第2話 ヴァラシエル家政の敏腕メイドですので
「どうやら君は、シルヴァの言っていたとおり優秀なメイドのようだね」
シルヴァとは私の上司、老眼銀髪クソババアである。
若いメイドを育成し、各所へ派遣させて飯を食っている《ヴァラシエル家政》のメイド(社)長だ。
正直ムカつくところもあるが、責任感が強くて尊敬できるところも……あるけど、それが余計に腹立たしい。
彼女はメイド達の育成を自ら行い、さらには依頼主との仲介役にもなっていて、私より働いている超仕事人間だ。
依頼内容にピッタリのメイドを選び、お客様を99%満足させる慧眼の持ち主でもある。
「シルヴァ・ローゼノルテの慧眼に賭けて、ご満足いただけるよう精一杯務めさせていただきます」
「あぁ、よろしく頼むよ」
キリオス卿は和やかに微笑みながら言う。
さっきまでの冷徹な雰囲気が嘘のようだ。
「そこのソファーに座るといい。依頼内容の再確認といこう」
「かしこまりました」
ソファーはさも当然と言ったように最高級の面をしていた。
座ると疲れを吸い取るかのように沈み、しかし確かな安定感で私の腰を支える。
「頼みたいのはテオの教育だ」
私がくつろぐのを見計らって、キリオス卿は話を切り出す。
テオ……中庭で一瞬目が合ったあの少年だ。
今回の依頼を受け、シルヴァが事前に資料をまとめていたのである程度のことは把握している。
二年前にキリオス卿が養子に迎え入れた子で、性格はやや内気。
小動物のような可愛らしさがある。
私は仏頂面だとよく言われるから、可愛げのある彼が少しだけ羨ましい。
「期間は春を迎えるまで……まぁ君がここを気に入ってくれたら、永久就職しても構わないけどね」
「ヴァラシエルの三倍のお給料をいただけるのでしたら考えなくもないかもしれません」
「まずいぞアルジェンス、この子はうちの少ない財を根こそぎ持ってくつもりだ」
「旦那様、自身の評価を下げるような発言はお控えください……」
そもそも少ないわけがないでしょうに。
「教育というのは、魔法学でお間違いありませんか?」
「あぁ。君は魔法が得意だと聞いてね。こうして実力も見せてもらったし、安心して任せられるよ」
直前まで私が魔法で冷やしていたチーズケーキを食べて、キリオス卿は満足気に笑う。
「それともう一つ、大事なことをお願いしよう」
目付きが変わり、私は思わず背筋を伸ばす。
そう、今回の依頼はテオ様に魔法を教えることだけではない。
恐らくこちらが本命本題。
私が選ばれた最大の理由――。
「テオを女性に慣れさせてくれ」
■■■
――案内された自分の部屋は、テオ様のお隣だった。
しかし、たかが派遣メイドにまさか一部屋まるごと与えてくれるとは思わなかったな。
「ここ西棟はテオ様のお部屋と、テレジア殿のお部屋のみとなります」
部屋を案内してくれたのは短髪の使用人ではなく、キリオス卿の傍にいた執事だった。
程よく色が落ちた髪は白や灰よりも銀を思わせ、衰えを感じさせない姿勢の良さと体格に威厳すら感じる。
キリオス卿からは「困り事があればアルジェンスを頼るといい」と言われていた。
立ち振る舞いでなんとなく察していたが、やはり、この屋敷の執事長なのだとか。
なお、当の依頼主はさっそく私をアルジェンス執事長に任せ……もとい丸投げ、お出かけになられました。
「アルジェンス執事長、ちなみになのですが、使用人は何名いらっしゃるのでしょうか」
「上級使用人5名、コック2名、下級使用人8名、そしてわたくしを含め、16名で管理しております。そして、その全てが男性です」
男だらけの環境は特に問題ではない。
それよりも、ここまで女っ気のない屋敷にするのにはそれなりの理由があるのだろう。
例えば、テオ様は女性恐怖症――とか。
まさか依頼の本命が『女性に慣れさせてくれ』だなんて、シルヴァの考えていることがわからない。
他のメイドでも務まる仕事だったのでは……?
まぁ、わざわざ私を選択したのには何か訳があるはずだけど、そのことについて話さなかったのは……彼女にも考えがあってのことなのだろう。
それか、ついにボケたか。
……しかし、まあ。
テオ様が女性嫌いだとすれば、ファーストコンタクトが肝心だ。
敵意がないことを示しつつ、距離を縮めなくてはならない。
……のだけど、さっき中庭で目が合ってるんですよね。
しかもすぐに目を逸らされているんですよね。
もう一つ言うと、まだ私の心の傷は癒えてなかったりするんですよね。
「……まったく、先が思いやられる」
ため息を吐きつつも準備を済ませ、私は隣の部屋の扉に向かう。
テオ様を驚かせないよう、なるべく静かにノックをした。
「――本日よりテオ様の教育係として働くことになりました、テレジア・ケルスです。ご挨拶に参りました。……入ってもよろしいでしょうか」
声色をやわらかく。
蝶の羽を撫でるかのように、私は接触を試みる。
「……部屋には入らないで」
扉越しの声は、あやうく聴き逃しそうになるくらい細かった。
少しして、扉がひとりでに開かれる。
隙間から顔を覗かせるのは、やはり中庭で見掛けた少年。
こうして間近で見てみると、少年と言うより少女のような顔立ち。
やや乱れた明るめの金髪はボーイッシュな雰囲気を作り出す。
表情は、おそるおそる、と言った様子だ。
「初めまして。テオ様でいらっしゃいますね」
膝を折り、目線を合わせてみる。
目のやり場に困っているのか、青い瞳があっちへ行ったりこっちへ来たり。
やがて視線が下へ、私の胸に移ると、顔を真っ赤にして大きく目を逸らす。
その反応を見るに、女性が怖いとか、嫌いとかではないのか……。
「テレジアと申します。テオ様に魔法を教えるよう、キリオス卿から仰せつかっています」
テオ様は、服の裾をぎゅっと掴んで悩んでいるようだった。
拒絶はされていない……と思いたいけど、過度にこちらの様子を窺っている気がする。
見ているのは表情……いや、もっと奥の方……まるで思考を読もうとしているかのようだ。
仕方ない、脅しのようになるがこのカードを切るか。
「これはキリオス卿たってのお願いでもあります」
「キリオス兄さんの……?」
「はい。テオ様は日々鍛錬なされているそうですね」
「う、うん。兄さんみたいな騎士になりたくて……木剣を振るだけだけど……」
「とても素晴らしいことです。キリオス卿は、あなた様の努力を高く評価しておいでです。だからなのでしょう、もっと高みを目指せるように魔法学の教師を付けたのです」
実際、キリオス卿はテオ様に甘いのだろう。
彼の将来を心配し、女性に慣れるよう外の人間に依頼したのだから。
言い換えれば、これはキリオス卿からの贈り物だ。
「そっ……か、そうなんだ……」
テオ様は嬉しそうに、ほんのりと口角を上げた。
「ど……どんな魔法を、教えてくれるの……?」
「あなたが望むなら、私の知る全てをご教授します。なにせ私、こう見えて第二級の魔法使いですから」
なお敏腕はシルヴァ。
テレジアはどちらかと言うと辣腕なもよう。