第12話 美人メイドに挟まる通信魔法陣
アリスの教育を任され、早数週間が経過した。
もう春も終わる頃だ。
元々魔法に長けていたアリスは物覚えもよく、一通り教えたことはこなせるようになってきた。
言葉遣いや立ち振る舞いは令嬢としての知識が支えている。
文字通りの即戦力だ。
――それはよかったけれど、『なぜ……』と私は頭を抱える。
「なぜ私の家に居るんですか……アリス」
朝起きてきてみれば、そこに居たのはリビングのソファーに我が物顔でくつろぐアリス。
どうやって見つけてきたのか、勝手にスコーンと紅茶まで用意している。
「あら、やけにゆっくりしたお目覚めですわね。先輩さん?」
「それは別にいいでしょう、今日は休みなのですから。それよりなんでここに居るんですか? というか鍵は?」
「鍵なんて魔法でどうとでもなりますわ」
アリスは指先に魔力を集め、鉄を生成。
粘土のようにぐにゃぐにゃと自由に形を変え、みるみるうちに家の鍵へとなってしまった。
魔法に長けているのも考えものだ。
「どうやって入ったかは理解しました……それで、どうしてここに?」
「シルヴァに今日からここで暮らすよう言われましたの」
「は……?」
「わたくしは寮生活?でも構わないのですが、わたくしの噂を聞いた他のメイドが怖がってしまっているらしく生活に支障をきたすと」
「それで私のところに……ですか」
私の意思は尊重されないらしい。
「シルヴァから伝言を預かってますわ」
「伝言? ようやく突然の通信魔法を自重してくれましたか……」
「『アリスに給料はないが生活費は必要だから、あんたの給料と一緒にちょっと余分に渡しておく。面倒を頼むよ』――だそうです。よかったですね、いわゆるボーナスというやつですよ」
アリスは下手なモノマネと一緒に、金貨が入った袋を渡してくる。
内訳は普段の給料『金貨40枚』と、アリスの生活費『銀貨10枚』……それと、いわゆるボーナスの『銀貨5枚』……。
「って私の生活費を負担すらしてないじゃないですか」
ボーナスと労力が見合ってない。
スコーンと紅茶をいただかれているからむしろマイナスなのではないかと思ってしまう。
「家事掃除くらいなら手伝ってあげますわ」
「当然です。まぁ今日は買い出しがあるのであなたは荷物持ちですけどね」
「……え?」
■■■
――そうして、市場で適当に買い物を済ませる。
「さっ、さすがにっ、買いすぎじゃありませんのっ!?」
大量の袋を抱えたアリスがそう文句を言ってくる。
「二人分の食材ですし多くもなりますよ」
「そ、それにしたって……ちょっとは手伝ってくれてもいいじゃありませんかっ!」
「まあ……いつもはまとめて転送魔法で送ってしまうんですけどね」
それを聞いて、アリスはピタリと歩みを止める。
「荷物持ち要らないじゃない!」
「メイドたるもの力をつけておかないとイザという時に困りますよ」
「イザってどんな時よ……あ、まさか次の依頼が入ってるの?」
「いえ、最近はビックリするほど落ち着いていますね。昨日も倉庫の掃除でたった一日の派遣でしたし」
「あぁ、あの埃まみれの……あれは大変だったわ……」
――そういえば、とアリスは倉庫掃除の事を思い出す。
「あそこの主人、妙なことを言っていませんでした?」
「妙なこと?」
「えぇ、何でも最近、空間魔力が薄くなってると」
昨日の依頼――倉庫掃除は、これまた魔法に長けた貴族が依頼主だった。
倉庫は様々な魔導具で散らかっていて、下手に動かすと誤作動したりとなかなか苦労した仕事だ。
「空間魔力……確かに、最近はカラッとしてますね」
「そんな天気みたいなものかしら……」
「まぁ魔力の発生源は自然物――生命であると魔法協会の研究でわかりましたし、魔物が少ない今、枯渇するには人為的なものが要因である可能性が高いです。たとえば大魔法を使ったりとかですね」
「それなら近いうちに厄介な依頼が舞い込んできたりするのかしら」
「まぁでも、この辺りはご覧の通りの都会ですし……魔力の枯渇なんて気にすることでもないとは思いますが」
そう何度も厄介事を持ち込まれても困る。
面倒じゃない仕事をこなしてお金を稼げれば――。
「――あ、通信魔法ですわ」
「…………嫌な予感しかないですね」
噂をすれば、なんてこと本当にあってほしくなかった。
そうして私達の間に挟まる魔法陣から、聞き慣れた声が出てくる。
『あんた達、依頼だよ。イーグルス医院からだ』
「え……? イーグルスって、エルドルド先生のところですわよね? なにかあったのですか?」
『人手が足りないんだそうだ。テレジアはもう何度か手伝っているし、アリスもだいぶ慣れてきた頃合だろうから適任だと思ってね』
「あら、わたくしの成長にお気づきになっているとは……さすがの慧眼ですわね♪」
そりゃアリスの報告書は私が書いていますから。
『ふふ、あたしの目は全てを見通すのさ』
「まあ。シルヴァも魔眼を?」
『あぁそうさ……ククク……あたしの慧眼は経験則の魔眼と言ってね……』
「シルヴァの冗談はさておき、わかりました。いつからです?」
「なんだ、冗談ですのね」
シルヴァの目はただの目だ。
昔は私も騙された。
『ま、冗談はこのくらいにしておこう。業務開始日だったね』
せめて明日とか言い出すのはやめてほしいところだ。
『明後日だよ』




