最終話 とある日の休日、とある孤児院にて。
葉も色付いてきた頃――私はたまの休日に珍しく早起きして、メイド服に着替える。
――あぁ、今回はシルヴァから連絡があったわけでもなければ、そうなると休日出勤というわけではなく。
ではなぜ休日にメイド服を着ているのかと聞かれれば、ただ外行きの服がこれくらいしかないだけで――。
「……行ってきます」
しばし無人になる我が家に向かってそう言い残し、私は外へ出るのだった。
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セシリアに寄生した瞳の魔物――不死蝶が現れた一件から、街中に騎士達の姿が見えるようになった。
キリオス卿から聞いた話ではしばらくは警備強化のためにパトロールをするらしい。
魔石を狙って駅に現れたから目撃者も多く、未だに『魔物が街に潜んでいる』という噂を耳にする。
事が完全に落ち着くのはまだ先になりそうだ。
――まぁ、シルヴァはそんな魔物よりもセシリアの件に苦労したようだった。
不死蝶に寄生されながらも生還し、その再生能力だけを身に宿したとなればセシリアは魔法使いにとって絶好の研究対象。
当然、再生能力を確かめるためにセシリアが傷付けられることなんてあってはならない。
シルヴァがマグナルカス魔法協会と『二種の魔眼を絶対管理・監視・制限する』契約を結んだことで、セシリアの安全は保証された。
これによりセシリアはシルヴァの管理下に置かれるので、便宜上はヴァラシエル家政のメイドになったことになる。
そんな新人メイドの初仕事は、新設された《ケルス孤児院》の管理。
イーグルス医院と協力し、魔蝕症の子でも受け入れている。
アリスもそこへ住み込みで働くことになったから、私の家はなぜだか前より少し広く感じるようになってしまった。
「――おはようございます……って、なにしてるんですか、アリス」
ケルス孤児院の庭で箒に跨っていたアリスを一瞥する。
「そ、その……少し前にですね? 絵本で見たのか子供達が空を飛ぶ魔法を教えてほしいとせがんできまして……試しに? ほら、わたくし一応は魔法使いの家系ですし」
「はぁ……あなたの大雑把な魔法で飛行なんて高度な技術できるものですか。鉄の翼でも作って羽ばたいてみては?」
「おかしなことを言いますのね。鉄は飛びませんわ」
「そうですね。箒も飛びませんよ」
私がそう言うとアリスは顔を真っ赤にして箒から下りた。
「でも人だって飛びませんわよね」
「それでもなんとか飛ぼうとするのが人ですよ。いつか……いえ、近いうちに飛行魔法も編み出されるんじゃないですかね」
私はチラリと横を見て言う。
その様子に、アリスも「確かに」と微笑む。
庭の広いところで、子供達の前で空中に立ってみせる少年の姿があった。
「テオにーちゃんスゲェ! 浮いてる!」
「どーやってるの!?」
瞳の奥をキラキラと輝かせる子供達に向かって、少年――テオ様は髪をちょろちょろと弄りながらはにかむ。
「氷の板に乗ってるだけって言ったら夢壊しちゃうかな……? 空気中の水分で薄い氷の板を作ってるんだ」
「氷なんて見えないよ? それに乗っても割れないの?」
「本当に薄いからね。それに氷と言っても魔法だから、魔力で補強し続ければジャンプしたって割れないよ」
そう言って氷で作られた不可視の階段を駆け上がってみるテオ様に、子供達は歓声を上げる。
「テオくん、もう四級なんですわよね」
「えぇ、来年には三級でしょうね」
本当に目まぐるしい成長をされている。
屋敷ではキリオス卿から直々に剣の指導を受け、イーグルス医院ではエルドルドの助手として手伝い、時間がある時は孤児院に顔を出しては子供達と遊んでくれている。
十数人と決して少なくない子供達をセシリアとアリスの二人だけで面倒を見るのは難しい。
それに、ロスティフ家の支援がなければ子供達にあたたかいご飯を食べさせてあげることはできなかった。
テオ様には感謝してもしきれない。
「あ、テレジア! 来てくれたのね!」
孤児院から子供達を連れて出てきたセシリアが、私の姿に気付くや否や大きく手を振る。
「おはようセシリア。元気そうね」
「ふふっ、テレジアは眠そうね?」
「眠そうな顔は生まれつきです」
「え~? そうかなぁ~?」
「そうですよ」
そう言うと、セシリアは腕を組んでじーっとこちらを見てくる。
「ん~仕方ないわね。今回はそういうことにしておいてあげます!」
