第14話 違和感
(今回はテオくん視点です)
魔導列車の駅でテレジアを見送った俺は、帰りの馬車でアリステリアとの一戦を思い返していた。
教えてもらった魔法は歯が立たず、結局、テレジアとキリオス兄さんに助けられてしまった。
このままじゃ……駄目だ。
屋敷に帰ってすぐ、俺は兄さんの部屋に向かった。
「――僕に戦い方を教えてほしい? テレジアの教育だけでは足りなかったか?」
いつもは迷惑をかけたくなくて、兄さんにこういうことを頼んだことはない。
けど、守られるばかりは嫌だ。
それで迷惑をかけて、もし守ってくれた人が死んでしまったら……きっと一生後悔する。
「兄さ……――いや、キリオス卿。貴方は魔法と剣、両方を使って幾度となく魔物と戦ってきました。その実戦経験は現在の騎士団においても貴重なもの……ですので、ぜひご指導願いたいのです」
「……ふむ」
書斎の机に肘を置き、両手を組んだ兄さんの目はとても鋭かった。
今でこそ騎士団を抜けているけど、その知恵を新米騎士達に伝授するべく、指導者として活躍している。
左腕を失っても戦っている兄さんを尊敬する。
そんな兄さんと一番近くにいる俺が何も教わらないでどうするんだ。
「ふふ……その物言い、テレジアに似てきたな。いいだろう」
顔を綻ばせると、兄さんは氷剣を作り出す。
「悪いが、俺は実戦形式でしか教えられない。多少の怪我は覚悟しておけ、テオ」
「……! はいッ!」
■■■
兄さんとの打ち合いが日課になってきた頃、魔蝕症患者を診てくれるという病院があるという話を聞いた。
それは打ち合いが終わって休憩している時のことだ。
「確かイーグルス医院と言ったかな……なにか気になることでもあるのか?」
「魔蝕症のこと、なんにも知らないなって……アリステリアは確かに大勢を殺してしまったけど、それは魔蝕症の変質が原因なんだよね? だったら止めるべきなのはアリステリアじゃなくて……魔蝕症じゃないのかなって」
「……そうだな。彼女も魔蝕症患者にすぎない」
「うん。だから魔蝕症のことをもっと知ろうと思うんだ」
俺がそう言うと、兄さんはふと空を見上げた。
表情はよく見えなかったけど、笑っていた気がする。
「病院は忙しい職場だ。手伝いに行けないか掛け合ってみよう」
「ほ、ほんと!? ありがとう兄さん! じゃ、じゃあ俺そろそろ部屋に戻るよ、魔法も勉強しないといけないし!」
「あぁ。しっかりな」
「――アレンフォードさん、テオは立派に成長しているよ」
■■■
初めての遠出と仕事で緊張し、唾を飲み込みすぎた俺の口を潤してくれたのは黄金色に輝くハーブティーだった。
「このハーブは心を落ち着かせてくれる効果と、魔力を鎮める効果があるんだ」
そう言ったのは、ハーブティーを淹れてくれたイーグルス医院の院長先生――エルドルド・イーグルス。
キリオス兄さんより歳上らしいけど……どう見ても俺と同い年くらいにしか見えない。
「魔蝕症はこんなハーブティーを飲む程度では気休めにもならない」
「魔力暴走……膨大な魔力が体内で暴れ回ることで効果を壊してしまうんですよね」
「その通り。これは病原菌なんかも受け付けないから魔蝕症患者は絶対に風邪をひくことがない。かといって身体が丈夫になるわけでもない。体内で魔力が暴れているということは、体組織も壊していることになる」
「それが『変質』ですか……」
だから、露出した臓器である目はかなり早い段階で魔眼化する。
重症になれば手足が変形してしまったりと、ひと目でわかるくらいに変質変容してしまうらしい。
「当院の魔蝕症患者はまだ魔眼を発現する段階には至っていないが、いつなってもおかしくない状態だ。しかしボクらがビクビク怯えて接すれば、それだけ不安を煽ることになる。不安で心が揺れてしまうことは避けたい」
そう言ってエルドルド先生は椅子から立ち上がる。
「まあ、君なら大丈夫だろう。多くを知り、多くを学ぶといいよ、少年」
「はい、ありがとうございます!」
こうして俺は看護師さん達のお手伝いを始めた。
はじめは子ども達とどう接していけばいいのかわからなかったけど、そもそも俺だってまだ子どもだ。
同年代と友達として接していると、みんなはだんだんと懐いてくれるようになった。
「――テオにいちゃん! 今日はどっちが一番遠くまで滑れるか勝負だ!」
「セルク、それは危ないからダメだよ」
「テオおにいちゃん、お庭で花かんむり作ろっ!」
「メリィ、残念だけど今日は雨が降ってるんだ。また晴れた日にね」
「「むぅ……」」
よく懐いてくれている二人は頬をぷくっと膨らませて不満そうだ。
「な、なんでこんなに元気なの……? わたくしが子どもの頃なんてナメクジのような気分でしたのに……っ」
「子ども達と遊ぶどころか遊ばれていますね……」
どうしようかな……最近来てくれたテレジアとアリスも他の子ども達と遊んでいて手いっぱいみたいだし、うぅん……。
「あ、それじゃあかき氷を作ろう!」
「やった! おやつだ!」
「よし。それじゃあ器貰ってくるから、いい子でいるんだよ」
「「はーい!」」
氷魔法の精度はどんどん良くなっているし、氷を出し続けていれば鍛錬にもなる。
部屋の中で氷を滑らせて遊ぶのは……床がびちゃびちゃになりそうだし、さすがに怒られちゃうか。
「雨の日だと外で遊べないから元気すぎる子は退屈するだろうなぁ……」
病院内のキッチンに向かいながら、外の景色を眺める。
雲はどんより重たくて、雨はしばらく止みそうにない――。
その時、俺は角を曲がるところでよそ見をしていて、人が来ているのが見えていなかった。
「――きゃっ」
「むぐっ!?」
顔にあたたかく柔らかい感触がぶつかり、体勢を崩した俺は尻もちをつく。
やってしまった。
患者さんにぶつかっちゃうなんて……。
「ごめんなさいね、わたしったらよそ見をしていたわ」
「い、いえ……俺の方こそすみません! お怪我は……」
俺がぶつかったその人は、両目に包帯を巻いた女性だった。
やわらかな印象を受けるブロンドヘアー。
優しい声色で、あたたかく微笑み返された。
「大丈夫よ。君の方こそ大丈夫? けっこう突き飛ばしちゃったみたいだけど……」
「俺は平気です。鍛えてますから」
「そう、ならよかったわ。お互いよそ見はしないよう気をつけないとね?」
「は、はい、本当にごめんなさい」
「いいのよ。それじゃあわたしはエルドルド先生のところに行かなきゃだから、またね」
そう言って廊下の手すりに掴まると、その人は去っていく。
「……っと、俺も早く器を取りに行かなきゃ」
俺は正反対の方向へ歩みを進める。
――そして、ふと止まる。
なにか、おかしくないか……?
だってあの人、目に包帯を巻いてた。
「…………なんで……よそ見なんて嘘を……?」




