第18話 不死蝶攻略戦2
不死蝶がセシリアとの間に結んだ強制契約魔法――。
魔力の流れを掴んで、ようやくその在り方が理解できた。
つまりは、宿主の生命を自身の心臓として使う代わりに魔力供給を行うという共生関係の構築。
不死蝶は単独で生命維持が難しいらしい。
契約によりセシリアへ魔力を流し込み、驚異的な再生力を発現させることで代償を支払っている。
弱点は、自身の羽化と生物として繁殖するための魔力が必要となること。
不死蝶にとって魔力吸収が生命線なのだ。
「金庫を開けろと言われた方がまだ楽ですね……」
契約魔法を第三者が解くのはかなり難易度が高い。
それも相手は魔物――セシリアに絡みついた糸は幾本も交差し絡まっていた。
セシリアを傷付けないように、遠隔からの魔力操作で丁寧に解く。
しかし、解除に集中したいのは山々ですが、不死蝶が黙って見ているわけもない。
「不死蝶の形態変化! テレジアの魔法解除に気付かれました!」
後方で不死蝶の動きを見ていたテオ様が、前衛のアリスとシルヴァにそう告げる。
太い触手を束ね、さらに太く、強靭にさせた。
あれはもはや槍だ。
「アリス、斧を寄越しな」
「わたくし剣しか作れませんわ」
「斧も剣も同じだろう。形状を少し変えればいいんだ」
「簡単に言ってくれますわね……!」
そう文句を言いつつも、アリスは鉄剣を斧に変化させてみせた。
流石、元・デスティエル家の令嬢……魔法技術は卓越している。
アリスが生成した鉄斧は、まさに巨斧。
シルヴァの背丈を軽く越えるが、それを軽々持ち上げて振り回してしまうのがうちの上司。
不死蝶が自身の触手を束ねて形成した槍の腕を真っ向から迎え撃つ。
「〝 扇鯨 〟――ッ!」
力強く薙ぎ払われた巨斧は、衝撃波を生みながら槍の腕を受け止めた。
いや、受け止めるどころか弾き飛ばす。
驚異的な力で槍の腕を押し返された不死蝶は、その触手を解いて追撃を狙う。
一が駄目なら数で押す……魔物ながらに利口だが、その攻撃は既に見た。
テオ様は一歩前へ出て、手に魔力を収束させる。
「【氷の弾を撃つ魔法】!」
空中に無数の氷片が浮かび上がり、それぞれが高速で放たれる。
鉄壁をへし折る触手に氷弾。
普通なら氷は砕け散り、触手の猛攻を止めることはできない。
しかし、今はシルヴァの一撃が効いている。
氷弾は容易く触手を貫いていった。
ここまで計算し、魔法を使えるようになっていたとは。
テオ様は本当にたくましくなられた。
「テレジアは俺が絶対に守るから、解除に集中して!」
「頼もしい限りです」
このまま攻防を繰り返していれば、解除はできる。
しかし、相手もそれを理解しているのだろう。
「なっ、列車に向かうつもりですわ!」
「こちらを見ずに……魔力供給を優先したか。急ぐよアリス!」
「わかってますわ! ……ってはや!?」
アリスが返事をした頃には、シルヴァは不死蝶に追いついていた。
「あの人なんなんですの……」
「あのおばさん、昔は冒険者してたからね。ボクも同じパーティーに居たんだよ?」
「初耳ですわ……」
私も初耳だ。
「テレジア! 列車を動かしな!」
一足先に不死蝶を足止めしていたシルヴァが叫ぶ。
不死蝶は魔導列車の天板に乗り、魔石がある先頭車両へ向かおうとしていた。
駅にはまだ逃げ遅れた人達が居る。
ここから離れつつ、魔石を消費してしまえば不死蝶にとっては最悪の事態だろう。
「テオ様、不死蝶を留めてください!」
「わかった! 【氷の鎖で縛る魔法】!」
不死蝶を凍らせ、その隙に私は先頭車両に乗り込む。
操縦席と、魔石を燃焼させる炉――魔石は大量に焼べられていた。
このまま凍りつかせられたらよかったけれど、セシリアを凍らせずに不死蝶のみを凍らせていたせいでテオ様の魔法はすぐに突破されてしまう。
列車を発進させ、操縦しつつ魔力操作で解除を進める。
「列車の上で戦うなんて、人生でそう体験できませんわね」
