復讐は神がする〜とあるサレ妻が復讐した結果〜
人の不幸は蜜の味だ。
「このサレ妻、愚痴ばっかり言ってて面白いわー」
立川夢美はベッドの上で寝っ転がりながら、とあるサレ妻のSNSを見ていた。ネット上では人気があるインフレエンサーらしい。名前はカヨ。夫の不倫について愚痴るたびに、フォロワーから「可哀想」の大合唱で面白い。
そんな夢美だって就活に失敗し、家の中でSNSををチェックするのが趣味の有様。それでも自分より不幸そうなサレ妻を見ていたら、面白くて仕方ない。
「その不倫女晒しちゃえば? 不倫女なんて断罪されて当然だよ」
内心は人の不幸を面白がっているだけだが、カヨのファンのフリをしながら、彼女のSNSに書き込む。
「ああ、面白い。人の不幸って蜜の味だわ」
一方、田中智もカヨのSNSをチェックしていた。氷河期世代の非正規おじさんの田中だったが、カヨのSNSは面白い。特に不倫女が家に乗り込んで来た所は、昼ドラかと思った。まさに人の不幸は蜜の味。
「カヨさん、不倫女晒せば? 大丈夫だって、不倫女が悪いんだから。俺、弁護士だけど、こういうケースは罪にならないから」
田中もカヨのSNSにそう書き込む。ニヤニヤ笑いながら。カヨの心配など一ミリもしていなかったが、人の不幸は面白すぎる。
夢美や田中のような野次馬が多いのだろう。カヨのSNSは、こういった声で溢れていた。フォロワーも十万人に突破し、生配信すると投げ銭も貰う。生配信では「不倫女を晒しても問題にならないよ」と自称法律関係者の人も書き込んでいたし。
「だったら、だったら……。別に愛人に復讐してもいいよね? 私は悪くないよね?」
そんな噂を鵜呑みにしたカヨはSNSで愛人の名前、住所、勤務先、夫との逢瀬の写真を晒してしまった。そうだ、不倫なんてする女が悪い。自分は悪くない。自分は正しい。絶対的に被害者だ。フォロワーも味方だ。大丈夫。あの女は断罪されるべき。
しかしカヨの思惑は外れ、名誉毀損として逮捕された。フォロワーは手の平を返し、今は誰も味方がいない。夫も「こんな女だと思わなかった」とさらに失望していた。
「え? どうして? 十万人もいたフォロワーはどうなったの?」
カヨの叫び声は夫にも誰にも届かなかった。
◇◇◇
「えー、聖書は神と人を結婚関係に喩えている書物です。信仰心もいわば結婚という契約によく似てまして……」
あるプロテスタント教会の牧師・篠野恵理哉は説教をしていた。今は六月という事もあり、結婚と聖書をテーマに礼拝で説教をしていた。
教会といってもプロテスタントは地味。派手なステンドグラスやマリア像もなく、大学の教室のような雰囲気の教会だった。賛美用のピアノやギターは置いてあるが、それ以外は教室とそっくりだ。
恵理哉もコスプレっぽい黒いガウンなどは着用せず、スーツ姿で説教していた。余計にこの場所が教室のよう。
「結婚制度も神が創りました。より神と人の関係が分かる為です。日本人でも結婚式は教会で誓うでしょ。無意識にキリスト教と結婚は近いものだと皆んな知ってるんですよ」
礼拝が終了すると、質問タイムにもなり、信徒達が恵理哉に質問していた。
「結婚は神様と人との契約に似たものだと今日の説教でわかりました。で、もし結婚を汚したらどうなるんですか? 不倫とかで」
その質問を受け、恵理哉はニヤリと笑う。
「結婚を汚した罪も神は絶対に見逃しませんよ。必ず復讐されます、ええ。聖書にも書いてあるでしょ、復讐が神がするって。私もおじさんになるまで牧師やってますが、不倫していて幸せになった人は見た事ないですね。もっとも悔い改めしたら、イエスの血潮で赦されますが、罪の刈り取りはありますからね」
「例えばですが、もしサレ妻が復讐したら? 最近サレ妻が不倫女性を晒したというニュースも聞いたんですが」
信徒は続けて質問するが、恵理哉は残念そうに顔を曇らせた。
「それは神様も復讐やってくれませんよ。残念でした。神様は贔屓しませんので、人の復讐心や嫉妬、妬み感情にもきっちり対処されますね。人が百パーセント正しいって事は無いですよ」
「ええ、だったら、このサレ妻って復讐しただけ損?」
「ええ、本当に残念でした。自分で復讐するより神様が復讐する方がよっぽど怖いのに。もったいない。何もしない方が良かったです」
◇◇◇
「ははは、サレ妻のカヨって今は精神錯乱状態で入院中なんだ。かわいそーwww」
夢美は例の晒し事件の続報をネットで見ながら、笑が止まらない。まさに人の不幸は蜜の味。今はカヨのフォロワーも手の平返し、無関心を決め込んでいた。カヨの熱心なファンは署名活動もやっているようだが、余計にカヨの立場を悪くしている模様。
「ネット民の言う事なんて鵜呑みにしちゃダメだよ」
夢美はそう呟くと、似たようなインフレエンサーにコメントを残していた。ファンのフリをしながら。最近は誹謗中傷も問題になっているから、表面的には綺麗な言葉を装いながら、悪意を込めるのにハマってる。そんな言葉を書き込んでいると、心の底からニヤニヤ笑ってしまう。
◇◇◇
「はぁ。確かに妹は不倫していましたけど、兄の私は関係ありません。むしろずっと妹とは不仲です」
坂口悠人はため息をつきつつ会社の電話を切った。
悠人の妹は不倫していたらしい。しかもそのサレ妻がネットに晒し、関係ない悠人の会社にまでも問い合わせが来るようになった。これには上司も怒り狂い、悠人の立場も危うくなっている始末。もしかしたら会社もクビになるかもしれない。実家の近所では嫌がらせのチラシを撒かれ、イタズラ電話も増えた。祖母はこのストレスで入院してしまった。
「本当、迷惑だよな、あのカヨっていうサレ妻。ネット民のオモチャにされている事にも気づいて欲しいわ。あの女は全く被害者じゃ無いよ。ま、やっぱり人間のやる復讐なんて綻びがあるよな、うん」
悠人はため息をつくが、またこの件で会社に電話がかかってきた。勘弁して欲しい。