第17話 不死蝶攻略戦1
「――《安楽死の魔眼》ッ!」
アリスがメガネを外し、眼を見開く。
一秒か二秒、掛かるか掛からないか……たったそれだけの動作が何十秒にも感じられる。
セシリアを殺すなんて、できない。
あの日、孤児院を燃やした私が生き残って、どうしてセシリアが死ななきゃいけないの。
こんなの……嫌だ――――。
「…………魔眼が……効いていない?」
結末を見ていたテオ様が、そんなことを言い出した。
私は耳を疑った。
だってそんなことあるはずない。
アリスの魔眼は確実に対象を殺すことができる眼だ。
不死蝶の再生能力は宿主には適応されないのだから、セシリアは殺せるはず。
『効いてないんじゃない。そもそも発動してないのさ』
それは聞き覚えのあるしゃがれた声。
それは見覚えのある魔法陣。
あぁ、そうだ。そうだった。
『アリス・シエルはあたしと契約関係にある。あたしの許可なしに魔眼を解放することはできないよ』
ヴァラシエル家政メイド長――シルヴァ・ローゼノルテ。
シルヴァとアリスは契約魔法で結ばれている。
魔眼を使わせないための抑止力だ。
もちろんそれだけでは抑えきれないから念には念を、魔眼を抑制できるメガネで蓋をしてある。
「シルヴァ!? あ、あなたという人は……! 今どういう状況かわかってまして? ここでやらなきゃ被害は大きくなる一方ですわよ!」
『ふむ、どういう状況なんだい?』
「セシリアさんが不死蝶に寄生されました! 空間魔力は既に枯渇、わたくしもあと数回しか魔法を使えませんわ!」
アリスは既に何回も不死蝶の触手攻撃を防いでいる。
空間魔力がないから使えるのはその身に貯蔵してある魔力だけだ。
『不死蝶……テレジアは?』
「こ、ここに……シルヴァ、私どうすれば……」
『不死蝶の攻略法は……まぁ聞く限りじゃテオ・ロフティフに聞いたんだろうね。騎士団の掃討作戦の内容を』
「え、えぇ……不死蝶に寄生された人々を殺し、村を壊滅させることでしか収束できなかったと……だから……セシリアを殺さないと……でも、私は……」
『思い詰めるな。らしくない』
私らしいってなんですか――そう聞こうとした矢先、エルドルドが声を上げる。
「不死蝶が羽を作ったぞ!」
「あれ羽なんですの?!」
触手を骨組みに薄膜を張り、蝶の羽のようなものが形成される。
不死蝶はセシリアを空へ運び、どこかへ飛んでいってしまう。
「あの方向……駅だ! みんなを避難させないと!」
テオ様が不死蝶を追いかける。
相手をよく観察して、次の行動を予測できるテオ様に感服する。
対して私は……今や足手まといだ。
「テレジア、すまないがボクをおぶってくれるかな?」
「……わかりました」
「おぉ……いつもなら『自分で歩け』とか言うのに」
「言いませんよそんなこと……」
セシリアを殺すこともできない私にできることなんて、これくらいしかないのだから。
『駅……なるほど、空間魔力が枯渇したから別の蜜を探し当てたか』
「蜜? 駅には何もありませんわ。まさか不死蝶は人を食い殺すので?」
『いいや、あれは血を吸う器官は持たないから生物から魔力を吸うことはできない。蜜ってのは魔石だよ。魔導列車を動かすための魔石はなかなか高純度、なおかつ大量にある。あれを全て吸収されたらいよいよおしまいだねぇ』
「お、おしまいって……もう少し真面目に考えてくれます? わたくし、けっこう覚悟したんですよ?」
『考えているさ。考えたうえでこの反応なんだよ、あたしは』
――不死蝶とセシリアを追いかけ、駅に着くとやはり場は騒然としていた。
無理もない、今や滅多に見ることがない魔物が街中に現れたのだから。
シルヴァの言った通り、不死蝶は人間には目もくれずに列車がある方へ進んでいくが、それは同時に、寄生する必要がなければただ邪魔なだけの存在ということ。
不死蝶は逃げ惑う人々を鬱陶しく思ったのだろう。
羽を解き、太い触手を伸ばし始めた。
「アリス! 剣を寄越しな!」
「は? ――ってシルヴァ、駅に居たのですか!?」
「いいから早くしな。人が死ぬよ」
「あと数回しか使えないと言ってますのに……! ちゃんと助けてくださいよ! 【鉄剣を作る魔法】」
駅のホームに仁王立つシルヴァに、アリスは鉄剣を投げ渡す。
ぐるりと弧を描いて宙に舞う鉄剣を、シルヴァは意図も容易く掴み取った。
――直後、逃げ遅れた乗客に襲いかかろうとしていた触手が輪切りになって散らばった。
それも一本や二本ではなく、全て。
確か、あの斬られた太い触手は鉄壁を圧し折るほど強靭だった。
「流石に脆いねぇ、もっと鍛錬を重ねな」
シルヴァは粉々になった鉄剣を捨てる。
「いいかい若造共。今回とかつての掃討作戦は状況が違う。掃討作戦が決行された理由は、村人全員に寄生し、不死蝶が群れたことで一人一人の救出が困難になった結果の判断だ」
そう話している間にも不死蝶が触手を再生し、今度はシルヴァを狙って鞭のようにしならせるが……これもシルヴァは素手で受け止め、引きちぎる。
「だが今回は一匹だ。わかるか? たった一匹なんだよ。あんた達が協力し合えば一匹の魔物くらい押さえ込めるだろう?」
「……そうか、そもそも不死蝶の寄生は、宿主との間にある魔法的な繋がり。つまり一種の契約魔法。それなら時間があれば解除ができる――ということですね?」
「そうさ。あんたなら心臓に絡み合った糸を解くことくらい造作もないだろう?」
「っ、はい……魔力操作は得意ですので……!」
あの日、孤児院を燃やしてしまった。
もう二度とこんなことが起きないよう、熱の温度調節のやり方を学んだ。
魔力操作は誰よりも得意……いや得意でなくてはならない。
だったらできる、不死蝶とセシリアの繋がりを断つことも。
「アリスはシルヴァと共に触手の攻撃を防いでください! テオ様はその支援を、エルドルドは……」
「さっきのゴタゴタで列車の魔石を少し拝借した。簡単な治癒くらいなら可能だ。しかしあの触手、ボクに魔法を使わせてかなりの魔力を吸収したはずだがまだ足りないのか?」
「寄生状態の不死蝶は言わばサナギなんです。今は独立するための魔力を貯めている状態で、充分な魔力を得てしまったら不死蝶は羽化……その時に宿主へ卵を植え付けます!」
「流石キリオス卿の令息だ。では魔石を奪われないよう立ち回ろうじゃないか!」
触手をホームに張り巡らせ、脚のように使って列車へ向かおうとする不死蝶を睨む。
絶対にセシリアを返してもらう。
「……掴みました。接続解除、開始します」