「あたしも初めてだ。――さて、先方が飛ばないところを見るにこのまま魔石を狙うつもりだね」
ひとまず人的被害は最小限に抑えられる。
このまま街の防壁を過ぎ、外へ出る。
「だがあの再生力だ。さっきの攻撃のダメージがもう回復されている」
「触手を一気に削ぎ落とせれば時間を作れそうですわね」
「多少の無理はボクの治癒でサポートできる。やるなら一撃で決めるんだ」
「わたくしの魔力も残り少し……あと一度しか使えませんわ。それにここには剣がありませんし、あの手は使えません」
アリスの大剣、あれならシルヴァ以上のダメージを期待できる。
「剣なら俺が作るよ。【氷の剣を作る魔法】」
「テオくん……ありがとう」
「どれくらい必要?」
「あればあるほど良いですわ。それと……その、血をくださいませんか?」
「血……? 血醒魔法を使うの?」
「えぇ。今回はテオくんの氷剣頼りですから、テオくんの血で底上げすれば精度が上がりますわ」
それを聞くと、テオ様はこくりと頷いて氷剣の刃に指をなぞらせる。
「やれることは全部やろう」
「て、テオくんの血……ふふっ……赤い……かわいい……」
「な、舐めるなら早くして! シルヴァさん一人じゃ触手の数に押されちゃう!」
「では、いただきますわ。……あ~……むっ」
テオ様の細い指を咥え込み、ちゅるちゅると血を舐めとる。
……なんだか妙にねっとりと咥えこんでいる気がするけど、血醒魔法ってそんなに血が必要でしたっけ。
「ぷはっ……あぁっ、美味しい……♡ ゾクゾクしてしまいますわ♡」
高揚し、氷剣を手に取るアリス。
その傍らで、アリスの唾液でぬるぬるになった人差し指をまじまじと見つめるテオ様は、なんとも言い表しにくい表情をしていた。
照れているのか、しかし状況が状況でどう反応したら良いのかわからない、と言った様子。
けれど、すぐに頭を振って正気に戻ると、氷剣を大量に作り出していく。
「テオくんの血……テオくんの氷……わたくしは今、滾りに滾っていますわ! 【剣を大剣に変える魔法】っ!」
作られた氷剣が全て一つに結合。
大剣へと作り変えられる。
「これぞまさに、《愛の結晶剣》ですわ♡」
「いいから早くしなさい」
アリスが氷大剣を作ったタイミングでシルヴァは巨斧で触手を振り払い、セシリアの身体を押さえ込んでいる。
「ババアが抱きついちまって悪いね、少しキツいと思うが我慢しとくれ」
「いえっ、お願いします……!」
「クク……テレジアの姉なだけあって強いね」
宿主が押さえ込まれ、焦った不死蝶は再生させた触手でシルヴァの背を鞭のように打ち付ける。
「おば様、大丈夫ですか!?」
「なに、このくらいは平気さ。それに傷はあのショタジジイがなんとかしてくれる」
「ショタジジイはないだろう。まぁその通りだし、君の口の悪さと無茶は今に始まったことじゃないが!」
エルドルドの治癒魔法でシルヴァの傷は回復し続ける。
それでもあの老体だ、長くは持たない。
「やりな! アリス!」
「存分に振るわせていただきますわ!」
その透き通った氷の刃は陽光に煌めき、さらに輝きを増していく。
横薙ぎされた氷大剣はその閃光を一条の光とし、不死蝶の触手を斬り落とすに至った。
――ここだ。
不死蝶が弱って、触手の再生に意識が向いている今、契約魔法は綻びを生じた。
その綻びを引っ張って、全ての糸を解く。
「あ――!」
セシリアが声を漏らす。
刹那、セシリアの目の中に居た不死蝶の瞳がぐるりと回る。
触手の根元が暴れだし、不格好に再生すると羽を形成してセシリアから抜け出した。
「シルヴァ! 解除完了です! セシリアを列車の中へ!」
「任せな!」
シルヴァはそのままセシリアを抱きかかえて後退。
あぁ……よかった……。
セシリアは無事、助けられた。
「さあ……魔物に言語が通じるのかは知りませんし、知る必要もありませんが――――覚悟、してくださいね」
炉から燃える魔石を手に取り、砕く。
――あとは害虫駆除だ。