「今回は、って……次があるんですか」
「もちろん。テレジアがちゃんと寝て、健康でいてくれないと困るもの!」
「わかった。次はしっかり寝てから来るから。そうね……お昼くらいまでは寝ておく」
「それは寝すぎ! みんな、このお姉ちゃんみたいにお昼までずーっと寝てちゃダメよ?」
寝れる時には寝た方がいい、と言っては教育に悪いだろうか。
「でもたくさん寝てるからテレジアおねえちゃんおっぱいおっきいんでしょー?」
「うん、わたしの方が大きいから見習うならわたしにしておこうねー」
「それもそっかー」
大切なのは胸の大きさじゃない、心の広さ。
私はセシリアと女の子のやり取りを心のせせらぎで流した。
「そろそろわたくし疲れてきたんですけど~! おしゃべりはそのくらいにして手伝ってほしいのだけど~!」
「そうね。それじゃあみんな~! 庭の落ち葉をアリスちゃんのところに集めましょう♪ たくさん集めたあとはー……なんと! テレジアが持ってきてくれたお芋を焼きま~す!」
私は転送魔法で魔法陣からさつまいもの袋を取り出し、子供達に見せる。
すると子供達は大きく歓声を上げ、走り出しては色付いた落ち葉を各々集め始めた。
「私は芋の用意をします。キッチン借りますね」
「テレジア、一人で大丈夫?」
「私を誰だと思ってるんですか。メイドですよ」
「あら。……じゃあ、メイドさんの実力をしっかり見させてもらうわね」
「……はい、見ていてください」
私達は同じ色の瞳で見つめ合う。
大変なことはあったけれど、こうしてセシリアがまた私を見てくれるようになったのは嬉しい。
「ちょっとそこ! なに二人だけの空間作ってるんですの! お昼まで時間はあまりありませんのに……! あとわたくしもテオくんと二人だけの空間作りたいですわっ!」
「まぁまぁ……俺もちゃんとアリスのこと見てるから」
「……え♡ あっ、そ、そう……? ふふっ……やっぱり君に見られるとそわそわしてしまいますわ♡ テレジア~♪ こっちはわたくしに任せて♪」
「はいはい、任せましたよ」
黄色い声を……いや、あれはピンク色の声だろうか。
ともかくアリスは頬を紅葉のように高揚させ、一心不乱に箒を振って落ち葉をかき集めていた。
ケルス孤児院最初の行事、焼き芋大会は上手くいきそうだ。
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子供達が集め、ふんわりとさせた落ち葉の山に火をつける。
みんなで火を囲み、やがて火が落ち着いてきた頃に用意した芋を投入。
焦げないようひっくり返しながらじんわりと焼き、頃合いを見て取り出した芋を分ける。
熱々の芋を剥くと、ホクホクとした黄金色が顔を覗かせた。
「……はふっ、はっ……ふおぁ、なにこれ! んまあっ!」
「はふっ、はふっ……ん~! あま~い♡」
ちょっぴり肌寒い風に当たりながらホクホクの焼き芋を頬張り、子供達は嬉しそうに笑っていた。
孤児院の庭で火を起こして、みんなが笑っている。
それだけでいい。それだけで、私は報われる。
「……おなかいっぱいです」
静かに微笑み、焼き芋をかじる。
あぁ、甘い。
こんな時間がもっと続けばいいのに。
……いいのに、見慣れた魔法陣が現れる。
『――テレジア。街に魔物が現れた。騎士団が対応しているが手こずっているらしいとキリオス卿から連絡を受けてね、報酬を出すから手伝ってやってくれとさ』
やはり、休日は突然に終わるのだ。
「わかりました、すぐに向かいます。セシリアは子供達をお願い」
「わかったわ。気を付けてね。三人とも」
……三人? と私は振り返る。
アリスとテオ様まで立ち上がり、それぞれ剣を生成していた。
「手を貸します。さっさと片付けてしまうに越したことはありませんわ」
「孤児院を襲う前に討伐しよう、テレジア」
「……えぇ、そうですね。それでは街の平穏を脅かす輩を懲らしめに行きましょうか」
私達は孤児院を背に、事件の元凶へ向かって走る。
もう二度と過去の惨劇を繰り返さないために。
さあ――――今日もお仕事、開始です。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
これにて完結後のおまけ追加章、閉幕です!
感想や評価などいただけると励みになります……!
それではまた次回作でお会いしましょう~! ノシ!




