」
――確かにこれは、他のメイドでは務まらない案件かもしれないですね。