第13話 思わぬ再会に身を隠して
後日、再びイーグルス医院に訪れた私とアリスは、エルドルドの顔を見てギョッとした。
「エルドルド……その、随分とお疲れのようですね」
「子どもがしちゃいけない顔をしていますわ」
私達の言葉に、目にクマを作っているエルドルドは力無く笑った。
「人手が足りないと言っただろう? 子ども達の調子が良くてすごく元気なんだ……老体に堪えるよ」
「老体……? そのあどけない少年の面はなんのためにあるんですか」
「だからこれは魔法実験に失敗してだね……」
「まあ、了解しました。要は子ども達の相手をしてほしいという話ですね」
「そういうこと。それと、ちょっと前からもう一人のお手伝いさんが来ている」
「私達以外に、ですか?」
「あぁ、彼が困っていたら助けてやってくれ。それじゃあ頼んだよ。ボクは昼まで寝てるから……ふあ……ぁ……」
エルドルドは大きなあくびをしながら仮眠室に向かった。
何はともあれ、業務開始だ。
「ねえねえ、お手伝いさんってどなたかしら?」
「では先に挨拶をしに行きますか」
もう一人のお手伝いさんは、魔蝕症の子ども達が居る病室を手伝っているらしいので、そこへ向かう。
すると、子ども達の元気な声が聞こえてきた。
「にーちゃんすげぇー!」
「なにこれつめたいっ!」
水遊びでもしているのだろうか。
まぁ、部屋に入ればわかること――。
「失礼します。ヴァラシエル家政より参りま――」
「ヴァラシエル……?」
ふと、子ども達に囲まれている少年と目が合う。
青い瞳に、明るめの金髪――顔は少女のようなあどけなさがありながらも、手の皮は厚い。
あぁ、私は彼を知っている。
まさかここで再会することになるとは。
「おや……お久しぶりです。テオ様」
「テレジア! な、なんでここに? あぁ、じゃなくて……久しぶり……!」
「見ない間に少し背が伸びましたね」
見ない間と言っても数ヶ月程度だけど、しっかり男の子として成長しているテオ様につい嬉しくなって顔を綻ばせてしまう。
「私はエルドルドから依頼を受けたのですが、テオ様はどうしてこちらに?」
そう、ロスティフ家とイーグルス医院に接点はなかったはずだ。
「ここが一番魔蝕症の患者さんを抱えてるって聞いて……また、アリステリアの時みたいなことが起きないようにしたいから、知っておきたいんだ」
「なるほど、それで手伝いに」
「エルドルド先生にいろいろ教えてもらったりして、けっこういろいろできるようになったんだよ! 先生、治癒魔法が得意だからさ」
「素晴らしい向上心です。その調子で頑張ってくださいね」
「うん! ……ところで、なんだけど」
テオ様は私の後ろを覗き込む。
「その後ろに隠れてる人って……」
「あ~……」
まさかテオ様がここに居るとは思いもしなかったのは私だけではなかった。
私の背後にピッタリくっつき、身を隠している元令嬢様。
旧名アリステリア・デスティエル伯爵令嬢は、今や震えるハムスターだ。
「アリステリア……だよね」
「あ、アリステリア? し、知りませんわ。まったくこれっぽっちも存じ上げませんわ! だってわたくしの名前はアリス・シエルですし!」
「うん……名前を変えたって聞いてる」
アリスの震えがピタリと止まる。
きっと彼女はこう思っているだろう。
――あのクソババア……! と。
そもそもこの償いは依頼主であるキリオス卿たっての願いなのだから、アリスのことは逐一報告されている。
ごまかしは通用しないのだ。
「アリス、いい加減隠れてないで離れてください」
「かっ隠れるわよ! 隠れるに決まってるじゃない!」
私の背中に額を押し付けながら、アリスは叫ぶ。
「なんで、なんでテオくんがここに居るのよっ、それはまだじゃない! 何一つ償えていないわたくしに……合わせる顔なんてないのに……っ!」
「……兄さんから話は聞いてるよ。罪を償うために、ヴァラシエルで人のために働いてるって」
「そうだとしても……! 親を殺した女となんて二度と会いたくないでしょう?! ――テレジア、わたくし帰ります。シルヴァに頼んで他のメイドを」
身を翻し、足早に出ていこうとするアリス。
私はそれを止めはしない。
だって、止めるのは――――。
「待って、アリスさん!」
――テオ様は、アリスの手を掴む。
凄まじい勇気が必要だったはずだ。
アリステリアの魔眼の発動を目撃し、その結果に親が死にゆく様をただ見ていることしかできず、幼くしてトラウマを抱えて女性を避けてきたテオ様が、その根源にあるアリステリアの――アリスの手を掴んだのだ。
「俺はまだ、あなたのことが少し怖い……でもわかってることもあるんだ」
「わたくしの、なにを理解すると言うのよ……」
「今のアリスさんからは、今の子ども達と同じものを感じる。本当のアリスさんなんだってわかる。だから……少し怖いけど、手を繋ぐこともできる」
「――っ、だとしても……わたくしが殺したことは変わらない……! なのに、どうして……君は手を取ってくれるの……」
「俺の両親を殺したアリステリアは、もう居ない。別人なんだ。それがわかったんだ」
涙ぐむアリスに、テオ様はハンカチを手渡して微笑む。
「だから、会えてよかった」
――魔蝕症は人を変える。
性格も身体も、なにもかもを別人にしてしまう。
きっと口で言うだけではテオ様も納得できなかったはずだ。
テオ様が魔蝕症の子ども達と触れ合い、感じることで理解できた。
アリスの変化にも気付き、こうして勇気を振り絞って手を取りにいった。
……本当に、見ない間に立派になられましたね。
「はじめまして、アリス・シエルさん。俺はテオ・ロスティフ。よかったら、あなたのことをいろいろ聞かせてくれると嬉しいです」
「えぇ、知っています……知っていますとも……テオくん。君はそうやってあの頃と同じ――いいえ、あの頃よりもずっと真っ直ぐな目でわたくしを見てくれるのですから……」
涙を拭ったアリスは、テオ様に負けじと笑みを浮かべる。
「――お初にお目にかかりますわ。わたくし、ヴァラシエル家政より参りました。アリス・シエルと申します。テオ様と共に仕事ができること、至極光栄に思いますわ」
こうして新人派遣メイドのアリスは、テオ様と共にイーグルス医院のお手伝いとして働くことになった。
――あぁ。もっとも単なるメイドではなく、『元・令嬢の』という肩書き付きですけどね。




